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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第五九話 グロウディスク家の動き①

 とある日の晩。


 ウィルは自宅のベッドで寝そべりながら台所に立っているリエルを見ていた。


「ウィル君待っててね。三分以内に作るよ!」

「カップ麵かよ、そんなに急がなくてもいいよ」


 今日はリエルからの申し出により、彼女が初めて晩御飯を作ることになっている。

 

「……速すぎるよ」


 ぽつりと呟くウィル。

 リエルは宣言通り、三分で晩御飯を作ろうとしているのか手元の動きが人間の眼では追えないほど速かった。

 

 必死に少女の動きを捉えようとしていた青年だったが目がしょぼしょぼしてきたのでリモコンを手に取りテレビを点けることにした。画面に映るのは例のごとく、ローカル局のニュース番組だ。


『ここで気になるニュースが入りました。旧三大名家、グロウディスク家の現当主であるグリア―ド・グロウディスク様が子息のいるこの人工島にしばらく滞在することになりました。目的は不明ですが新事業を展開されると予想されており――』


 と、言うニュースキャスターの言葉にウィルは思わず上体を起こす。


「なんだって」


 彼の脳裏には先日、雑貨喫茶『悠々自適』の立ち退きを要求してきたグロウディスク家の男の存在が(よぎ)る。

 当主がやってきたこと、そして立ち退きを要求してきたこと、何か関係あるのではないのかと勘繰っていった。


「できたよ!」

「もう⁉」


 ウィルが思案に(ふけ)っているとリエルがテーブルの上に料理を置く。


「リエルが料理してから三分も経ってない気がするけど、大丈夫?」

「大丈夫っ、ご賞味あれ」

「う、うん」


 テーブルの上に置かれた料理はマグロ、ハマチ、甘えび、サーモン、イカ刺し、タコの刺身とライス。


(刺身だったらリエルの包丁(さば)きで一瞬で終わるに決まってるか)

 

 なんとなく納得したウィルだった。


 そして二人は座って食事をするも、ウィルはどことなく浮かない顔をしてニュース番組に耳を傾ける。


 画面の向こうにいるニュースキャスターはグリア―ドが島にやってきたことついでにグロウディスク家が近年、建築業界と軍事業界に力を入れていることを説明していた。


「ウィル君、大丈夫?」


 リエルはウィルが眉根を寄せる様子を見て声をかける。


「え、ああ、うん」


 気のない返事をする青年。


「リエルも心配だよ、お店のこと。グロウディスク家の一番強い人が来たことと何か関係があるかもしれないもん」

「強いってなんだよ」


 リエルの表現がおかしいので思わず指摘したウィル。


「それにそれにっ」


 精霊の少女を意気込んで立ち上がる。


「ウィル君のそんな顔見たくないから頑張る」

「頑張る?」


 ウィルはサーモンを口に運んだあとに小首を傾げる。


「グロウディスク家の一番強い人のところに行って陰謀を暴いてくるよ、今からっ!」

「今から⁉ 待て待て、今日はもう遅いから、というかそんな危ないことしなくてもいいよ」

「ふふんっ、リエルには霊体化があるから大丈夫」


 鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張るリエルの身体は半透明になった。精霊と契約を交わしているウィルにしか視認できない状態だ。


「ちょ、リエ――」

「吉報を持ってくるからっ」


 ウィルが名を言い終える前にリエルは家の壁をすり抜けて移動してしまった。

 青年は慌てて玄関に向かい、外に飛び出る。


 辺りを見渡しながら歩道に出ると、


「コラ! あんた!」

「ビンタ痛いって! いきなりなんだよ!」

「今、若い子見てたでしょうが! 離婚だよ!」


 中年夫婦らしき人たちが痴話喧嘩しており、他に人はいなかった。


(僕が追いかけてもグロウディスクの人らに門前払いされるだろうし、むしろ足手まといかもしれない)


 リエルの実力を考えれば人間相手に下手を踏むことはないし、霊体化しているので姿形を見られることはない。しかし、ウィルは不安そうな表情になってしまうのであった。


「戻ろう」


 どうしようもないので自宅に戻ろうとすると、


「なんで離婚なんだよ!」


 先程、ビンタされていた中年の男性は叫んでいた。


(家の近くで騒がないでほしいな)


 ウィルは尻目で中年夫婦らしき人を見る。


「そもそもお前誰だよ! 俺は独身なんだよ!」

「他人かよ‼」

「なんだいあんたは?」

「あ……しまった」


 反射的に口を挟んだウィルは中年女性に声をかけられると、ハッとし、自身の軽率さを悔やんだ。


「あんたも離婚だよ!」

「いや、どういうことだよ」


 呆れ気味なウィルだった。


「キィィィ! あたいに口答えするんじゃないよ!」

「うわっ、こっちきた! やばいやばいっ」


 中年女性が全速力で走ってきた。

 ウィルは夜の街を駆け出す。


「離婚するまで追いかけるわよ‼」

「結婚した覚えないって! リエル! 助けて‼ リエルーーーーーー‼ 戻ってきてくれーーー!」


 青年の声は住宅地区に木霊したのであった。

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