第八一話 二人の少女
それからさらに時間が経つ。
「ここね!」
クルーナはウィルの持っている二枚のトランプカードのうち一枚を手に取る。
ウィルとクルーナは病室に備えられているテーブルでババ抜きをしていた。
リエルはクルーナから借りた本をベッドに座って、楽しそうに読んでいた。本にはきゅうりが刺さったパイナップルが生える木の性質や飼育方法が載っていた。翌日、彼女がこの木を自宅の前に勝手に植林するのはまた別の話である。
(まずい! このカードを取られたら負ける!)
ウィルの持っているカードはジョーカーとスペードの二である。
対してクルーナが持っているカードは一枚、スペードの二を取られたら必然的に負けてしまう。
「ちょっと……貴方なにしてるのよ」
クルーナがスペードの二を取ろうとしたのでウィルは取られないように力を込めていた。
「力抜きなさいよ」
「そのカードはジョーカーだから止めといたほうがいいよ」
「そんなわけないでしょ! い、い、か、ら渡しなさい!」
目一杯、力を入れてウィルのカードを引っ張るクルーナ。
ウィルは手を一瞬、緑色に発光させる。魔力を使って筋力を向上させたのだ。
「ひ、卑怯者! 開き直るように古の力を使うなんて!」
「クルーナ、僕には引けないときがあるんだ」
「こっちには権力があるのをお忘れかしら」
「そんなの卑怯だ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ……」
呆れた表情のクルーナ。
「そこまでして負けたくないわけ?」
クルーナは一旦、手を離す。
「負けたら一年間、食堂で昼ご飯を奢るのは死活問題だよ。どうやって生活すればいいんだよ」
「世間に素性を晒したら、一生困らないぐらいの財産が手に入るわよ」
「そこまでしたくないよ。大体、権力闘争に巻き込まれるのはごめん、あっ!」
ウィルが喋っているあいだにクルーナは素早くカードを取る。
「私の勝ち……え、なんでよ!」
「クルーナが喋ってる間にカードの位置入れ替えただけだよ」
クルーナが引いたのはジョーカーだった。
「私の行動を読んでたってことね……侮りがたし! やはり貴方は私の人生の障害物ね」
「勝手に人を物扱いしないでください。じゃあ次は僕がカード引くね」
「私の負けでいいわ、今のは心理戦で敗北したも同然よ。ババ抜きで勝っても試合に勝って勝負に負けたと一緒」
「君がそれでいいならいいけど、君が負けた場合の罰ゲーム考えてないよね」
二人はトランプカードを片付けながら会話を続ける。
「同じでいいわよ。お昼ご飯……奢ってあげるわよ」
クルーナは躊躇いながら喋る。
「色々あってゼルから一年間コッペパンと牛乳奢ってもらえるらしいから別に困ってないよ」
「そんな貧相な食事、私が認めるわけないでしょ」
「コッペパンと牛乳で生活している人に謝れよ。あれ美味しいからね」
「それなら私がおかずとしてフォアグラを付け合わせたビーフを追加してあげるわ」
「どんな組み合わせだよ……いや悪くないけど……」
ウィルは歯切れを悪くしながら、視線を宙に漂わせて思案し一つの結論に至る。
「もしかして、前みたいに階段で隠れて菓子パンを食べたくないから奢るとか言ってるの?」
「ちっがうわよ! そんなわけないでしょ!」
クルーナは立ち上がって強く否定する。内心はドギマギしていた。
「でも君ほど注目されてたら一人で食堂行きにくくはなるのは仕方ないよ」
「そうよね……じゃなくて! 勝手に理解しないでもらえるかしら」
「午後からは基本、同じ専攻科の人としか顔を合わせないだろうし。パプリカちゃんも誘って皆で食堂に行けばいいと思うよ」
クルーナは気を取り直し、口元が緩んでしまうのを堪えつつ、
「それはいい考えだわ」
と言い放つ。
「いいなぁ、リエルもウィル君と一緒に学校行きたいっ」
いつのまにかリエルは羨ましそうにテーブルの下から顔を覗かせていた。
「リエルの場合、戸籍諸々の個人情報が登録されてないことが問題だからね。少し難しいかもしれないよ」
ウィルは現実的なことを言うと、リエルは口を尖らせる。
「え~嫌だっ! 行く!」
「いつも気付いたら学院にいるから、学生になってもならなくても一緒な気もするけど」
「違うもん。今はウィル君とキャンパスライフ送ってるわけじゃないもん」
「アダムイブ学院は唯一、私たち名家でも不正入学できない教育機関よ。ルーデリカ家の力を借りても困難だわ」
クルーナも即入学は難しいことを伝える。
「いやなに、不正を働く方向で考えてんだよ」
「でも手っ取り早いでしょ。私もリエルがいてくれたら色々、勉強になるわ」
「君は精霊に関心があるからね」
「それだけじゃないわよ、えっと……」
クルーナはなにかを言いたそうに口元をむにむにと動かす。
「クルーナちゃん、友達もっと欲しいって言ってたんだよっ」
「へぇー」
「ちょ、そいつにそんなこと言わないで」
まるで分かってたかのようにウィルは相槌を打つ。
慌ててリエルの腕を掴むクルーナ。
「それでねそれでね、精霊と友達になれたらもっと嬉しいんだって」
「それは初耳だね」
ウィルは想像していた以上にクルーナは精霊が好きな人物だと思った。
「なによウィルグラン兼ウィルドラグ、文句あるのかしら」
「文句ないよ、あとややこしい呼び方をしないでくれ」
クルーナは照れ臭そうにしながらリエルの腕を掴んだままだった。
「リエル、なんで全部言うのよ」
「駄目だったの? でもでも、もうクルーナちゃんはリエルと友達になってるから嬉しいでしょ」
リエルはクルーナの方を向き、嬉しそうに両手をとって上下に振る。
「リエル……貴方ってほんと、いい子よね」
「えへへ」
笑顔で見合う二人の少女。
ウィルはそんな光景を微笑ましく思った。