第四八話 精霊遊学科①
時刻は正午前。
「どうすればいいんだよ」
ウィルはアダムイブ学院本館の屋上にいて、花壇を囲っているベンチに腰掛けていた。クルーナからのお願いで新しい専攻科を作ることを了承した彼だが八方塞がりだ。
そもそも自分達に協力してくれる先生がいそうにないので詰んでいた。
(にしても……初めて屋上来たけど凄い場所だ)
ウィルは屋上の景観に感嘆していた。
床材として木板が敷き詰められ、草花が生い茂っている正方形の花壇とオリーブの木が点在していた。また、生徒達が食事や談笑ができるように複数のガーデンテーブルがあり、その近くに営業はしていないがキッチンカーのような小屋があった。さらに屋上の中央には池を模した水溜りがある。その上には睡蓮の花が浮かんでいた。
ウィルは目の前にある人工池を見て穏やかな気持ちになっていると、
「ん?」
出入り口となっているドアの方からカチャカチャと鳴る音が聞こえる。
(あれ? 鍵なんかかかってなかったけど)
ドアの様子を不思議に思うウィル。
そしてドアが開かれると、
「むっ! ユリカ先生、今年はまだ屋上を開放したつもりはないのだが」
「え! ちゃんと閉めましたよ!」
副学長と女性の声が耳に届いた。しかも会話の内容からしてこの屋上は立ち入り禁止で本来はまだ開放されてない。それゆえ、ここにいることがバレたらまたあらぬ疑いを向けられる。
「まずっ!」
ウィルは血相を変えて池に飛び込む!
見つかるわけにはいかなかったのだ。
パシャン! と水が弾かれる音がする。
「何か言ったかね?」
「……? いいえ?」
副学長の質問に疑問符を浮かべる赤紅色の髪を持つ女性。彼女は髪を一つ結びしてまとめており、前髪は斜めに流していた。
「とにかく屋上が開いていたことは管理不行き届きということになるかね」
「そんな……」
副学長の言葉に項垂れる女性。
(冷たい)
ウィルは人工池の中でしゃがみ、水面から顔を出して二人の様子を確認する。ちなみにウィルが座っていたベンチの下は空いていて隠れることぐらいはできたが、この男は反射的に前方の池に飛び込んでしまったのだ。
「だがね、何もなかった屋上に庭園を作ることを提案しデザインを設計してくれたことに我々は感謝している」
「っ! ありがとうございます!」
女性は頭を下げて一礼する。
そのときウィルは会話を盗み聞きしながらズボンのポケットにあるスマートフォンの安否を気にしていた。
「話は聞いていると思うが非常勤から正式に教員とし採用することに決まった。しかしその前に注意したいことがある」
「は、はい、なんでしょう」
真剣な面持ちの副学長と手を前で重ねて慇懃な物腰の女性。
「精霊分野の専攻科を作ると聞いたが我ら教員一同、お勧めはしない。意味は分かるな?」
「……世間体が、悪いから……ですね」
少し歯切れが悪くなる女性教員。
「そうだ。そもそも学生は集まらないだろう」
「で、でも考古学的にも歴史学的にも見識が広がる分野なんですよ。この分野が本当に好きで……」
「熱意は認める。ただ、そちらが開設しようとしている精霊遊学科が今の世の中に学術的意義があるのかが疑問だ。何も成果が無ければ助成金は出ず研究は打ち切りだ」
「それでも!」
副学長は「ふむ」と、唸って顎に手を当てる。
「ともかく言いたいことは茨の道になるということだ頑張りたまえ」
「は、はぃ……」
踵を返す副学長は消え入りそうな声で返事をする女性をその場に残す。
(精霊遊学? 聞いたことがない学問だけどこれはチャンスだ!)
ウィルは精霊分野の専攻科を開設しようとしている先生を逃す手はなかった。それに女性教員は精霊遊学科をどうしても開設したい様子なので声をかけるべきだと判断した。
「先生! 僕、精霊遊学科に興味があります!」
「え⁉︎」
ウィルは元気よく喋って立ち上がる、人工池の中から。当然、彼の体の上から下まで水が滴り流れる。
対して女性は水から現れた不審者を見てギョッとしていて、
「きゃあああああああああああああ!」
数瞬あとに悲鳴を上げて尻もちをついていた。