第10話 エマの過去
レオンが訓練を行っていた頃、執事の部屋にはエマが呼び出されていた。
バシンッ!
「お前は自分の立場が分かって居ないようだな!!」
執事はエマの頬を思い切り引っ叩き、エマは反動で床に倒れ込んだ。
「・・・も、申し訳ございません。ですが、私にはやはりレオン様を殺すだなんて・・・」
執事は机を叩き、部屋には再度大きな音が鳴り響いた。
「口を慎め。私はお前に殺せだなんと言ったことはない。お前は余計なことを考えずにただあの瓶に入っているものをガキの食事に混ぜて出せばいいんだ!!!」
エマは叩かれて熱を帯びる頬を抑えながら、無言で床を見つめていた。
♢
翌朝レオンは部屋に入ってきたエマを見て驚愕した。
「エ、エマ・・・顔が腫れてるよ・・・?どうしたの・・・?」
「なんでもございません。レオン様、さ、朝の支度をなさってください。」
昨晩執事に叩かれた頬は赤紫色に変色し、腫れ上がっていた。
「・・・ねぇ、エマはどうしてここで働いてるの?」
レオンはエマが自分を殺そうとしている人間であると頭では理解していながらも、「エマは家族だ」と思う気持ちに抗うことができなかった。
レオンの頭の中には光の記憶、知性が主となっているが、これまで母親代わりとして世話をしてきてくれたことをレオンの心は覚えている。そして肩身の狭いレオンの専属メイドとして働きながらも、その辛さを一切見せずに気丈に振る舞う彼女を、今のレオンも好きになっていた。
「レオンお坊っちゃま。」
エマはレオンの頭をそっと撫でながら、ベッドに腰を下ろした。
「私がこのお屋敷で働かせていただいたのは、レオン様がまだお母様のライラ様のお腹の中にいらっしゃる時でした。ライラ様はとてもお優しい方で、メイドとしての経験もない私をこのお屋敷に招いてくださり、メイドの仕事を全て教えてくださいました。
レオン様にはまだ早いかもしれませんが、私はこのお屋敷に来る前は、奴隷として檻の中で暮らしていたんです。学もなく、私は運動も得意な方ではなく、何一つ劣るので、他の奴隷たちがいなくなっていく中、私はずっと檻の中にいました。この檻で一生を終えると思っていた時、身重のライラ様が私を外に出してくださったのです。
ライラ様がいらっしゃらなければ今の私はありません。ライラ様がいなくなった後も、ルージュ様は反対されましたが、ご当主のジーク様がレオン様のメイドに、という名目でお屋敷に置いてくださったのです。私はこのお屋敷で、レオン様のお世話ができて、本当に幸せ・・・す、すみません。」
感情が抑えられなかったのか、エマの目からポロポロと涙が溢れ出した。
「顔を洗ってきます」と立とうとするエマをグイッと引っ張り、レオンは優しく抱きしめた。
「エマ・・・いつもありがとう。大好き。」
「レオン、お坊っちゃま・・・!」
小さな手でレオンは泣きじゃくるエマの頭を撫でる。声を出さないようにすすり泣く彼女の姿は、前世の立花 光の、自分の姿と重なって見えた。
その後エマが落ち着いた後にすぐに支度をして朝食を終え、部屋に戻ると、レオンはすぐに机に向かった。
(エマは言うことを聞かないと奴隷にされちゃうんだ。奴隷に戻りたくないエマの思いを利用して、あのクソ執事!!あいつをどうにかしないと・・・)
この屋敷の当主は父であるジーク=クラリウス。だが、ジークはクラリウス公爵領の管理等が忙しいらしく、屋敷に帰ってくることは年に数えるほどしかない。そのため妻であるルージュ、そして執事が屋敷の権利を掌握していた。
(正直ジークのことは分からないけど、魔力に興味がある人って感じだよね・・・ルークライト事件で僕に興味を持ってくれていると聞いたし、もしかしたら頼めばあの執事をクビにする事もできるんじゃないかな・・・)
「レオン!また不思議なものを書いてるね。なんて書いてあるの?」
「わぁっ!!」
不意にルークに覗き込まれ、レオンは椅子から落ちてしまった。「驚かせてごめんね」と悪戯に笑うルークの笑顔にレオンはまた一つ心を奪われた。
(こんな子供っぽい顔もするんだぁ・・・グゥッ、僕のお兄様可愛い・・・)
「で、レオンはノックの音にも気付かないで何をしていたの?」
レオンはルークに打ち明けるか悩んだ。今のレオンにはエマを救える手段が思いつかなかったのだが、エマの様子を見る限り、執事の気はそう長くない。早めに対処する必要があると感じていた。
急に黙って俯くレオンにルークは言った。
「あのね、レオン、無理に言う必要はないけれど、僕は何があってもレオンの味方だよ。」
「ルークお兄様・・・」
その一言に背中を押され、レオンはルークに執事がエマを脅迫し自身を毒殺しようとしていること、それに対抗すべく生活魔法を取得したこと、自身のスキルのことを話した。
レオンはルークの話が終わるまで黙って耳を傾けた。
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