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ウィルの学院譚〜魔法が失われた世界で精霊と共に〜  作者: ネイン


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第四一話 ガイダンス前

 あくる日の朝。アダムイブ学院に登校している新入生達がちらほらと島の中心にある広場を通っているのが見える。その中にはウィルもいて。


(メールかな?)


 ウィルは履いているチノパンのポケットから振動しているスマートフォンを取り出し画面を確認する。

 すると、アダムイブ学院から在校生向けのメールマガジンが届いていた。


(またこれかよ、なんか嫌な予感がする)


 ウィルはメール文をすっ飛ばして『今年のコラム第二弾』と、添付されてあるファイルを開く。


『新たな二つ名は変態奇術師。乱痴気(らんちき)騒ぎを起こしたウィルグラン氏はクルーナ様だけではなく副学長を圧倒的な強さで倒した謎の少女とも仲が良く、一体どんな弱みを握って女性と親しくなっているのか⁉︎ まさに変態界の奇術師といえよう――』


 ウィルはコラムに記載している文を最後まで読まずスマホをポケットにしまう。


(変態界ってなんだよ)


 と、ウィルは思った。


――本日はアダムイブ学院の本館二階にある講堂にて、新入生に対するガイダンスが行われる。


 ウィルはその講堂まで足を運ぶ。室内には長机が並んでおり、一五〇人の一年生がちょうど座れるぐらいの席がある。

 青年は窓側前方の席を選んで着席した。そのあと、頬杖をついて開いている窓をなんの気なしに眺めていると背後からひそひそ話が聞こえてきて。


「最近、あの人服着てるくない?」

「もう手遅れなのに今更、変に真面目ぶってもねぇ」


 女子生徒がウィルについて語っていた。

 当の本人は、もの言いたげな目をして聞こえないフリをしていた。


 するとそのとき――パタパタパタパタ、とプロペラの回転音が窓の外から聞こえてきた。生徒達からは目視できないがヘリコプターが近づいてきていると察しが付いていた。


(なんだろう)


 ウィルは立ち上がって窓に近づくと人影が上空から舞い降りてきた。


「うわっ⁉︎」

「ん、あんたか」


 ウィルは驚嘆し、思わず元いた席に座ってしまう。上空から見知った人物――パラシュートを背負ったベルリックが現れたからだ。


「きゃー! ベルリック様! パラシュート登校なんて素敵!」

「私もパラシュートになりたい!」


 ひそひそ話をしていた人を含めた女子生徒が黄色い声援をベルリックに送っていた。ベルリックはヘリコプターを家の者に操縦させてパラシュートを使って降り立っていたのだ。


「ガードレッド」

「え、なんでしょう」


 ベルリックに呼ばれたのでウィルはついつい(かしこまる)る。


「隣の席空いてるか? 座りたいんだが」

「空いてるよ。ただ僕の隣に座って大丈夫? あらぬ噂が立ってるから」

「自分は気にしないけどな。ただ個人的に一つ気になる噂があるんだが」


 ベルリックは目をギラつかせて言う。


「え……なんだろう。最近は大したこと起きてないと思うけど、合格発表のときに一張羅(いっちょうら)になっただけだし、家の天井一面を壊したことぐらいしか」


 その言葉にベルリックはふっ、と鼻で笑い、


「天井の件は初耳だな」


 と、言ってウィルの右隣に座ると青年の方に体を向けて言葉を紡ぐ。


「思い出したくない出来事かもしれんが以前、この島でブリシュ・ナイガという男の脱走を公安委員会のツハン・ギスが手伝った際にあんたが巻き込まれて怪我をしただろう」

「まぁ、うん。覚えてるよ」


 ウィルは神妙な面持ちになる。


「そのときにグロウディスク家の自警団も調査に加わってツハン氏を聴取(ちょうしゅ)したんたが……あんたがフィユドレー家の紋章が刻まれている指輪を五つ持っているということを言ったんだ。指輪は見つからないから戯言(ざれごと)ということになったが、何か心当たりはないか?」

「いや、なんのことやらさっぱりだよ。とにかくあの人達はいきなり襲ってきたから、もうびっくりしたよ」


 澄ました顔で嘘を吐くウィル。 

 ここで動揺したり、喋るのに間が空いたりすればベルリックに付け入る隙を与えると判断していた。ただ、自分でもこんなにふてぶてしくなれるとは思わなかったようだ。


「そうか……それならいいんだ」


 思案顔でベルリックは前を向く。その顔はどこか残念そうだった。


(あー怖い。ベルリックはやっぱり僕のことをフィユドレー家の人間だと疑っている。というか、暴いてどうする気だよ)


 ウィルは逡巡する。

 仮にグロウディスク家がフィユドレー家の現当主としてウィルを庇護下に置けば権力、権威的に世界有数の名家より頭一つ抜けた存在になるのは確かなので、自身の正体を暴くメリットはあるかもしれないと思った。


「ん?」


 声を漏らすウィル。窓の外からパタパタ、と何かが羽ばたく大きな音が聞こえたのだ。

 その直後――、


「キュオオオオン‼︎」


 何かが(いなな)いた。


「ワイバーンだ!」

「きっとクルーナ様のだわ!」


 生徒達は窓際に寄り、上空から赤色のワイバーン――体長五メートルで前足が羽と一体化している翼竜が舞い降りてくるのを眺めていた。

 その背にはワイバーンの手綱を操っているクルーナがいた。


「あら、ごきげんよう。私の宿敵達」


 クルーナは開いている窓を見るとウィルとベルリックの顔が見えたので彼女なりに朝の挨拶をした。


「誰が宿敵だよ」

「最近の貴方は随分と強気ね、見くびってるのかしら。私達の権力をもってすれば貴方なんか闇に葬り去ることができるわよ」

「じゃあ僕は君を教室から葬り去ろう」


 ウィルは立ち上がって開いている窓をバタン! と閉めた。これで外から教室に入ることはできない。


「ちょっと! 開けなさいよ! 不埒者(ふらちもの)!」


 クルーナはワイバーンの上に乗ったままウィルが閉めた窓を叩く。


「こいつやりやがった」

「うわ、ルーデリカ家の自警団にとっ捕まるぞ……」

「世界に喧嘩売ってるようなもんだぞ」


 他の生徒達はウィルの行動に戦々恐々としていた。


「長生きしたければあまりそういうことしない方がいいと思うが」

「僕もそう思うよ。衝動的にやってしまった」


 青年はベルリックの助言に従い窓を開けた。

 開いた窓越しで目が合うウィルとクルーナ。


「貴方をルーデリカ家の特権で刑務所にぶち込むわよ」

「どうすれば許してくれんでしょうか」


 さすがに捕まりたくないウィルは真摯に尋ねてみた。


「同じ専攻科に入って私と勝負し続けなさい」

「はい」


 頷くウィル。捕まりたくないのでそうするしかなかった。

 そして、しばらくするとガイダンスが始まり、新入生は通常科と専攻科の説明を受けることになった。

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