第六一話 いつもの三人
午後からウィルら新入生は自ら選択した専攻科の授業が始まる。
なお、ウィルはげっそりした表情で昼食のコッペパンを齧っていた――
「はぁ……今日も散々だよ」
今日も今日とて様々なハプニングが彼の身に降りかかったのだ。
具合が悪くなったウィルが医務室のベッドで横になるも、すでに女子生徒が寝ていたので保険医から変質者扱いされたり。トイレに寄った際、ホースを持っていた用務員の手元が狂って水をかけられたりと散々である。
「ウィル今日も楽しませてもらったぜ」
ウィルの向かい席にいるゼルは生き生きとしていた。
渦中の人は見るのは楽しいらしい。性根がどうかしていた。
「他人事かよ」
「他人事だよ」
「くっ……」
苦々しい顔をしながらウィルはコッペパンを頬張る。
「一年間コッペパンと牛乳を奢るって約束したから許せよ」
「別に奢ってほしいとは言ってないんだけどね」
一方的な約束をゼルにされたがデメリットがないので受け入れた模様。
「で、お前は何してんだよ」
ゼルは横にいるラナックを見やる。
彼はボウルに入ったメレンゲを一生懸命、泡立てていた。
「好きな人にお菓子を作ろうと思ってな」
「えっ!」
「意外か?」
「別にそういうわけじゃねぇけど」
ラナックの返答に驚くゼル。
なお、ウィルは「へぇ……」とそこまで関心がなく、水が入った紙コップに手を伸ばしていた。
「ちなみに誰なんだよ」
ゼルはお菓子職人を肘で小突く。
「まだいないが」
「へっ⁉ いや! だって好きな人にお菓子作ってあげるんだろ」
「そのうち好きな人ができるかもしれないだろう。備えるのも悪くない」
「っぐ! ゴホッゴホッ!」
常軌を逸した発言にウィルは飲んでいた水でむせた。一方、ゼルは「さすがラナックだぜ」と適当に返事をしてた。
「ウィルグラン、急いで飲むからむせるんだぞ。食事はゆっくりと進めた方が体に良いじゃないか」
「いや、誰のせいだと思ってるんだよ。そもそもラナック昼飯すら摂ってないよね」
「知らないのか、私たちエルフは消化時間が長いから食事を頻繁にしなくてもいいんだ」
「え! そうなの?」
目を見開くウィル。
「ちなみに嘘だ」
「嘘かよ!」
ゼルが「そろそろチャイムが――」と言い切る前に昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴り、三人は席を立つ準備をし始める。
「そうだ。ラナック、服ありがとう」
ウィルは椅子の下に置いていたビニール袋を掲げて感謝する。
用務員に水をかけられ、全身の服が濡れたときラナックが服を買いに行ってくれたのである。
「感謝してもしなくてもよい」
「どっちだよ」
ゼルとラナックが席を去り、背中を向けている間にビニール袋を覗く。
すでにウィルは買ってもらった白シャツとジーンズを着ていたが袋の中には同じ白シャツが五着入っていた。
「シャツ買いすぎだろ…………ありがたいんだけどね」
買ってもらったのに一々、文句を言うウィルであった。
そんなこんなで三人は選択した専攻科である精霊遊学科の授業を受けに本館四階の教室へ足を運んだ。