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第四話 数学とパン生地

 アダムイブ学院の入学試験の科目は五つある。一科目ニ〇〇満点で、試験を受けた上位一五〇名が合格となる。しかし、ただ点が高いだけでは合格は出来ない。どの科目もニ〇〇点中五〇点は基礎的な問題が出され、一問でも基礎問題を間違えれば不合格となるのだ。

  

 そして今、数学の試験が開始された。


 頬が()けて明らかに不健康そうな肌色をしている教員が受験生を見守る中。


(過去問の傾向からして最初は基礎問題を出される。これを落としたら足切りされるからケアレスミスには気をつけないと)


 ウィルは机の上に裏返しにされている試験用紙と答案用紙をめくる。


「⁉︎」


 そこには過去問の傾向とは異なる試験問題があった。なお、他の受験生は一限目の化学の試験で既に度肝を抜かれていたせいか比較的落ち着いてた。


(も、問題の傾向が変わってる⁉︎ 例年だと微分積分と線形代数なのに)


 今年は設立五〇周年と言うことで入学試験の問題を改められていたのだ。


 青年は冷や汗を掻きながら最初の問題を見る。

 第一問。一+一(いちたすいち)=ニ(はに)になることを理論的に証明せよ。


(これは確か……自然数の定義を使う証明問題だ。落ち着いてやれば解ける……)


 肝を冷やしていたウィルだったが軽快にシャープペンシルを動かす。


――試験開始から一時間一〇分後。ウィルは最後の問題を解き終わっていた。


(試験が終わるまであと一〇分だ。見直しでもしようかな……んんっ⁉︎)


 隣にいる友人に目を奪われる。


「これはいい生地だ」


 とラナックは小声で言う。パン生地を試験用紙の上で()ねながら。


(何やってんだ! このパン狂い! 今やるべきことじゃないって!)


 ウィルは暗に目で訴える。


「ん?」


 そんな彼の視線に気付いたのかラナックはウィルと目線を合わし鼻で「ふっ」と笑ったあと。

 ひょいっと下投げでパン生地をウィルに渡す。


(いや、いらんよ!)


 ウィルは腕を振ってパン生地を弾き飛ばした。

 二の腕に当たったパンは放物線を描いて飛んで行き――、


 ペチンッ!


 大きな音を立ててそれはとある受験生の机の上に乗った。受験生は思わず立ち上がって口を開く。


「な、なんやこれ!」


 白色の狐耳と尻尾を持った半獣人の少女が困惑していた。しかし、今は試験中。当然、周囲の視線を集める形になってしまう。


「試験終了まで一〇分もないけど他の人達の邪魔するなら出ていって……いいかな?」


 不健康そうな教員は彼女を見ながら廊下に繋がる扉を指差す。


「っ、違うんです。うちは別に何も!」


 少女の顔は青ざめる。


「いいから聞きなさい。今から職員室で君の行為を審議にかけて試験を失格にするか話し合うことにする。もし、今、教室を出て行かないのなら今から失格にするけど……いいかな?」

「うぅ……」


 教員の指示に従い少女は肩を落としながら渋々教室を出ていった。彼女が漏らした声は嗚咽(おえつ)(こら)えたようにも聞こえた。


 ここで二限目終了のチャイムが鳴り、答案用紙が回収される。一時期的に試験のプレッシャーから解放された受験生達は安堵し、室内がざわつき始めた。


「うわ、うわ、やっちゃった。謝りに行かなきゃ」


 自らの行為は悔いるウィルは頭を抱える。罪悪感が彼の心を蝕んでいた。一方、ラナックは感心していた。


「ほぅ……なるほど。受験生を減らすことで自分の合格率を上げたということか」

「そんなことしないって、反射的にやっちゃったんだよ」


 青年は即座にラナックの言葉に反論した。


「そういうことにしとこう。あまり褒められた行為ではないからね」

「どの立場にいるんだよ。だいたい、試験中にパン捏ねる人に言われたくないよ……原因は僕にもあるしラナックにもあるからな」

「では皆に聞こうか? パンツ姿で試験を受ける男と私。どっちが悪いか」

「ふ、服装はこの際、関係ないだろ!」

「それを服装と呼ぶのか……」


 ラナックは畏怖と敬意を込めた眼差しでウィルを見つめていた。

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