第55話 開始シナリオ
その日の授業は悲惨なものだった。
クラスメイトの大半が聖女マリーか西の王子ユリウスに夢中になり、注意散漫となっていた。授業が終わってからも一向に帰る気配はなく、教室内には2人を中心に円ができていた。
「ユリーって本当に呼んでもいいの?」
「いいよ。君のことも教えて?」
ユリウスは女生徒に囲まれながら満足気。
「マリーちゃん、光属性って本当?」
「うん、こないだ分かったばっかりだからまだ実感ないんだけど。」
マリーも一度に声をかけられて困る、と言った素振りを見せながらも満更ではなさそうだった。
(人気者っていつでもああやってチヤホヤされるんだなぁ。ま、俺のことは不気味がってるしクリスに近づこうとするとロバートが邪魔するからな、平等を謳う学校でもこんなもんだよな。
確か入学を終えた主人公はこの後・・・)
「マリアンヌさん、よければ私たちに学校内を案内させていただけませんか?」
ゲームのシナリオ通り、主人公に最初に声をかけたのは南の王子クリスだった。
(やっぱり。ここでクリスの手をそのまま取って進行していくか・・・)
「ありがとうございます!あのよければユリウス様もご一緒にお誘いしてもよろしいですか?今日一緒に入学してきたので。」
「もちろんです。レオン、君も一緒に行かないか?」
(こっちのパターンね。)
「・・・分かった。フェルに先に寮に戻るよう伝えて来る。」
レオンがフェルに指示を出して教室まで戻ると、そこにはクリス、ロバート、ユリウス、そして主人公のマリーと、ゲームのスチル画面を見ているかのような錚々たるメンバーが立っていた。
「レオン=クラリウス様もご一緒いただけて嬉しいです。どうぞマリーって呼んでください。」
「・・・レオンでいいよ。じゃあ行こうか。」
ゲームの中では主人公からの目線でストーリー進行をしていたレオンは、主人公の後頭部を見ながら廊下を歩く景色がどこか不思議だった。
「ユリウスさんって面白いですね、ふふっ。」
クリスとロバートを筆頭に食堂、図書室など校内をグルっと回る間、レオンは黙って一歩後ろを歩きマリーの様子を観察した。
ゲームの世界では選択肢が出る箇所以外は自動的にストーリーが進んでいき、主に攻略対象者とのやり取りがメインなので主人公がどのような人物かを具体的に知る術はない。そのため何十、何百回とやり込んだことのあるレオンであっても、主人公を側から見たのはこれが初めてのことだった。
「そう言えば、レオン様は一学年では常に首席だったとお聞きしました!すごいですね!マリー、勉強は苦手だから色々教えてくれたら嬉しいです。」
「・・・あー、まあ一学年のは基礎の基礎だから教科書見れば分かるよ。」
「おいレオン、そんな言い方ないだろう?マリーは平民だったから文字だって不慣れだろう。マリー、私でよければいつでも聞いてくれ。」
「・・・クリス様ありがとうございます。でも私教会で育ちましたので文字は教えてもらってるんです。でもクリス様がお優しくてマリーとっても嬉しいっ!」
一瞬マリーの顔が強張ったように見えたが、すぐに元の顔に戻り、マリーがクリスの腕に抱きつくとクリスは嬉しそうだった。ロバートも止めようとはするものの、クリスの嬉しそうな顔を見て静止することもできない様子でいた。
(あーはいはい。嫌いなタイプの女だわ。この仕草とかまだ会って間もない王子たちにベタベタ触るのは、自分の容姿に自信が相当あるんだな。妹の華恋を思い出して吐き気がする。正直今の段階じゃどのルートに入るか分からないな・・・)
「廊下で何を騒いでいるんだ?」
(あ、やっぱり現れたか。)
「これは、ジオルド=ローゼンベルク様。以前メティス公国へお伺いした際にご挨拶をさせていただきましたが、覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、ユリウス=ライトリヒ王子だな。それにそちらはデュメエル公国のクリストファー王子に・・・各国の王子が勢揃いでどうされたのですか?」
(おい!なんで俺のことは名前呼ばないんだ、こいつ!)
レオンのことをチラッと見てジオルドはまたユリウスの方へ顔を向けた。
「本日より魔法学校へ編入させていただきました。ジオルド様の後輩になりますね、よろしくお願いいたします。」
「・・・そうですか。そちらの女性は?」
ジオルドがいつもの険しい表情でマリーを見ると、マリーはクリスの後ろに隠れ、クリスの背から覗き込むようにジオルドを上目遣いで見つめた。
「彼女はマリアンヌさん。ユリウス王子と共に本日編入されてらっしゃいました。光の女神様の加護を得られた、聖女様ですよ。」
「なるほど、彼女が聖女様ですか。・・・マリアンヌ様ご挨拶が遅れ申し訳ございません、私は東のメティス公国第三王子ジオルド=ローゼンベルクと申します。以後お見知り置きを。」
「あ、マリアンヌです。マリーと呼んでください、ジオルド様。」
「よろしくお願いいたします。」
(堅物そうなジオルドも流石に女の子相手には表情が柔らかく見えるな。マリー(主人公)だからか?)
「では私は用事がありますので、こちらで失礼いたします。」
「あ、ジオルド様、ルークお兄様は?」
「今は部屋で休んでいる。」
ジオルドはレオンに振り向くこともなく図書室の中に入って行った。
(そうか、やっぱりジオルドは基本的に図書室にいるんだな。)
ゲームの世界でも学年の異なる攻略対象者ジオルドと遭遇するためには図書室に行く必要があった。帝国一の蔵書数を誇るこの学校の図書室でジオルドは日々勉強をしていた。
一方でお助けキャラとして売店や食堂など至る所で働いていたルークは、その役割から外れており、中々遭遇することが叶わなかった。
(はー。今日もお兄様不足だ・・・)
「レオン様にはお兄様がいらっしゃるんですか?」
「ああ、この世のものとは思えないほどに美しい兄が1人いるよ。」
「仲がよろしいんですね・・・。」
「私もレオンに兄がいるのは知っていたが、お会いしたことがなかったな。今度会わせて欲しい。」
「俺だって会いたいけど中々会えてないんだよ。機会があればな。ほらこれでもう校内は説明し終えただろ、じゃあ俺は帰るぞ。」
「あ、ああ。じゃあ途中までみんなで帰ろう。」
そして男子寮と女子寮とで左右に分かれる道まで全員で帰り、マリーに別れを告げ、その日はゲームの開始シナリオをなぞる形で終わったのだった。




