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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第五七話 閉店後の来訪者①

 雑貨喫茶『悠々自適』の閉店後。

 ウィルらはいつも通り店内を掃除していた。


「僕はカウンターを拭くからリエルはテーブル席拭いといて」

「うんっ」


 青年は雑巾をリエルに手渡しする。


「でもでもー魔力(マナ)を使えばすぐに綺麗にできるよ」

「駄目だからエナちゃんとテレンさんがいるし」

「ウィル君がそう言うならそうする」


 魔法の力を行使しようとするリエルだったがウィルの言葉で思い止まった。


「二人とも話してないで手を動かして」


 エナは手のひら同士をパンッと叩いて、二人の注意を引く。


 そのご、テキパキと掃除が行われて事が済むと。


「はい、お疲れ様!」

「ありがとうテレンちゃん」


 テレンが紅茶の入ったティーカップをカウンター席に座っているリエルに出す。


「お母さん、そのカップさっき私が洗ったやつじゃん」


 同じくカウンター席に着いているエナがティーカップを見て言う。


「エナちゃん、また洗ってね」

「おい」


 言い訳すらしないテレンにエナは声のトーンを低くして咎めていた。

 一方、ウィルは三人とは離れた場所のテーブル席に座って休憩をしていたが、コンコンと外から玄関を叩く音がしたので立ち上がってドアを開けようとする。


(玄関前にちゃんと閉店の看板置いたけど、見えなかったのかな?)


 ウィルは訝しげな顔でドアを開ける。

 また、リエルら三人は突然の来客が気になったので会話を止めて玄関の方を見ていた。


「え、えっと、申し訳ないんですけどもう閉店の時間なんですよ」

 

 ドアを開けた先に七三分けの髪形をしている黒スーツの男がいたので少し挙動不審になるウィル。


「突然やってきて申し訳ない、私はこういう家に仕えてるものです」


 男は懐からあるものを取り出してウィルに見せる。


「グロウディスク家の紋章……!」


 それは交差している二本の剣のエンブレムが付いている手帳だった。

 旧三大名家の一つであるグロウディスク家に仕える人間ということ証明するものだ。


「このお店の責任者に話があるのですが、いいですかな?」

「え、ええ」


 店主であるテレンは少し戸惑いながらも突然の来訪客を迎え入れることにした。


――黒スーツの男はテレンと向かい合う形でテーブル席に座る。また、店主に指示されてリエルがコーヒーを来客に出すが、


「おお、すまない。頂くとしよう……ごほっごほっ! 苦っ!」


 男はコーヒーを口に含んでむせ返っていた。


「えっ! 大丈夫ですか?」


 心配して声をかけるウィル。

  

「だ、大丈夫……ごほっごほっ、おえっ!」

「そんなに⁉」


 ウィルは男の苦悶とまで言える表情に開いた口が塞がらなかった。

 次いで青年は精霊の少女に対して確認をとる。


「リエル、それって普通のコーヒー?」

「ううん違うよ」

「違うのかよ」

「この人、真っ黒な服着てたからブラックコーヒーにしてみたの」

「いやいやなんでだよ」


 リエルの奇天烈な発想が理解できない青年だった。


「お口直しの飲み物取ってくるわ!」


 テレンは慌ててキッチンへと入ると、


「なんか速くない?」


 すぐに戻ってきたのでエナは疑問を口にした。


「すまない、あまり苦いものに慣れていなくてね……ん⁉」


 テレンからティーカップを受け取った男はカップの中を覗くと眉を(ひそ)めた。


「こ、これは?」

「お口直しですよ」

「そ、そうでしたな、そう言ってましたな、では頂こう……ごほっおえっ‼」


 男は再びむせ返っていた。


「は⁉ お母さんいったい何飲ましたの⁉」

「さっきのコーヒーをもっと苦くしてみたわ」

「「なんでだよ‼」」


 ウィルとエナはツッコまずに入られなかった。

 ちなみにテレンは苦いものに対して更に苦いものぶつけることで最初の苦みを消すという矛盾した発想に至っていた。


「なんてお店なんだ! 人をコケにしているのか!」


 さすがにスーツの男は憤慨していた。


「す、すみません!」

「私からも謝ります!」


 謝罪する青年と店主の娘。


「まったく! だいたい私はグロウディスク家の下命を伝えるためにきたんだ」


 そう言って、男は少し間を置いてから言葉を紡ぐ。


「あなた方にはこの建物から、いやこの大木から立ち退いてもらう」

「なっ、なんですって‼‼」


 突然の宣告に、テレンは立ち上がって体が前のめりになっていたのだった。

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