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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第四二話 ガイダンス

 本館二階の講堂で顔色が悪く不健康そうな教員が新入生一五〇名の前でガイダンスを始めた。この教員にウィルは見覚えがあり、入学試験で数学のテストを受けたときに試験監督をしていた人物だ。


「えー、では次は君達が学び舎で受ける授業ですけど周知の通り、通常科と専攻科というものがあります」


 教員の説明はアダムイブ学院が前期後期の二期制ということから科目についての話になっていた。


「通常科は基本的に午前に行われる授業のことです。人数の関係で教室を割り当てられるときもありますが授業の内容は皆一緒で……えー、通常科は入学試験で受けた、化学、物理、歴史や言語学等を深く学び――」


 と、教員が話している最中、ウィルと離れたところに座っているラナックは机の上に薄い台を載せてパン生地を()ねていた。


「あの、うるさいんですが」


 ラナックはペチン! とパン生地を台の上に叩きつけたため、隣にいる生徒に注意された。


「前に座っているウィルグラン・ガードレッドの指示だ。妹が人質に取られてパン生地を捏ね続けねばならないというやむ得ない事情がある」

「え……」


 ラナックの出鱈目(でたらめ)に隣の生徒は前方の右側にいるウィルの背中を見る。


「いい噂は聞かないと思ったけど、あの変態はそんなことまで……なんて卑劣なやつなんだ」


 そもそもラナックに妹などいない。

 話を鵜呑(うの)みにした生徒は無実なウィルを(にら)んでいた。


 一方、ウィルはクルーナとベルリックの間にある席に着いている。彼は真剣に教員の話を聞いている両隣の二人を一瞥(いちべつ)し、


(なんでこの人達に挟まれて座っているんだろう)


 と、困惑していたが教員の話に集中することにした。


「次は専門科について説明します。午後に行われる授業であり、属している科によって授業内容が変わります。また、四年次からは通常科はなくなり午前から午後まで属している科で研究や論文の執筆を進めてもらいます」


 専門科という授業は魔導工学科、魔導理学科、魔法物質科などと呼ばれる科に属し、例外はあれど現代社会が最も重視している魔科学分野(科学技術を用いて魔法と類似した現象を起こす分野)を専門的に学ぶことができる。

 また、科の数は多岐に渡るのでその全てを把握している生徒はあまりいないと言われている。


「所属したい科をインターネットを使って一週間以内に申請してください。また、第一希望から第三希望の欄があるので必ず全ての欄を埋めてください。希望する科の定員を超えた場合、入学試験の成績で優劣をつけて足切りします」


 教員が話してる最中、ウィルは後ろの席に座っている生徒から肩を叩かれる。


「?」


 ウィルは肩越しに後方を見る。するとそこには円状で黄色いパン生地をあった。


 ウィルとその後ろに座っている生徒は小声で会話をする。


「ラナックという人からお前への差し入れらしいけど……」

「た、頼んだ覚えないけど」

「俺が持ってても困る」

「それは僕もだよ」


 前の席に座っているウィルは後ろに振り向いたままだと心象が悪いので渋々、黄色いパン生地を受け取る。


「えっ」


 前を向いたウィルの手にパン生地があったので横にいるクルーナは声を漏らす。

 次いで怪訝な目で青年を見ていた。


(そりゃそんな顔になるよね)


 ウィルはクルーナと目が合う。


「黄色いパン……人参ペーストを混ぜてるのかしら」


 クルーナが怪訝な目をしていたのはパンが黄色い原因について考察していたからだ。決してウィルにドン引きしていたわけでない。


「触ってもいいか?」

「え……はい」


 ベルリックはパン生地を指で押すように触る。


「ある程度の弾力がある。思ったより水分が含まれているようだな」

「なんの考察だよ」


 ベルリックの独り言にウィルは呆れ気味に口を入れた。


 その間にも顔色が悪い教員の話は続いており、専門科の話が終わると進級や留年について話を始め、その話も終えると場を締めくくろうとした。


「ではガイダンス終了後、予定通り専門科の見学をしてください。各教室や研究室で活動しているのでくれぐれも邪魔はしないよう。これで話は終わり…………ぬっ‼︎」


 教員はウィルが持っているパンを見ると言葉を詰まらせる。


「やばい」


 ウィルは叱れると、そう思っていたが、


「ぬおおおっ! ぐおおおっ!」


 教員はパンを注視したまま頭を抱えて悶えていた。

 生徒達は騒然とする。一体何が起きたというのか。


「パンを見るとおかしくなる病気かしら」


 クルーナは冷静に言う。


「ウオオオオオッ!」

 

 教員の体は膨れ上がり、身に纏っている服はズボン以外弾けた。最終的に茶色の毛を全身に生やし恰幅の良い二足歩行の狼――人狼へと変化する。


「先生、人狼族だったんだ!」

「でもなんでなの? 満月の夜に変身するって習ったけど」

「やっぱ長い間、人間族と交流したから体質が変わったんじゃない?」


 生徒達は面食らっていたが希少な人狼族の登場に目を輝かせていた。


 人狼は黄色いパンを見据える。


「マサカ、ソレハ人工ノ満月カ⁉︎」

「ただのパンです」


 ウィルは教員に向かって訂正したあと、ガイダンスはそのまま終わり、生徒達は自由に専門科の見学をすることになった。

 

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