第七七話 黒鎧
空中から落ちるウィル。
そして魔法物を駆使して迫ってくる褐色肌の男。
(身体中が痛すぎる。さっきみたいに魔力で強化できない)
ウィルの全身の筋肉は悲鳴あげていた。だが決死の覚悟で右腕の筋力のみを魔力で強化する。
(カウンターを狙う!)
ウィルは視覚情報を司る神経のみを強化し、動体視力を向上させる。
この攻撃を外せば、身体が動かなくなり、戦闘不能となるのは必然だった。
目前に迫った褐色肌の男も止めを刺しにくる。
「『ストーム』‼」
男は両足で空中を蹴って、履いている靴型の魔法物から強風を生み出す。
彼は風の勢いを利用し、ウィルに渾身の頭突きをくらわせようとしていた。
対して、ウィルは右腕を引いて、攻撃の準備をする。
「うおおおお! ――へっ?」
ウィルは身体を横に逸らして右拳を叩きつけようとしたが素っ頓狂な声を出してしまう。
褐色肌の男は真横に飛んでいき、木に頭を打ち付けて、立ち上がらなくなっていたのだ。
突然、現れた人物の飛び蹴りによって。
「リエルじゃない、一体誰なんだ。それにあの恰好は一体……?」
ウィルは疑問を口にするが地面に衝突しそうだったので慌てて魔法物を行使する。
「うわうわうわ! 『ウィンドウ』! 『ウィンドウ』! 『ウィンドウ』! 『ウィンドウ』! ―――」
死ぬほど連呼して、空気抵抗を増やそうとしていた。
地面まで残り二メートルの距離だったので無理もなかった。
「死ぬかと思った……」
無事、地面に片膝をつくウィル。額に冷や汗を掻いていた。
そして、彼は辺りを見渡す謎の人物を観察する。
謎の人物は金属板でできた鎧を全身に纏っており顔が見えなかった。また、特筆すべきは鎧の色である。
漆黒とも言えるぐらい明度が低い鎧は不気味な雰囲気を醸し出していた。
(あれは人間だよね……一体何者なんだろう。グロウディスク家の人間に攻撃を加えたってことは名家に恨みをもつ人間?)
黒鎧の人は何かを見つけたのか移動する。
その移動の速さはウィルがさきほど、全身の筋力を限界を超えて強化したときと同等だった。
(人間の動きじゃない、鎧は魔法物の可能性がある)
黒鎧の人は、地面に転がっている小型ライフルを手に取る。次に高速移動して、木と衝突した褐色肌の男の靴を剥ぎ取る。
ライフルも靴も魔法物である。
(ただの魔法物収集家の可能性もあるかも)
魔法物は名家と政府機関が所有しているので市場には出回っていないのが通説だ。通説なだけあって隠し持っている人物はいるのかもしれないが、なににしろ貴重な品物であることには変わりはない。ゆえにウィルは収集家かもしれないと疑った。
次いでウィルは「はっ」と、息を吞む。
黒鎧の人が目前に移動してきたからだ。
「左手の指輪を見せろ」
ウィルは無言で左手の甲を向けて、指輪を見せる。
もう戦う力がないため、最悪、指輪を渡すことになっても生き延びればいいと思っていた。
「フィユドレー家の指輪……」
黒鎧の人は呟く。そして、ウィルの顔、背後にある巨木を見やり、言葉を継ぐ。
「髪の色が違うがあんたはウィルグラン・ガードレッドだな」
「僕を知っているんですか」
「………………」
相手はウィルの問いに答えなかった。
(この声聞いたことある)
ウィルは黒鎧の正体を探る。
声、口調、魔法物と思われる鎧を所有していること、そして自分を知っていることから導き出される人物は、
「君はベルリック・グロウディスクか?」
黒鎧は僅かだが動揺して体が動いたように見える。
次いで黒鎧は、
「あっはっはっはっはっ!」
愉快そうに笑い、続けて言う。
「そういうあんたの本当の名はウィルドラグ・フィユドレーだ」
「フュユドレー家の指輪を持っているだけでそう思ってたら短絡的だと思うよ」
黒鎧はウィルの本当の名を口にしたので、ウィルは誤魔化す。
「短絡的か……明確な証拠はないといえばその通りだ。ただ、ウィルドラクとは幼少の頃、名家同士の夜会で会ったことがある。一〇年前とはいえ面影がある、あれは印象強い出来事だった。あんたは間違って女子トイレに入ってクルーナ嬢と鉢合わせて大騒ぎになって、『フィユドレー家はどいういう教育をしてるんだ』と、非難されたり、クルーナ嬢が父親に『お嫁さんにいけないと』泣きついたりと」
「あー言わなくていい言わなくていい! 聞きたくないよ」
ウィルは手で両耳を塞ぐ。彼は六歳のときの出来事を思い出し恥じていた。
「というかよく覚えてるね……クルーナは全く覚えてなかったのに」
ウィルは今の反応で完全に身元がバレたので正体を否定する気にもならなかった。
「あれは実に愉快な出来事だ。そのせいか、あのとき、あんたと飲んだ赤ワインが特別に美味かったと記憶している」
「あれは葡萄ジュースだよ。そもそも君も僕も六歳だったからアルコール飲めないだろう、なにカッコよくいってんだよ。というかやっぱり、君はベルリックなんだね」
今の会話で黒鎧の正体がベルリックだと確信を持ったウィルは本題を切り出す。
「そんなことより、なんでグロウディスク家の人間を蹴り飛ばしたんだ、なんで魔法物を奪ってるんだ、自分の家の人だろうに」
「秘密だ。ただ、自分にはやらなければならないことがある。あんたの正体をバラす気もない、この土地を奪うつもりはない。ただ指輪を貸してくれ、使うとは限らないが一つでも多くの魔法物があると助かる」
ウィルはベルリックの目的が全く分からなかった。
なぜ、グロウディスク家次期当主でありながら本家の意向に逆らっているのか。
「もし嫌だと言ったら君はどうするんだ」
「奪い取る。なに、用が終わったら返すから安心しなよ。今の状態では抵抗することもできなかろう」
「知っての通りこれはフィユドレー家の形見なんだ。悪用するなら貸せないよ」
「これでもか?」
ベルリックは拾ったライフルをウィルに突きつける。
「「…………」」
両者は見合う――
――そのとき、ウィルの視界の端には高速の緑光がベルリックに向かうのが見えた。




