第八三話 ルーデリカ家当主②
「ウィングさんとシルフさんのことは残念だった。心から二人のご冥福を祈るよ」
ドラグーンはウィルの両親であるウィングガード・フィユドレーとシルフ・フィユドレーについて触れる。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ウィルは言葉を返す。
「本題に入る前に娘と話してもいいかい」
「ええ」
モニター越しにいるドラグーンの視線は娘であるクルーナに向けられる。
「学院での生活は楽しんでるかい」
「楽しんでるわよ」
クルーナは椅子に座って、足を組んで毅然としていた。
「本当に本当に大丈夫⁉ パパがいなくても大丈夫? 毎日毎日クルーナちゃのことが心配でパパ心配だよ」
「⁉⁉⁉」
猫撫で声で喋る、世界有数の支配者に困惑するウィル。
フィルエットは「ふぅ……」とため息をし、リエルは「声変わったー」と率直に発言する。
クルーナは眉を吊り上げて口を開く。
「もう、大丈夫よ! 何回言わせるのよ」
ウィルは内心、いつもやり取りなんだと得心してしまう。
「だってクルーナちゃん、パパの娘だから友達ができなさそうで心配だよ! ごめんねクルーナちゃん」
ハンカチで目頭を押さえるドラグーン。
クルーナは「ああもう」と言って頭を抱え込んでいた。彼女も父親が心配してくれていることは分かっていた。当主の娘であることを案じているのであろう。とはいえ、甘えるような猫撫で声を出し、子ども扱いをしてくることに関しては煩わしさを感じていた。
「もうやめてよ、友達の前で恥ずかしいわ」
「友達……友達できたのかい!」
感激しそうになるドラグーン。
「友達ぐらいできるわよ! ほら、これよ」
クルーナは恥ずかしそうにリエルの頭に手を置く。
「友達にこれとか言うなよ」
ウィルはツッコミを入れる。
「ねぇねぇ、ウィル君は友達じゃないの?」
「この人は……ライバルよ。 一応、友達にしてあげてもよろしくてよ」
リエルの指摘をクルーナは遠回しに受け入れていた。
「ウィルグラン君、クルーナとはどういう関係なんだい」
「怖いから急に声色変えないでくださいよ」
ドラグーンは急に猫撫で声を止めていた。
焦りながらもウィルは二の句を継ぐ。
「ライバルとか言ってますけど、言い換えれば切磋琢磨し合える友好的な仲だと僕は思ってます。それに僕とクルーナは同じ専攻科を受けているんですが専攻科のメンバー同士で良い交友関係を築いています……なんでこんなこと報告してるんだろう……」
ウィルはなぜ、人の娘の近況まで報告しているんだろうと思い、声が尻すぼみになった。
「よくできた報告だわ似非庶民」
「誰が似非庶民だよ」
クルーナはウィルの報告に満足し頷いていた。
また、フィユドレー家の子息であることが判明したので庶民から似非庶民に呼び方をランクアップしていた。
「そうか、そうか……うぅ、クルーナちゃんが良い学院生活を送っていそうで……よがっだぁぁ」
近況を聞いたドラグーンは再び感激し、泣いた。
――数分後。
「さて、今後のことについて話そう」
泣き止んだドラグーンは真剣な顔で本題を切り出す、目元を赤く腫らしながら。
ドラグーンの極端な性格に調子がおかしくなりつつもウィルは耳を傾ける。
「まずウィルグラン君の気持ちを訊かせてもらってもいいかい」
「素性がバレた以上、叶わないかもしれませんが今まで通り身を隠したいのが僕の希望です」
「ではアダムイブ学院を受験し、入学したのなぜだい? 世界有数の教育機関に通い、卒業すれば将来的には注目される可能性もあると思ったのでね。理由を教えてくれ」
「理由は一つじゃないので長くなりますが」
「構わない」
一旦、ウィルは周囲の人たちを見やったあと、再びドラグーンが映っているモニターに顔を向ける。
学院に行こうと思った理由は誰にも言ったことがないので、この場で赤裸々に心中を語るのは気恥ずかしさがあった。
「まず第一に将来への安泰性を考えたのが理由です」
「堅実ね」
「ウィル君真面目だもん」
「乱痴気騒ぎを起こすためではないのか」
クルーナ、リエル、フィルエットが各々に感想を漏らしていた。
名家の子息とはいえ、日頃の騒ぎからフィルエットの中のウィルのイメージは変わってないようだ。
ウィルはツッコミを入れたい気持ちを抑えながら喋り続ける。
「僕は世間から身を隠したいとは言っていましたが、将来、身元がばれる可能性も考えていました。避けたい事態ではりますが権力闘争を勝ち抜くための学力、名声、人脈が手に入ると思い入学を決めたのも理由の一つです」
「まっ、妥当な考えよね」
「ウィル君いつも色んな可能性を考えて過ごしてるもん。でもハプニングに弱いのが弱点なんだよねっ」
「むしろハプニングを起こす側の人間では」
ガヤを飛ばす外野。
ウィルは気を取り直し再び口を開くが、
「それと……」
口を噤み、リエルを一瞥する。リエルは「ん?」と、小首を傾げる。
「フィユドレー家が残した島で過ごしたいという思いがありました」
ウィルは学院に通うと決めた最後の理由――もとい夢を伏せた。もうその夢を叶ってるからである。そして、人前で言うには勇気が足りなかった。
「ウィグラン君の考えについては十分伝わった。そのうえで俺の希望を話したい」
ドラグーンは机の上で手を組み。
「覚悟はしています」
「一番、ルーデリカにとって有益なのがフィユドレー家の当主としてウィルグラン君を取り込むことなんだ。時間さえかければルーデリカは抜きんでた存在となるからね」
ウィルが予想した通りの言葉だった。
「さてクルーナちゃんはどう思うかな~?」
「その言い方やめて、答えないわよ」
「クルーナの意見を訊きたい」
ドラグーンの変わり身の速さにウィルは尊敬の念すら抱き始めていた。
「父様、この似非庶民は私の競争相手よ。身内に引き込むなんてごめんよ、どうしても取り込みたいのなら、私がこの男を絶望に突き落としてひれ伏すその日まで待つことね」
クルーナはウィルの希望を叶えてあげようと、回りくどい言い方をしていた。
(酷い言われようだ。クルーナなりに気をつかっているのは分かるけど、完全に私情なんだよな……娘とはいえどドラグーン・ルーデリカが鵜呑みにするわけがない)
と、ウィルは考えていたが――
「――うんうん。そうだねクルーナちゃん、ぜひこれからもウィルグラン君と切磋琢磨してください!」
ウィルは頭からズッコケそうになった。




