第21話 現実は厳しい
「なんだ、明日も抱っこされる気か?早く寝ろよ。」
火のそばに座っているアルの近くに寄って行くと、相変わらずムスッとした態度でレンの方を見ようともしない。
レンはちょこんとアルの横に座った。
「・・・おい、テントに戻って寝ろ。」
レンは黙って火を見つめている。アルは大きくため息をつき、2人の間には沈黙が続いた。
前世とは異なり、電灯も車もない世界。静かな世界で、パチパチと火の音だけが聞こえた。
「・・・今日は本当にごめんなさい。」
レンの火の音にもかき消されるくらいのか細い声をアルは聞き逃さなかった。そしてまた大きくため息をつき、
「お前さ、なんで強くなりたいんだ?訳ありなのかも知れねーけど、鑑定スキル持ちなら一生食うのに困らねーだろ。」
とレンの方をじっと見つめた。レンの燃えるような赤い瞳が、焚き火の光でより一層紅くなり、その神秘的な瞳に、レンは嘘をついてはいけない気がした。
「・・・僕は貴族の生まれなんです。でも望まれた子じゃなくて、部屋からほとんど出してもらったことがなかったんです。そんな僕の唯一の救いが大好きなお兄様で、みんなが気持ち悪がる僕のことを、お兄様はいつも大好きだって言ってくれるんです。
僕はお兄様を幸せにしてあげたいんだけど、今のままじゃお兄様の望みを叶えられない。
僕が鑑定スキルに気がついたのはついこないだで、このスキルがあればお兄様の力になれると思って家を出たんです。だから、僕はなんとしても強くなって、お兄様の元に戻るんです。」
アルは何も言わなかった。
「あの、僕が貴族だって驚かないんですか?」
「・・・お前が貴族なのは話し方でなんとなくだけど分かってたよ。世間知らずっぽかったしな。
まぁお前がどこの誰で、どういう事情なのかは詳しくは聞かねー。でも今俺らはゾイドの鑑定の対価としてお前を隣街まで送ってる。言わばお前は俺らの雇い主だ。それを理解しろ。
お前はガキのくせに相手の顔色ばっか伺って、自分のやりたいことも言わないようにしてるがな、それで強くなろうなんて、100年早えんだよ。いいか?冒険者って言うのは自分の力で望みを何がなんでも叶える。そう言う奴らだ。時には命だって落とすこともある。周りのことを考えてる余裕なんてねぇんだよ。
甘い考えで冒険者やろうと思ってんなら今のうちにやめとけ。隣街からならノーザスへの馬車もあるし、今のお前じゃスライム1匹狩れはしねぇよ。」
アルの言葉はレンに突き刺さった。アルの言う通り、兎に襲われたのは完全にレンの油断でしかなかった。生活魔法の威力が強い、鑑定スキルが使える、ゲームの知識がある。このことからレンはどこか浮き足立っていたのだ。
(アルさんの言う通りだ。僕はどこかこの世界をまだゲームと重ねて見ていた。家を出て街を出て、正直想像の何倍もキツかった。それにアルさんが兎を刺したのは、僕は見ることすらできなかった。魔法で殺そうとしてたのに、本当に死んだのは、怖かった・・・)
動物が好きだった前世の記憶はあるものの、兎を食べることには抵抗はなかった。前世でも牛や豚を食べていたため、同じ感覚に近かった。それでも生きているものを殺した経験はなく、実際に目の当たりにしたことでレンは襲われた恐怖と同じくらい怖くなってしまっていた。
「・・・アルさんは、どうして冒険者になったの?」
「・・・つまんねー話だよ。俺とリリーは同じ孤児院で育ってさ、いつも腹が空いてて、いつか金持ちになって腹一杯食ってやるってガキの頃から思ってた。でも俺みたいな獣人は傭兵か、貴族様のペットとかさ、そんなんにしかなれねーから、リリーが一緒に冒険者やろうっつって、15歳から冒険者になったのさ。他にも孤児院の仲間がいたけど、今は俺とリリーしか残ってねぇ。みんな死んじまった。
ゾイドとソフィアは旅の途中で出会って、今はこのパーティが俺の家族みてぇなもんだな。」
レンはアルにかける言葉が思いつかなかった。この世界での「死」と言うのはあまりにも身近な存在なのだとようやく理解することができた。
そう、恋愛シュミレーションゲームと捉えるには、この世界は酷なものだった。
ゲームのシナリオ通り、15歳の成人の儀を終え、16歳で魔法学校へ入学する。そこからのスタートであれば、筋書き通りにヒロインとの恋愛を楽しむものだったのかもしれない。しかしレンは5歳の段階で前世の記憶が蘇り、すでにシナリオにはない行動をしている。
ゲームのステージ外の世界は、レンが想像していた以上に貧富の差が激しく、差別も当たり前の、残酷なものだった。
「・・・お前、兎を殺せなかったんだろ。お前には冒険者は無理だ。容姿で嫌われるのは分かるが、腐っても貴族の生まれ、ましてや鑑定スキル持ちなら悪いようにはされねぇだろ。悪いことは言わねぇから、家に戻りな。」
レンはアルに何も言い返すことができなかった。アルの言っていることはもっともだと思ったからだ。しかし、家に戻ると言うことはルークを救えないと言うことだった。
大人しく軟禁され続けても、ルークの魔力が低いことは成人の儀で明らかになる。もし鑑定スキルのこともバレれば、ジークはすぐにでもレンに目をつけ、ルークは学園にすら通わせてもらえなくなるかもしれない。
仮にレンがこのままいなくなったとしても、ルークの魔力値が変わるわけではないため、ルークが当主になることは叶わない可能性の方が高いだろう。
『僕はいつでもレオンの味方だよ。』
レンの脳裏にルークの顔がよぎる。
(僕はルークお兄様のために生きるって決めたんだ!何を迷うことがあるんだよ!馬鹿野郎!!)
レンは頬を叩いて気合を入れると、ルークから受け取ったアイテム袋から剣を取り出し、アルに見せた。
「アルさん、僕はお兄様のための剣になると決めているんです。お兄様のためなら命だって惜しくない。
僕はここで諦めるわけにはいかないんです。僕の持つ、鑑定スキルか金貨をお支払いしますので、僕に剣を教えてくれませんか?」
アルは驚いた顔をしたがすぐにプッと笑い出し、レンはポカンとした。
「ふはっ、いいぜ、お前はそのお兄様ってやつのために命も差し出す覚悟みてぇだからな。生憎金ならそれなりに持ってるからな、お前の鑑定スキルが俺に必要だと思ったら剣の指導と引き換えに買ってやるよ。この旅が終わるまでに、考えとくんだな。」
「ハイっ!」
レンは返事をすると、緊張が緩んだのか大きくあくびをした。
「おい、ここで寝んなよ?テント戻れ。」
「うーーアルさん、またアルさんの尻尾で寝たいです・・・」
「はぁ?お前甘えんじゃねーよ。ちょ、お前何すんだよ!」
レンはアルの膝の上に寄りかかり、ズボンの中に潜むもふもふの尻尾を掴んだ。
「僕、冒険者になるから、これからはやりたいことをします。これが今の僕の、やりたいことだから・・・」
「あ、おい!」
レンはそのままアルの膝の上でクークーと寝息を立て始めた。アルは舌打ちをしながらも、そっと腰に巻いていた尻尾を外に出し、膝の上のレンを包み込んだ。




