第七一話 防衛戦前日
そのあと、ウィルはクルーナと三〇分程会話し、解散した。
グロウディスク家の今後の動向については推測しか立てられないので話し合いは平行線を辿ったが、不穏な空気が漂っていることは確かだった。
現在、ウィルは自宅の勉強机と向かい合って座っており、彼は頬杖をついて、空いた方の手に持ったペンを回しながらクルーナとの会話を振り返っていた。
『ベルリックは真・精霊石や護送車の件に関わっているのかな』
『そんなの分からないわよ。ただこれも表に出ていない話だけれども、グロウディスク親子は折り合いが悪いらしいわよ』
『そんな話初めて聞いたよ』
『そのせいか彼、この島にあるグロウディスクの屋敷に一回も入ったことがないらしいわ。島のリゾート地区にあるホテルから学院に通ってるって話よ』
『あいつも苦労してるんだね』
『そうかしら? 三一階建て高級ホテルで二〇〇平方メートルの部屋を一人で借りてるらしいわ。しかも屋上テラス付き』
『めちゃくちゃ贅沢っ‼』
ウィルとクルーナの予想通りならばグロウディスク家当主のグリア―ド・グロウディスクは争いの火種を起こそうとしている。そうなると息子のベルリック・グロウディスクも関わっている可能性も高いがグロウディスク親子が不仲という話を聞いたウィルは黒か白か判断がつかなくなっていた。
(なにはともあれ、明日に備えて色々シュミレーションしよう。結局、クルーナにいつ森林地区にグロウディスク家の人がやってくるかは伝えなかったけど良かったのだろうか。ズレてるところはあるけど正義感が強い彼女になら手伝ってもらえそうな雰囲気はあった。けど……僕が魔力を使ったり、リエルが魔法を使う姿を見せるわけにはいかないからね)
ウィルは会話を振り返るのを止めて、今まで学んだ魔力の扱い方を頭の中で復習し始めた。
グロウディスク家の予想されるであろう動きが深読みによる取り越し苦労ならば、それはそれで良いのだが私利私欲のために一般人の土地とお店を強制的に占有しようとしてる事実には変わりはないのでウィルのやることは変わらない。
「神経伝達速度向上、脚力強化、視力強化――」
魔力によって、現状できることを呟くウィル。
それからしばらくすると、
「ただいまっ!」
ウィルにしか視認できない――半透明状態のリエルが玄関をすり抜けてやってきた。
一瞬、幽霊が現れたと思ったウィルは肝が冷えたが見慣れた光景なのですぐに平常心を取り戻した。
リエルは実体化し、報告する。
「大きな木の周りにワイヤーセンサー仕掛けたよっ」
「ありがとうリエル」
「魔法で透明にしたから絶対に気付かないと思うの」
「あとは明日の夜中、木の上からセンサーが引っかかるのを待つだけだよ」
リエルはウィルが学院に行っている間、森林地区にある巨木の周り、つまりアルバイト先の雑貨喫茶が建っている木の周辺にワイヤーセンサーを仕掛けていた。あとは巨木を這うように設置されている階段で待機し、センサーが反応するのを待つだけだ。
「リエル、カルパッチョ食べたい!」
「急にかよ、そんな料理作ったことないし材料もないよ」
「材料は買ってきたよ、それにリエルが作るから大丈夫」
リエルは食材が入っているビニール袋を掲げて見せる。次いで少女は電磁調理器の前に立って料理し始める。
「どんだけ食べたいんだよ、昨日もリエルが料理してくれたから明日明後日は僕が作るよ」
「ウィル君明日、無傷でいられるの?」
「怖いこと言うなよ……まだ戦うと決まったわけじゃないからね」
戦う覚悟はあるものの、少女の不吉な見通しに思わず尻込みする青年。
「えぇ~リエル的にね人の居場所を奪おうとしてくる悪い人が穏便に済ませてくれるとは思わないもん」
「それは言えてるね。怖がってもしょうがない……よし!」
ウィルは気を取り直して勉強机から離れて、薄型テレビの電源を点ける。
(グロウディスク家についてのニュースやってないかな)
テーブルの前に座り、リモコンでローカル局のワイドショーを見始める。
『以上、ツチノコ探しの名人を偽のツチノコ目撃情報で誘きだしてやろう! のコーナーでした!』
丁度、番組のコーナーが終わろうとしていた場面だった。
「なんて悪質なコーナーなんだ…………」
端的に酷い番組だと思っていた。ドン引きである。
「そもそもツチノコ探しの名人ってなんだよ、見つけた実績あったのかよ」
「その人、自称だよっ。見つけたことはないけど名人を自称することで自分にプレッシャーかけてるんだって」
リエルは目にも止まらぬスピードでカルパッチョ用のソースを作りながら疑問に答える。
「なんでそんなに詳しいんだよ、というかこの名人、自分を追い込みすぎだろ」
ウィルは呆れつつテレビを見続ける。
『続いては、世界を裏で操っている疑惑がある青年についてです』
「なんだこの番組は、都市伝説的なことしか扱わないのか」
『みなさんご存じの通り、ルーデリカ家次期当主のクルーナ様に再びわいせつな行為をしたと思われるウィルグラン青年ですが自警団にも追われてたにも関わらず、突然、何者かによって圧力がかかり自警団に追われなくなったとのことです』
「んんんんっ⁉⁉⁉⁉」
突然、自分の名前を出されたので食い入るようにテレビを見る。
『このことについてですが、日々ウィルグラン少年の心理や行動について研究しているウィルグラン青年専門家にお話を聞きたいと思います』
「僕の専門家ってなんだよ⁉ おいおいおい‼」
ニュースキャスターの言葉に動揺が隠し切れないウィル。思わず立ち上がってテレビに掴みかかった。
ウィルグラン青年専門家が口を開く。
『うーむ……名家にすら影響があると考えると恐らく政府関係者、それもトップ層の人間の関係者、いや! トップ層の人間そのものかもしれん!』
『つ、つまり青年の正体は政治家⁉』
『十中八九そう!』
ウィルグラン青年専門家の一言にはエコーがかかっていた。
「そんなわけあるか、なんだよこの番組、暇かよ」
ウィルは眩暈がしそうだった。
「リエルは僕の専門家っていう人知ってる?」
「うんっ! この島じゃ有名だよ。ほんとウィル君は人気者だねっ」
屈託のない笑顔を見せるリエルはタコのカルパッチョが載っている皿をテーブルに置く。
「ますます外歩きにくくなるよ」
悩みの種が増えるウィルだった。




