第八六話 変質者の正しい使い方
昼食時、アダムイブ学院の食堂、カフェテリア、レストランは学生や教員でごった返す。しかし、その人混みを裂く尖兵がいた。
「近づくなあいつ急に脱ぐからな!」
「盗聴露出野郎がきたぞ!」
「「「きゃああ!」」」
廊下の中心を歩く人物――ウィルを警戒する男子生徒たち。
女子生徒らは悲鳴を上げて壁際に寄る。
「この方をどなたと心得るか!」
「お前らこいつに近づいたら何されるか分からないぜ」
ゼルとラナックはウィルの登場を強調するかのようにウィルの左右で腕を差し伸ばす。
「毎日のように僕を人避けに使うな」
ウィルはゼルとラナックの間を通る。
「ウィルがいれば行列に並ばなくて済むからな。使わない手はないぜ!」
嬉しそうに親指を立てるゼル。
「なに言い切ってんだよ」
ウィルは二人を引き連れ歩く。三人は前方に見える食堂に向かっていた。
「気を悪くするなウィルグラン。私からの恩を忘れたのか」
「へ⁉ なんかしてもらったっけ?」
ラナックの言い分にキョトンとするウィル。
「昨日の夜、私の母親と妹二人と結婚したいって言ってたから嫁にだしてあげただろう!」
「そんなこと言うか!」
ラナックの嘘しかない言葉にウィルは軽い目眩すら覚えた。
そもそも昨日の夜はユーラ家で食事をしていたのだ。
また、二人の話を聞いた周囲の生徒は、
「イカれてるぜ……」
「重婚眼鏡じゃん……」
「明日の記事は『ウィルグラン、親友の家族を強奪』で決定だ!」
顔を引きつらせる者やメールマガジンのネタにする者がいた。
「ラナックのせいで重婚眼鏡とかいう変なあだ名がまたついたよ」
「箔が付いていいじゃないか」
「なんの箔だよ」
三人が食堂に入ると、右手側の人混みが左右に開く。
最初、ウィルはまた人が勝手に避けていったと思ったが、
「きゃー! クルーナ様よ」
黄色い声援が聞こえる。
歩いているクルーナのために道を開けていた集団だった。
「なんでいつもあの変質者と飯摂ってんだ、羨ましい!」
「弱み握られてんだろうな……可哀想なクルーナ様」
人々はクルーナといるウィルを羨ましがったり、勝手に同情していた。
「後ろにいるフードの子知ってる?」
「顔一瞬見えたけど、めっちゃ可愛かった気がするわ」
また、クルーナの後ろにいるパプリカについて噂する人たちもいた。
パプリカは世界に知れ渡るアイドルだったのでフードを両手で軽く引っ張って、顔を見られないようにしていた。
クルーナとパプリカはウィルらに近づく。
「どうも」
「似非庶民、午後の授業で決着付けるわよ」
ペコリと頭を下げるパプリカ。
いきなりウィルに勝負を仕掛けようとするクルーナ。
「授業内容分からないのに決着もなにもないだろうに、君は変わらないね」
クルーナの独特な絡みはルーティンと化しており、もはや心地よさすら覚えてしまうウィルだった。
「今日もお会いできて光栄です。このラナック今日から君の執事になりましょう」
「う、うん……昨日も同じこと言ってたような」
ラナックは左手を腹部に当て、右手は後ろに回してパプリカに礼をする。なお、パプリカは若干、困惑していた。
「あれ、ゼルはやらないの? 昨日は『じゃあ俺は騎士になるぜ』とか言ってたのに」
ウィルは昨日のゼルの言動を口にした。
「分かってねぇな……今日はあえて言わないことで気を引くんだよ、『あれ、ゼル様今日はなにも言ってこない……なんでだろう』って思ってくれるはずだぜ」
「なにその発想はキモいんだけど」
「おおおい! キモくないだろ!」
ゼルは手のひらの甲をウィルにぶつけてツッコミを入れた。
「迷惑なら庶民一号二号をルーデリカ家の独房にしばらくぶち込んでもよろしくてよ」
クルーナはパプリカに提案をする。庶民一号はゼル、庶民二号はラナックのことである。
今の発言に恐怖した二人は腕を掴み合い、抱き着くような形で「人でなし!」とクルーナを批判していた。
「ううん、別に大丈夫かな。毎日賑やかで楽しいから、えへへ」
「そう、ならいいわ」
パプリカは微笑むと、クルーナも笑顔で答える。
パプリカはパプリカで今の状況を楽しんでいるようだ。
なによりずっとアイドルとして活動してきたので同級生と他愛のないやりとりをするのが新鮮なことにくわえて、周囲が個性的な人ばかりでなにが起きるか分からない面白さもあった。
ゼルとラナックはパプリカの言葉に感激し、
「「さすがパプリ――んぐっ!」」
名前を呼んで称えようとするもウィルが二人の口を塞ぐ。
「まだ周りに人がたくさんいるから、バレたら大騒ぎになるよ」
周囲にはクルーナを見守る生徒や、怖いもの見たさでウィルを観察する生徒が集っている状況だ。そのため、アイドルのパプリカがここにいると知れば、大騒ぎになるのでウィルは友人を黙らせた。
「ウィル様ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるパプリカにウィルは「そんなに畏まらなくていいよ」と言う。
そのあと、ウィルら一行は食堂の隅にある六人掛けの席に向かう。
「こっちにきたぞ!」
「に、逃げろ! ウィルグランだ!」
「いやぁぁ‼ 押し倒されるわ!」
「……………」
無言のウィルは周囲で騒ぐ生徒を横目に人混みの中を進んでいった。
もし、ウィルがフィユドレー家の生き残りかつ当主の子息だと知れ渡れば、周囲は騒がなくなるだろう。ただ、戦争の影響で心の傷を負い、変質者になってしまった可哀想な子扱いされるのは間違いなかった。




