第30話 初めての狩り
レンが呪文を唱えると、途端に男は炎に包まれた。
「う、うわぁぁぁぁ!熱い、た、助けてくれー!!」
男は体の火を消そうと仲間に助けを求め転がり込んだが、レンの火はどんどん燃え広がっていった。
「ここはもうダメだ、逃げろ!!」
火が消せないことを諦め、男たちは我先にと小屋から逃げ出そうとしたが、コントロール力の上がっているレンの魔法から逃れられる術を持つものはいなかった。
レンは転がる男たちを横目に、小屋の外でそっと火が燃えていくのを眺めた。
街からは幾分か離れているようで、火が消えるまで誰も近寄っては来なかった。
(あ、お兄様のアイテム袋・・・)
盗まれたアイテム袋のことを思い出し、残り火を<ウォーター>で消化した後小屋に戻ると、至るところで発せられる生き物が焦げた臭いにレンはそっと鼻を覆った。
アイテム袋は煤だらけにはなってしまったものの、魔法のアイテムだからか、中身は無事だった。
「お兄様にいただいた物だから、取り返せてよかった・・・。」
レンはそっとアイテム袋を抱きしめた。
「お、お前・・・よくも・・・」
「う、うわぁっ!」
レンは不意に足首を掴まれ、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。男がまだ生きていたのだ。
男はレンが暴れても足首を離そうとはせず、たまらずレンはアイテム袋からルークにもらった剣を取り出し男目掛けて何度も何度も振り下ろした。
「はぁ、はぁっ・・・」
レンが我に返る頃には、男の頭だったと思われる箇所は炭クズのようにボロボロの姿に変わり果てていた。それでもなおへばりつく足首の手を粉砕し、レンは急いでその場を離れた。
そのまま街を出て息が切れるまで森を駆け抜けた。
苦しい。肺が痛い。俺は、人を、殺した。
♢
鳥の声と眩しい光で目が覚めると、森の中でレンは倒れ込んでいた。見通しの悪い夜の森中、木の根につまづき、その勢いでそのまま気を失っていたのだ。
(体中が焦げ臭いな・・・)
「<クリーン>」
生活魔法でレンの体の汚れは取れたが、アイテム袋に魔法は効かないらしく、ルークからもらった大切なアイテム袋からは焼け焦げた匂いが漂っていた。レンは鑑定で水辺を探し、アイテム袋も一緒にそのまま川に入って洗濯をしてみたが、それでも匂いを取ることはできなかった。
濡れた服を乾かしていると、左足首に黒いアザができていることに気がつく。
レンが焼き殺した男に掴まれたアザだ。レンはたまらず足首を隠すように体を丸めて服が乾くのを待った。
服が乾くと、レンは鑑定で現在地を確認し、すぐに北へと向かった。レンのいた場所は街から5キロほどしか離れておらず、いつ憲兵がレンを追ってくるか分からないと考えたからだった。
「ヒルダさん、マティスさん、お世話になりました。」
レンは街の方向へ頭を深々と下げ、くるりと背を向けて歩き始めた。
北に向かえば向かうほどモンスターが出現したが、レンは鑑定スキルを常時発動させ、なるべく戦闘を避けながら森の中を進んだ。
何日も経つと、購入しておいた食料は底をつき、レンは不本意ながらも食料を狩ることにした。
「あそこに兎がいるな・・・」
レンは剣を握りしめ、そっと近づいた。魔法で仕留めることも可能だが、鑑定スキルを常時発動させているため、なるべくMPを温存しようと剣で仕留めることにしたのだ。
草を食べている愛らしい兎を見ると、レンの決意も鈍ったが、そんなレンに喝を入れてくれたのはアルの存在だった。
「俺のために、君の命をくれ。」
レンの存在に気づき、攻撃しようと突進してくる兎目掛けてレンは剣を突き刺した。ぎゃっという声と共に、剣からは真っ赤な雫がポタポタとレンの手まで伝ってきた。
「う、うわっ」
途端にレンは剣を手放したが、すぐに呼吸を整え合掌した後、剣を抜いた。
「兎を殺した時の方が罪悪感があるなんて、変なの。」
魔法では感じない、命を奪った感触。レンは手のひらを見つめ立ち尽くした。
その後枯れ木を集め、皮を剥いだ兎を<ウォーター>で綺麗に洗って焼くと、美味しそうな香りが立ち込めた。
「いただきます。」
調味料を用意しなかったため肉そのものの味しかなかったが、空腹のレンにとってこれほど満足な食事はなかった。
「ご馳走様でした。」
レンは兎の皮や骨は近くに穴を掘り、そっと埋めると、再度合掌した。
そんな生活を何日繰り返しただろうか。レンは森の終わりにたどり着いた。目の前にはどこまでも続くか分からない巨大な壁が立ちはだかっていた。
「これが公国の終わりの壁か。」
ルークに読んでもらった本に書いてあった地図の通り、この世界は世界樹を中心に4つの公国をまとめた1つの帝国で成り立っている。それぞれの公国には世界樹の加護が働く限界の境界線があり、この壁の向こう側は加護が一切働いていない、モンスターが溢れる未開の地となるのだ。
レンが壁に沿うように歩いていくと、最北の街ノーストが姿を表した。壁を見下ろすように見張り台もいくつかあるようだ。
「ここは簡単には入れなそうだな・・・。」
レンは門番とぐるりと街を囲う壁を見て反対の道へと歩みを進めた。鑑定スキルによって、もう1つ人が集まっている場所があることを感知したのだ。
「ここは・・・街というより集落かな・・・。」
近づいてみると、そこには門番も塀もなく、藁葺き屋根の家と思われるものがいくつかあるだけだった。
「何のようですかな?」
不意に声をかけられ驚きつつも、レンは声の方に顔を向けた。




