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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第六〇話 グロウディスク家の動き②

「昨日は本当に酷い目にあった……」


 げんなりとした声で歩道を歩くウィル。現在、登校中である。

 昨晩、結婚した覚えのない中年女性に離婚を迫られて追いかけられるという狂気的な出来事を思い返すが、今はそれより、


「リエルは大丈夫なんだろうか」


 精霊の少女のことを考える、犬型の獣人が犬型の獣人を背に乗せて道路を爆走するという不可思議な光景を横目にしながら。彼女は強く、人知を越えた存在、更に失われたとされている魔力(マナ)の使い手でもある。杞憂する必要はないと分かっているが、どうしても憂いてしまう。


 ウィルは雑念を振り払うために首を振り、通学路を歩く。

 リエルが調査に行っている間、信じて待つだけではなく自身も力になることはないか情報収集を行うことを決めたのだ。


――商業地区を歩いて学院へと向かっていると、


「ん?」


 後ろから静かなタイヤの走行音が聞こえたのでウィルは振り向いた。

 高級車――リムジンだった。

 リムジンの全長は目算で10メートル……いや、


「いや、長っ‼‼‼」


 40メートルほどあった。

 呆気にとられた青年はリムジンを通りぎるまで道端に立ち尽くすことにした。


(こんな車でどうやって道を曲がるんだよ。内輪差把握できないだろ)


 最もな疑問を持っているとリムジンは後頭部がウィルの前を差しかかろうとしたときに停車した。

 すると、ウィルの目前にある車窓がウィーンと、音を立てて開く。


「ガードレッド、何をぼーっとしてるんだ。朝からあんたという奴は面白い」

「君かよ。あとそっくりそのまま同じセリフを返すよ」


 車窓から顔を覗かせたのはベルリックだった。

 なんでこんな無駄に長いリムジンで登校してるんだという疑問を一旦、頭の片隅に置き、


(ベルリック・グロウディスク、彼は関わっているのか? グロウディスク家が雑貨喫茶『悠々自適』を退去させようとしてることに。学生とはいえ実務に関わっている可能性もある。でもそんな算段をしている人が僕に気軽に話しかけるだろうか) 


 眉をひそめて考えを巡らしていた。


「どうした?」

「なんでもないよ、それより朝のニュースで見たんだけどグロウディスク家の当主が島に滞在するみたいだね」

「あぁ、父上か、当然知っている……」


 ウィルの質問に対しベルリックは明らかに声のトーンを落としていた。


「それより今日から専攻科の授業が始まるようだが、あんたの専攻は決まっているのか?」

「もちろん決まってるよ」


 ウィルは応答しつつ、あからさまに話題を逸らされたと感じる。


「差し支えなければ専攻名を教えてくれ」

「精霊遊学科って名前だよ」

「精霊遊学? 聞いたことがないが名前からして精霊と遊ぶのか? もう実在しないはずだが」

「いや、そんなわけないから」


 呆れ気味なウィルは専攻科の説明をする。


「平たく言えば、精霊の痕跡を追ってフィールドワークするタイプの研究をする感じかな? もちろん座学は多少あるんだろうけど」

「なかなか面白そうだ」


 興味深そうなベルリック。


「ところでグロウディスク家の当主って結局、何しにこの島にやってきたの?」


 多少、強引でも話題を戻して情報収集を試みるウィル。


「詳しいことは知らんが、なにやら新しい事業を始めるかもしれん……では学院で」

「うん、また」


 ベルリックがドア内側にあるスイッチを押して車窓を閉めると、リムジンは前方へと進む。


(父親のこと訊くと、途端に歯切れが悪くなってる気がする。それだけで彼がテレンさんのお店を退去させようとしている人間の一人とは限らないけど)


 再び歩き始めるウィル。有益な情報は得られなかったがベルリックが父親との間に何か確執があるかもしれないと勘繰ることはできたようだ。


「え?」

「ん? ガードレッドなぜ着いてくる」

「僕も学院に通ってるからだよ!」


 しばらく歩を進めると停車したリムジンの傍にベルリックと運転手らしき人物が立っていた。


「まさかリムジンが長すぎてこの先の道が通れないとかベタな展開だったりしない?」


 道の先にある曲がり角を見据えてウィルは状況を把握する。

 

「その通りだが」


 あたふたしてる運転手をチラッと見てそれが何か? と言外に訴え、腕を組んでいるベルリック。


「なんでふてぶてしい態度なんだよ」

「それにしても困った。学院に行けない状況だ」

「普通に歩けよ」

「それは家訓に反する」

「どういうことだよ」

「グロウディスク家の家訓に誇り高き名家であることを誇示し、身分の違いを証明するために通勤又は登校するときは地に足を付けるなという言葉がある」

(おご)りが過ぎる!」


 なかなか、調子に乗った家訓である。


「もう今の時代にそぐわないし、家訓変えたほうがいいと思うよ」

「家訓を変える? はっはっは、そんな発想はなかった」


 ベルリックは哄笑し、ウィルの言葉を天啓として捉えていた。


「あんたの言う通りで父上にかけあって家訓を変えてくる、では」

「え⁉ 学院は? 授業始まるけど!」

「構わない」


 ベルリックは背を向けて帰りはじめると、「ベルリック様お待ちを!」と運転手も慌てて後を追いかけた。


「学院を欠席することは世間的にも名家的に良くないだろ」


 遠い目で帰路についた二人を見るウィル。


「あれ⁉ ベルリック様⁉ どこに向かわれるのですか?」

「授業が始まりますけど!」


 帰ろうとしているベルリックに駆け寄る登校中の女子生徒たち。


「ある男のおかけで自分がまだ未熟だと気付いたんだ。だから今日のところは帰るだけだが」

「だ、誰なんですか⁉ ベルリック様を登校できなくした男というのは!」

「あそこにいる」


 ベルリックはウィルを指さす。


「あの人は⁉」

「う、噂の変態よ!」

「まさかベルリック様に何かしたのでは⁉」

「あの変態はクルーナ様にも迫っていたわ、まさかベルリック様にも⁉」

「おいおい見境なしかよ、ロックな生き方すぎんだろ」


 騒ぎ立てる女子生徒と不可解なことをいう男子生徒。

 ウィルの脳内は危険信号を告げていた。誤解から誤解が生まれる負のスパイラルが今日も発動すると。


「いったい、ベルリック様になにをしたの!」

「あ! 待ちなさい!」

 

 ウィルは一目散に学院へと逃げた。

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