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第五四話 アイドルに墜落する友人ら

 昼休みが終わり、再び新入生達が入る専門科を決めるために学院内を歩き回って各専門科を見学している中、ウィルはクルーナ、パプリカ、そして友人二人を連れて本館の屋上に向かっていた。


(ユリカ先生まだ屋上にいるかな?)


 と、考えながら屋上と繋がっている扉を開ける。

 ウィルにとっては二度目の屋上だが、自然と現代建築の調和を模した造りにまたもや圧倒されていた。


「中々、いい趣味してるわね」


 クルーナは目の前の光景を見て言う。また他の三人も屋上の造りに感嘆していた。


「あれかしら?」


 クルーナは首でユリカがいる方向をさす。


「そうそう、あれがユリカ先生」


 どうやら、彼女はガーデンテーブルで食事をとっているようだ。


「あら、ウィルグラン君とそのお友達かしら――」


 ユリカはウィルらが近づいてきたことに気づくがルーデリカ家次期当主の顔を見て固まる。


「く、クルーナ様?」


 目をパチクリさせる先生。


「さん付けで構わないわよ」

「なんで上から目線なんだよ」


 クルーナの一言にツッコんだウィル。

 それに対してクルーナは口を手のひらで押さえて「癖でやってしまったわ」と、零していた。


「皆、せ、先生に何か用かしら?」


 ユリカは怪訝な顔をする。


「実はここにいるクルーナとこのフードを被っている子が先生が開設する専門科に入りたいらしくて」

「うっそぉ⁉︎」


 ウィルが事情を説明するとユリカは思わず立ち上がり、


「本当に? クルーナさんと、ええっと」


 クルーナを一瞥したあとパプリカのことを見るが名前が分からず言葉を詰まらせる。


「学生証を……」


 ゼルとラナックがいる手前、名を名乗りたくないのかパプリカは赤い財布から学生証を取り出す。

 ユリカは不思議そうな顔をしながらそれを受け取った。


「俺も見たいな」


 ゼルはおもむろにパプリカの学生証を覗きに行こうとするが、


「勝手に見るのは許さないわ」

「ゼル、それはよくないよ」


 ウィルとクルーナはゼルの行手を塞いだ。


「本当にクルーナ様と仲良くなってんだなウィル、変態なのにすげぇよ。世界トップクラスのコネだぞ」

「変態は余計だから」


 感心する友人と呆れた顔をするウィル。


「興味はなかったが、その子の名前を知られてはいけない理由があるようだね」


 ラナックも正体不明の少女の学生証に興味を持つ。

 このときユリカは学生証に載っている写真とパプリカの顔を何度も見合わせたのちに「え、本物⁉︎」と口走っていた。


「誰しも秘密は抱えて生きてるものだわ。それを本人の許可無く暴くだなんて、どうかしてるわよ」


 クルーナは懐から白銀の指輪を二つ出して右手の人差し指、中指に()める。この指輪には天秤(てんびん)の絵が刻まれている。


「ルーデリカ家の紋章……?」


 ラナックは指輪を見てぽつりと呟く。世界的に知られている紋章ではあるが指輪を嵌めた理由が分からなかったのだ。

 だがウィルには分かる、彼も同じ類の品を持っているからだ。


「これは当家の魔法物(マジックアイテム)よ。人差し指が生命体を麻痺させる『パラライズ』の魔法、中指が炎の弾丸を放つ『ファイヤーショット』の魔法が込められてるわ」


 自慢気な名家の令嬢。


「麻痺⁉︎ 弾丸⁉︎ ちょ、クルーナ様! 冗談ですよ、俺がそんな悪い男に見えます?」

「クルーナ嬢よ。ゼルのこの態度に騙されてはいけない。彼は油断を誘って君を殴り倒そうとしている」

「お前、なんてこと言ってんだ! シャレにならねぇから! 三大名家に喧嘩売っちまったら人生終わりなんだよ!」


 ラナックの裏切りにゼルは狼狽(うろたえ)まくり、エルフの首元を掴もうとしていたが押し合う形になっていた。


「本当にあのパプリカちゃんなのね! まさか、本物に会えるだなんて、もしかしたら学院に来て一番嬉しい出来事かもしれないわ」

