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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第五ニ話 世界的アイドル

「ち、違うよ。私そんな名前じゃない……」


 名前を呼ばれたアイドル――パプリカは被っているフードを両手で押さえつけて顔を隠そうとするが。


「引退したと聞いたけど学院に入学するためだったのね」


 クルーナは納得するように言う。

 名家の令嬢としてあらゆる分野の情報収集をしているため世界的アイドルが引退したことも当然、知っていた。

 また、その辺のことに(うと)いウィルだがアルバイトに行く道中、島内にある鉄道の駅『サウスステーション』の職員達がパプリカの引退でショックを受けていたこともあったので竜人アイドルの存在を把握していた。


「分かるわよ。世間に名を知られているからこそ、庶民が自分に対するイメージを損なわないように一人で昼食を取っていることが」


 そう言ってクルーナは食べかけの菓子パンをパプリカに見せる。


「君は一緒にご飯を食べる人がいないだけじゃ……」


 ウィルが無粋なことを言ってきたのでクルーナは彼を睨みつけた。

 青年をさっと目を逸らす。


「ほ、本当は学院のテラスとかカフェテリアとか行きたいけど顔を見られたら大騒ぎになるから、それが嫌で」


 パプリカは観念したのかフードから手を離し、二人を見た。


「大騒ぎ? 貴方、少し自惚(うぬぼ)れが過ぎるわ」

「いやいや、自惚れていいから、ファンとかたくさんいるんだから」


 クルーナの見当違いな発言を正すウィル。次いで彼はパプリカを見て気づいたことがあり、


「そういえば、竜人って角が二つで尻尾があると聞いたんだけど君の角は一つだよね」


 と、不思議そうな顔をして言う。


「お爺ちゃんが人間で、多分そのせいで角が一つしかないと思う。尻尾は見えないように腰に巻いているよ」


 パプリカは尻尾がある腰の辺りをぽんぽんと叩く。


「でも貴方、専門科を選ばないといけないわよ。遅かれ早かれ正体はバレるわ」


 クルーナは指摘する。


「うん、分かってる……私、普通に学生として過ごしたいのに、やっぱり普通には過ごせないのかな……」


 竜人の少女は切に願うようだった。

 その声を聞いてウィルは口を開く。


「えっと、パプリカさん?」

「呼びやすいように言っていいよ」

「じゃあ、パプリカちゃん。僕達は学院の先生と一緒に新しく専門科を開設しようとしてるんだ」

「うん」


 パプリカは頷く。


「ただ、専門科を開設するには先生一人と学院生が最低でも五人必要なんだよ。今のところ僕とクルーナで二人しかいないんだ、だから良かったらでいいんだけど一緒の専門科に入ってくれないかな? 他の専門科だとどこも数十人はいるから少人数の方が君にとっても都合がいいよ」


 ウィルは竜人の少女を精霊遊学科に誘うことにした。


 彼女の境遇に同情しつつ専門科を開設するための人員を補充するという優しさの中に利己的な部分を見せていたウィルだった。それはともかくその青年の言葉を聞いていたパプリカはキョトンとした顔を見せていた。


「え、聞いてないわよ。人数が足りないと開設できないなんて」

「あとで説明しようと思ってたんだよ」


 クルーナが口を挟んできたのでウィルは弁明する。


「貴方、精霊遊学科に絶対入りなさい!」

「う、うん! 入るよ!」


 パプリカは二つ返事で引き受け、その様子を見たクルーナは満足そうな顔しウィルの方を向く。


「見たかしら、これが名家の交渉力よ」

「いや、言い出したの僕だから」

「そういえば貴方、私を下の名前で急に呼んだわね」

「あっ……」


 ウィルはしまったという顔をする。

 子供の頃は下の名前で呼んでいたが、行方をくらましてウィルグラン・ガードレッドとして生きている間は彼女の名前を彼女本人の前で言わないようにしていた。


(子供の頃の癖でついつい言ってしまった。下の名前で呼んだくらいじゃ僕の正体を見破るとは思えないけど)


 ウィルが思案して次に喋る言葉を選んでいると。


「特別に呼んでもいいわよ。ただし一日に三回だけよ! それ以上呼ばれると私の名前に貴重さがなくなるわ。できれば間隔を空けて朝昼晩に一回ずつ呼ぶのがベストかしら」

「なんかお医者さんに処方された薬みたいな感じだね、一日三回って」


 意味の分からないことを言っているクルーナに対して嘆息しながら思ったこと言うウィル。

 そんなやり取りを見てパプリカはくすくすと笑っていた。

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