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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第八八話 数分おきにトイレに行く男

「おいおい人が奢ってやってんのになに食ってんだ」


 ゼルはウィルの前にコッペパンと牛乳を置き、高そうなビーフを食べていることを責めていた。


「クルーナからも奢ってもらうことになってるんだよ」

「ほーん、そうか……なら何も言えねぇな」


 ゼルはパプリカと話しているクルーナをチラッと見て、小声で「怖いし」と、付け足す。

 名家の厚意に対して難癖を付けたら、どんなしっぺ返しをくらうか分からないのだ。

 しかし、ゼルと共に席についたラナックに躊躇(ちゅうちょ)はなく。


「お得意の催眠術で食べ物をクルーナ嬢にねだったな」

「変なキャラ付けするな」


 適当に思いついたことをウィルに言っていた。


 六人は各々、食事を進める。

 皆がご飯を食べ終えた頃、一旦、トイレに行ったウィルが戻ってくると、


「ウィル! トイレ行こうぜ!」


 ゼルがウィルを誘っていた。


「今トイレから帰ってきたばっかなんだけど、ラナック誘ったら?」


 ウィルは眼鏡を中指でクイッとあげてラナックを見る。


「私たちエルフはトイレに行くことはない」

「さすがにそれは嘘だって分かるよ。精霊みたいなこと言うな」


 さすがに騙されないウィル。精霊であるリエルは取り込んだ食物を魔力(マナ)に変換してしまうがエルフ族の生理機能は人間族とそう変わらない。


「俺はラナックを信じるぜ、友達だからな」

「さすがだゼル」


 ラナックとゼルは熱い握手を交わす。

 ウィルは「なんなんだこいつら」と、呟いていた。


 そのあと、ウィルは渋々、ゼルのトイレに付き添った。

 特にすることはないのでトイレの鏡前で適当に手を洗い、眼鏡をハンカチで拭いていた。


 しばらくしてもゼルが来ないのでウィルはトイレの中を歩き回るも、


「あれ? ゼルがいない」


 ウィルが眼鏡を拭いている間にゼルは勝手に帰っていた。


「なんで僕を誘ったんだよ、どういうつもりだ」


 ゼルがいなくなったことに気付いたウィルは急いで食堂に戻る――


「――増えてる」

 

 自分の席に誰かが座っていた。


「あ! ウィル君こんにちわ!」

「あ、どうも」


 リエルがいた。真向かいにいるクルーナと談笑していたようだ。

 神出鬼没なリエルにも慣れ、以前のように驚くことはなかった。ウィルは空いてる席――パプリカの隣に座ると、ラナックに「パプリカちゃんに触れたら私とゼルが君を裁く」と、脅される。


「竜人族の子?」


 リエルはパプリカに尋ねる。


「え……なんで分かったの?」


 パプリカは口を押えて驚く。

 尻尾は服の下で腰に巻いており、被っているフードの左側一部膨らんでいるものの視覚的には角は見えないはずだった。


「なんとなくだよっ」

「上手く説明できないけどリエルは勘がいいんだよ」


 ウィルはリエルの言葉に一言補足すると、「凄いね」とパプリカは唸る。

 続いてパプリカはリエルの方を向いて鼻をスンスンと鳴らす。


「リエル様も人間族じゃない?」

「うんっ、そうだよ」

「私たち竜人は人間特有の匂いを嗅ぎ分けられるんだけど、リエル様から人間族の匂いどころか何も匂いがしないから」

「初耳ーそうなんだー」


 精霊は竜人族の嗅覚でも感知できないどころか匂いがしない。そのことはリエルも知らなかったので多少の驚きがあったようだ。


「ねぇねぇウィル君、リエル香水付けたほうがいいかな?」


 翡翠色の髪をかきあげるリエル。


「僕は別にどっちでもいいよ」

「そーいうの一番困るもん」


 ウィルのハッキリしない返事に不満げなリエル。

 すると、ゼルが口を開く。


「そういえばこの子、一体どこの誰だ。なんでいつもウィルと一緒にいんだよ?」

「あー、うーん、なんて言ったらいんだろうか」


 言い淀むウィル。

 リエルの出自は不明かつ精霊であることをおおっぴらにするわけにはいかない。一緒にいるのは一緒にいたいからであって、口にするのは気恥ずかしいうえにゼルとラナックに茶化されるのは間違いなかったので言葉を選ぶ必要があった。


「ゼル・レイッサ!」

「は、はい!」


 クルーナにフルネームで呼ばれるとゼルは身体を強張(こわば)らせる。

 相変わらず権力者に頭が上がらないようだ。


「リエルについて詮索することは私が禁じるわ、よ、ろ、し、くて?」

「ひぃ……分かりました」


 強めの語尾と目力に気圧されたゼル。

 まるで蛇に睨まれた蛙。


(助かったよクルーナ……この借りは……ルーデリカ家からの頼まれごとで返すとしよう)


 ウィルはホッと一息を吐く。


「それそうとウィルグランちょっといいか」


 ラナックは険しい顔で声をかける。


「ラナックいつになく真剣な顔だね」

「トイレに行こう」

「エルフはトイレに行かないとか言ってただろ! というかさっきゼルが行ったときに一緒に行けよ、僕もうトイレですることないから」

我儘(わがまま)を言うんじゃない」

「どっちかだよ」


 なんだかんだウィルはラナックとトイレに行った。


 トイレに着いたウィルは本当にすることがないので、トイレの窓を開けて黄昏(たそがれ)ることにした。


「いい天気じゃないか」


 ラナックも隣で外を見ていた。

 雲一つない快晴だった。


「あれ? 終わったの?」

「なにがだ?」


 ウィルの主語が無い問いの意味が分からないラナック。


「いや、トイレだよ。やることないから早く用を足してくれ」

「私もやることはない」

「じゃあ、なっ、なんでここに来たんだよ!」


 ウィルは吹き出しそうになっていた。


「油を売るな、早く戻るぞウィルグラン」

「どっちがだよ」


 二人は食堂に戻ると、生徒たちはひそひそ話を始める。


「おいまた戻ってきたぞ」

「あいつ何回トイレに行くんだよ」

「まさか! 盗聴機仕掛けているのか⁉」

「皆! 学院の要望書にウィルグランのトイレ立ち入り禁止って書こう!」

「「「おおおお!」」」


 ウィルは悪い意味で注目されているので一挙一動によって、悪評を立てられたうえに、悪評で生徒らが一致団結していた。

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