「「…………」」


 背後で歓喜するユリカを口を目を点にして見る青年と令嬢。そして先生の言葉を聞いて機敏に動いたのがラナックだった。


「まさか……まさか!」

「あぅ……」


 ラナックは期待感満載の表情でパプリカの前へと移動すると、パプリカは右手で横に(そむ)けた顔を隠そうとした。


 数瞬したあと、ラナックは膝を下につける。


「間違いない……! 私が見間違うはずない! 毎週火曜と木曜に更新する動画を見ていた。あれは踊りも歌もゲーム実況も最高とさえ思える。それに毎日のように投稿していた写真も見ていたし、ライブにも何回か行ったことがある! それが今、私の目の前にいる!」


 早口で(まく)し立てるラナック。


「あ、ありがとう、色々と見てくれて」


 一応、礼を言うパプリカだった。

 良い子だ。


「え、マジかよ、え? ちょ、待て」


 上擦った声のゼル。

 彼に至っては少し距離を取ってスマートフォンで自分の髪型と顔にゴミが付いてないか確認し、「よし」と呟いた。しかし、近づきたくても近づけないという小心者だ。


「先生……」


 嘆息するウィルはユリカを見ていた。


「もしかして先生、まずいことした?」

「あの子は、普通の学生として学院生活を送りたくて、フードで顔を隠してたんですよ。だがら先生に黙ったまま学生証を渡したんです」

「えっ……そうなのね。ごめんね……パプリカちゃん」

「う、うん」


 ユリカは申し訳なさそうな顔で謝罪する。


「間違いは誰にでもあるわよ」

「クルーナはどの立場にいるんだよ」

「ウィルグラン、私の名前言ったのこれで三回目ね。これ以上は禁止だわ」

「その設定まだ生きてたんだ」


 クルーナは「当然よ」と言葉を返し、ニの句を継ぐ。


「どのみち、あの庶民二人が精霊遊学科に入ったら遅かれ早かれパプリカちゃんの正体がバレるわよ」

「そうだけど入るとは限らないし」


 などと、二人が話していると、


「精霊遊学科に入ります」


 ラナックが立ち上がり生真面目な顔をしてユリカと向き合う。


「本当⁉︎」

「ふっ、崇高な精霊分野の勉強に興味がありまして」


 喜ぶ先生に思ってもないことを言うエルフだった。


「あの長耳、平気な顔して嘘を言うわね」


 冷めた目でラナックを見るクルーナ。


「ラナックはそういう人だよ」


 一連の出来事に気疲れしたウィルは近くのベンチに腰掛ける。


「あと一人いれば専門科が開設できるわね」


 ユリカはそう呟くと所在なさげなゼルを見た。


「え……」


 気付けばゼルは一同に見つめられていた。


「そもそも俺は精霊遊学科が何をするのか分からないし、まず説明を受けてみないことには、というか正直言って風当たりが強い分野だからな気が進まないというか」


 視線を宙に泳がせながら彼はなんとか喋った。


「この崇光な分野の説明などいらないと思う」

「貴方の代わりを探すのも大変なのよ」

「ゼル、さっきも言ったけど君の成績的に第三希望か第二希望辺りにこの学科を書くのが安全だよ」


 各々、好き勝手言っていた。


「いやだから……」

「あの、ゼル様」

「⁉︎」


 パプリカに声をかけられたゼルはぎこちなく彼女の方を向く。


「なんでしょう」

「他の専門科に行っても、あの、他の人には私の正体ばらさないで……」

「も、もちろん!」

「ありがとう、でも残念かな……こうしてお喋りできたのに一緒に勉強できないなんて」

「っ‼︎」


 パプリカは心の底から名残惜しそうに言う。一人、世界的なアイドルとして生きてきた彼女は、まともに学校に通えるはずがなかった。ゆえにこのような場所での同年代の話し相手は貴重である。


 そんな彼女の様子がゼルの胸に突き刺さる!


「精霊遊学科入ります」


 あっさり手のひら返したゼル。その声のトーンはカッコつけているのか低かった。

 ウィルの友人らはすっかりパプリカという存在に(なび)いたのだった。

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