第24話 スライム狩り
MPを使い切ることで値が増えていることに気が付いたレンは、倒れることを前提にそれから毎日鑑定を行った。
1年も経つと、2箱分の鑑定を行っても倒れることがなくなり、時間に余裕もできたことからレンは進んで娼館の清掃も手伝うようになっていた。
「レンちゃんのお掃除でここも見違えたように綺麗になったわ。」
「レン〜、肩揉んで〜!」
娼婦のお姉さん方からもレンは好評だった。彼女達は裸同然の姿で食事を摂ったりしていたが、レンはいやらしい目つきをしたり、意図的に彼女達に話しかけることは一切せず、黙々と仕事をこなしていた点が心を射止めたのだった。
(前世が女性だったからか、女性の体を見ても、正直何とも思わないだけなんだよな・・・)
初めは衣食住のお礼にと思って始めたことだった、マリーナや彼女達は時折レンにお菓子や果物、お小遣いを渡してくれることでレンにとっても悪い話ではなかった。
「じゃあ洗濯物も干し終わったし、出かけてきます!」
「気をつけてね〜。」
レンの1日の予定はほとんど決まっていた。朝起きて朝食を摂り、マリーナから鑑定分の箱を受け取り鑑定の作業に入る。それが終わると娼婦達を起こしがてら掃除・洗濯物の回収。洗濯物を干し終えると、レンの分の昼食をアイテム袋に入れ、街の外に向かう。スライム狩りの時間だ。
実際にスライム狩りが安定してできるようになったのは鑑定の作業に慣れたここ半月ほどであったが、それでもレンのレベルは5にまで上がっていた。
この日も鑑定スキルで周囲のスライムを探し出しては剣で核目がけて突き刺す。この繰り返しだ。
「最近レベル上がらなくなってるな・・・。」
そもそも都市のノーザスに近いここローウェルの街の周辺には、スライムですら多くは存在しない。10匹も見つけられればラッキーな方だ。
初めはマリーナの館での新しい生活に慣れることでいっぱいいっぱいだったレンだったが、最近は焦りを感じていた。もうすぐレンも7歳の誕生日を迎える。ルークはレンの3ヶ月後の誕生日で9歳になる。ルークの成人の儀までは残り6年。
残りの時間で転移魔法を覚え、ルークのレベルを上げてステータス値を100以上にする。初期値の低いルークのレベルを100以上にするまでにどれほどのレベル上げが必要かは分からない。ルークのレベル上げにかけられる時間を確保するためにも、レンは急いで転移魔法を覚える必要があったのだ。
「お、マリーナのとこの奴隷か。今日もスライム狩って来たのか?」
「・・・どうも。はい、カードです。」
とぼとぼと歩くレンに向かって門番達はいつも見下したように笑いかける。初めは奴隷ではないと説明したレンだったが、繰り返されるやり取りに否定することもやめた。
娼婦のお姉さん達と仲良くなったことで、レンはこの世界の常識を学んだ。
この世界では奴隷は当たり前に存在している。犯罪を犯したものや借金の果てに奴隷になったもの、親に売られたものが奴隷となる。
アースガルド帝国領内ではこの世界の創造神とされるオーディルヘルム神を祀るオーディルヘルム教がほぼ国民全員の宗派といってもいい。このオーディルヘルムは光の神と言われており、光の神に反する闇の色は不吉とされていた。そのためレンの黒髪・黒目を見て親に売られた奴隷と判断するものが多いのだ。
娼婦達の中にも黒髪のものや黒い目をした者が何人かいたが、彼女達はまともな職に就けず借金から娼婦になったものや親に売られたということだった。同じく獣人も同様にヒューマンから派生した下等な生き物として虐げられていた。
(外見で判断する奴にろくな奴はいない。サイテーだ。)
レンは表立って言うことはなかったが、差別を良しとするこの宗教が大嫌いだった。
「浮かない顔ねぇ?」
レンが館に帰ると、マリーナがスッと現れてレンの顔を覗き込んだ。
「わっ!マリーナ!いきなり現れないでっていつも言ってるだろ!」
「ふふっ、レンも随分生意気になったこと。」
「・・・ここで生活してるんだから、このくらい当たり前だろ。」
ふふっとマリーナはまた笑い、レンを変わらず子供扱いする。
娼婦達にからかわれ、時には客との揉め事の仲介もするレンは次第に今世の肉体・精神に合わせて男らしい口調になっていた。
「スライム狩り、うまくいってないの?」
レベル上げの概念がないこの世界の人たちには、レンが自主的にスライムを狩っているのを不思議に思い、単に子供が遊んでいる、少し頭がおかしい子という風に捉えていた。だが、マリーナだけは違った。鑑定スキルがあること、子供にしては大人のような口調・発想をすることから、スライム狩りに意味があると思ってくれていた。
「・・・転移魔法を早く覚えたいんだ。」
レンは俯きながらぽつりと呟いた。
「転移魔法って、歴代の聖女様がお使いになる無属性魔法のこと?」
レンは小さくうなづいた。
世界樹の汚れが溜まる時、聖女が現れ浄化する。聖女には特別な力が授けられるという話は帝国民であれば誰もが知っている有名な伝承だった。だが、その魔法を聖女以外の人間が使えると言うのは聞いたことがない。
「レンは本気なのよね?」
無言でうなづくレンを引っ張り、マリーナは自室に連れて行った。
そして引き出しから羅針盤と水晶を取り出し、
「ここの針の先に血を垂らせる?」
と羅針盤の中央にある長い針を指差した。レンは言われるがままに針に指を押し当て、血を垂らす。そしてマリーナが羅針盤に小瓶から液体をかけ、何やら呪文を唱えると水晶が光り始めた。そして部屋一面が眩い光に包まれると、すぐに消えてしまった。
「・・・見えたわ。レンの欲しいものは北に向かえば手に入るわ。でもそれがレンの望んでいる転移魔法かは分からない。それに北に行けば行くほど世界樹の加護が弱まっていくから、私としてはオススメできないわね。」
「でも、何かがあるってことだろ?!」
「・・・そうね。でも危険なのよ。きっとレンが思っている以上に。」
「でも、俺はどうしても成し遂げたいことがあるんだ!」
マリーナはレンの圧に押され、フゥッとため息をついた。
「分かったわ。それならゾイド達に手紙を書いてあげる。ゾイド達と一緒に向かうならそんなに危険じゃないでしょう。」
「マリーナ、ありがとう!!」
レンはマリーナに飛び付き、マリーナはレンの頭を撫でた。




