第八話 午後の入試科目
現在の時刻は一三時三〇分。アダムイブ学院の受験生達は物理学の入試試験真っ只中。
ウィルは本館四〇一号室の後方の席で試験を受けていた。今朝から苦難困難が続いてたせいか彼はかなり集中力を切らしていた。
第六問。四・三〇ナノメートル離れた電子と陽子からなる電気双極子の双極子モーメントはいくらか。
(これは確か、公式に当てはめて掛け算するだけの問題だ。六問目でいきなり電磁気学の問題が出てきたから今回は五問ごとに分野が違うのかな?)
シャープペンシルを回しながら思考するも彼の足が震えていた。春前とはいえ、本日の気温は一〇度〜一四度と決して暖かくはない。むしろ良く白衣一枚で凌げていると褒めてあげたいところだ。
(肌寒い。貰った黒ニーソを履くしか、って、いやいや落ち着け僕。これ以上、人権を失うわけにはいかない)
かぶりを振って試験問題と向き合ってみた。そして三〇分後。
――彼は試験監督をしている教員にバレないように。
(よし!)
リュックから貰った黒ニーソを取り出し履いていた。寒さに敗北した模様。
そんな彼を横の席に座っている少女――猫の半獣人が凝視していた。引いているわけではない未知の生命体と出くわした、そんな目をしていた。
ウィルはその目線に気づき半獣人と目を合わす。
次いで、ゆっくりと試験用紙に視線を戻した。
「すぅ……はぁー」
彼は頭を抱えて。呼吸を整える。自責の念に苛まれていたので心を落ち着かせていた。
なお、ニーソを脱がないまま物理学の試験を終えた模様。
「お前とうとうくるところまで来たな」
「人には出来ないことを率先してやる君の努力が報われるといいね」
次の試験を受けるために教室を移動していると廊下でゼルとラナックと会う。彼らはウィルの格好が常軌を逸していると暗に示していた。
「ははは……」
ウィルの乾ききった笑い声。そして言葉を紡ぐ。
「僕のことはもういいんだよ。それより二人は社会の科目は何にしたの?」
「俺は新史学と地理」
「私もだ」
次の試験である社会は選択科目で旧史学、新史学、地理、政治から二つ選ぶことになる。ここでいう旧史学は魔法が使えた時代の歴史のことで新史学は魔法が使えなくなってから現代に至るまで歴史という意味だ。
基本的には旧史学が難しいとされていて忌避する人が多いのだが。
「ウィルグランはどうせ、旧史学選んだだろ」
「うん、そうなんだよね」
ラナックの言葉を肯定するウィル。
するとゼルも口を開き。
「なんで難しい方を選ぶんだよ。魔力がそこら中に溢れてた時代の歴史って抽象的なことが多いから分かりにくいだろ」
「前も言ったじゃないか。旧史学の方が得意だって」
などと話していると。
「いたーいたー! 君〜!」
何者かが三人に近づいてくる。ウィルには聞き覚えがある声だったのですぐに誰か分かった。
「あ、先生! やっと起きたんですね」
今朝、ウィルの服を洗濯してくれた有翼人の女性――保険医だった。
「寝てないよー」
「いや、寝てましたよ。『すぴー』とか言ってたよ」
「この人は誰なんだ?」
二人の会話を遮るゼル。
「医務室の先生だよ。今朝方、僕の服を洗濯してもらったんだ」
「そうそう、その服なんだけど、乾燥機使って乾かしといたから医務室にあるの〜」
「本当ですか! 先生ありがとうございます!」
「いえいえ〜」
初めて会った時と同じ柔和な笑顔を向けて保険医は去って行った。
「まるでプリンを更に柔らかくした様な先生だ」
「その例え全然分からんよ」
ラナックのおかしな比喩表現にウィルは冷静にツッコんだ。癒し系とでも言いたいのだろうか。
――それから受験生達は四限目の社会、五限目の魔科学のテストを受けた。ちなみに魔科学というのは科学技術を用いて魔法と類似した現象を起こすという分野である。つまり魔力無しで魔法を行使しようと試みているのだ。
魔科学は現代社会において重要視されおり、アダムイブ学院が最も力を入れて研究している分野でもある。




