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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第八七話 美味すぎる肉は人を狂わせるんだ

 六人は食堂の隅にある六人掛けの席に移動した。奥側の席は壁と一体化しているソファー席となっており、ソファー席側にクルーナ、パプリカが順に席を取る。また、手前の椅子の席にはウィル、ゼル、ラナックの順に席を取った。


 食堂にいる学生たちは各々、スマートフォンを使って料理を注文をし、カウンターに料理を取りに行く。また、あらかじめ用意している料理を取ったあとで会計する――後払いタイプのバイキングスタイルもある。


 ただ、ウィルとクルーナは座ったままだった。


「ゼルとラナック、パプリカちゃんにまた迷惑かけてなければいいんだけど」


 ウィルはカウンターに行ったパプリカの身を案じていた。

 悪友二人が付いているのは危険な気がしていた。


「あの二人のことはまだよくわからないけれども、十中八九、迷惑かけてるわよ」

「ですよね」


 真向かいに座っているクルーナに同意するウィル。

 短い付き合いながらクルーナはゼルとラナックのことを良くも悪くも好奇心旺盛な人物だと分析していた。


「クルーナはご飯取りに行かないの?」

「貴方なに言ってるのかしら、私は食事を取りに行く側の人間じゃないわよ。運ばれる側の人間よ」

「なに言ってんだこいつ」


ウィルがクルーナをジト目で見ると、クルーナも同じ目をする。


「最近、私に対する言葉遣いなってないわよ。見なさいウィルグラン」


 クルーナがパンパンと二回手を叩いてしばらくすると――


「――持ってきましたお嬢様」


 割烹着(かっぽうぎ)と帽子を被った女性がステンレス製の三段ワゴンを持ってくる。ワゴンには食堂のメニューにはない豪勢な料理が載っていた。


 目を丸くするウィルをよそに女性はクルーナの前に料理を置く。次いでウィルの方にも料理を置いた。


「いつも助かるわ」

「いいえお嬢様。それではまた」


 女性は(いとま)を告げた。


「なに今の人は、あとこれなに」


 ウィルは女性と目の前に置かれた料理について質疑する。


「学院に給仕を従業員として忍び込ませたのよ。あとそれはこの前言ったキャビアを付け合わせたビーフよ」

「そんなことしてるのかよ」


 そのあと、ウィルは目の前の皿を見ながら「本当に一年間奢るつもりなんだね」と、戸惑いながら言う。

 学院に通う日は必ずキャビアとビーフを口にしなければならいない。得でしかないが舌が肥えてしまうのを恐れたウィルだった。そのうえ、そもそもこの食堂にこんな料理はメニューに載っていなかった思い出していた。


「クルーナの料理も僕の料理も今の給仕の人が作ったものなんだよね」

「そうよ。他の生徒では口にできないルーデリカ製の料理よ」

「ということは……クルーナのためだけに給仕がここで料理してるの⁉」

「そうよ」


 クルーナは、おかしいこと言ったかしらという視線を送る。


「まぁ……人に迷惑かけているわけじゃないからいいか……」


 尻すぼみに発言したウィルはナイフとフォークを使ってビーフを口に運ぶと、


「美味い! 脂のしつこくない甘味と程よい弾力は肉好きならば絶品と判断せざる得ないっ! 口の中で溢れすぎる肉汁の中で踊る肉はまるで一流ダンサーの舞! この世に生まれて良かったことを実感するほどの生の喜びはここにある! 止まらない! 止まるわけがない。食べ進めないことは(しょく)への! 生への冒涜! 今ここに僕はいる」


 おかしくなっていた。

 美味しすぎるがゆえに、超新星爆発並みの衝撃を受けていた。彼の脳内映像には数多の星々が生まれ、その中にある一粒の星にて微生物から人類が誕生するまでの過程が流れていた。食べるということは生きること、生きるということは今まで繋いできた歴史を背負うことだと理解したのだ。


「今から自警団に電話するわ、ウィルグランに薬物乱用の疑いがありって」


 スマートフォンを取り出すクルーナ。


「待て待てシラフだから、美味しすぎて感動したんだよ! 番号押すなって!」


 ウィルはなんとか手を伸ばしてクルーナのスマートフォンを掴み、左右に振って番号を押させないようにしていた。

 そうこうしているうちにパプリカが料理が載ったトイレを持って、元の席に座る。


「クルーナちゃんとウィル様ってすごく仲良いよね」


 パプリカが声を掛けると、二人は揉みあいを止める。


「この似非庶民は私の競争相手よ。別に仲良くないから、でもそう思いたいのなら自由に思ってもよろしくてよ」


 クルーナはそっぽを向いて腕を組む。

 言ってることと思ってることがきっと違うと思ったパプリカは「ふふ」と、可笑しくなって笑う。


「なにかおかしなこと言ってるかしら」

 

 クルーナはパプリカの反応にムッとする。


「ウィル様が羨ましいと思って、私もクルーナちゃんともっと仲良くなりたいから……」

「ふ、ふーん。そう、まぁ、そろそろ別に、連絡先を交換してあげてもよろしてくよ」

「ほんと! 嬉しい」


 結果的にクルーナは悪い気はしなかった。

 二人はトーク系アプリを通して連絡先を交換したあと、ウィルに持ってるスマートフォンを差し出す。

 なお、ウィルはビーフの上にキャビアを載せて食べるという新食感を楽しんでいた。 


「え? どうしたの二人とも? 今、肉汁の中のキャビアが超新星爆発してて忙しいんだけど」

「なに訳わからないこと言ってるのよ」

「ウィル様と連絡先交換したいと思って、だめかな?」


 美味に囚われていたウィルはハッとして現実に戻る。


「うん、いいよもちろん。そういえばクルーナとも交換してなかったんだね、てっきりしてるもんかと思ってたよ」


 ウィルは快く二人と連絡先を交換した。

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