第三話 遅刻③
パンイチ状態のままウィルは思う。
(パンツ姿で試験を受けた日には社会的に死ぬ。でも、もし試験を受けなければ一年間浪人することになる……だけど最初の試験科目のテストを受けてない状態だ。このまま受けても受かる見込みはない)
ここは戦略的撤退を計るべき。それが当然の帰結だ。しかしこの男は一味も二味も違う。
今やらなければいつやると! 受かる可能性があるのならやってみようと! そう決めていた。
ここアダムイブ学院の本館は屋上がある六階建ての建物だ。そして廊下の形状は凸のような形をしている。この廊下で戦場に行くかのような決死の顔で歩くウィルグラン・ガードレッド。彼の右手には筆記用具と受験票が入ったリュックがある。
「うわっ!」
「へ、変態よ!」
「なんだこいつ……」
他の受験生達は一張羅の男を見て何かを言って後退りする。まるで彼の覚悟に恐れ慄くかのように。実際はドン引きしているだけたが。
ウィルは受験番号ごとによって割り振られた教室に向かってる。その教室はニ階にあるニ〇五号室だ。ちなみに科目ごとに教室を移動する必要があるので本日、学院に来ている受験生の晒し者になること間違いなし。
(もう後戻りは出来ない。これが今の僕だ!)
意を決してニ〇五号室の引き戸を開けた。
「うお……」
「なんだあいつ!」
「逆にカッケェ!」
という声を教室にいる受験生から頂くが。
その部屋は青年が入る前から既に混沌と化していた。
「はいよ! はいよ! いっちょ上がり!」
真ん中の机で握った寿司を振る舞う、緑色の鱗を持った爬虫類の様な人間――蜥蜴族が居たり。
「いちっ! にっ! ファイヤー‼︎」
煉瓦色の毛を全身に生やした二足歩行の獣――コボルト族が自身の毛を引きちぎりライターで炙るという奇行を繰り返していた。
この世界には多種多様な種族が生きてる。なので、今更、パンイチの男が現れたところでどうってことない。変質者と見られるだけである。
呆然と教室を眺めてたウィルだったが、もうすぐ試験が開始されるので指定された席に着席すると、
隣の席にいるエルフ族が鼻で笑ったあと口を開く。
「ふっふっ、久しぶりだねウィルグラン」
「ラナックじゃないか! というか昨日、君んちのパン屋で買い物したじゃないか……」
友との再会に喜びかけたが、別に珍しくもなんともない相手なのでウィルのテンションが下がる一方だった。
彼の名前はラナック・システーア。かつては不老不死だったエルフ族だ。かつてと言うのは現代にいるエルフは様々な種族の遺伝子を受け継いでいるため不死という特性を失っているのだ。また、不老ではないものの歳は取りにくい。
ラナックは所謂、美形である。緑色の眼を有し、髪色は黄金色で毛先が肩に届くぐらい長い。彼は今、空色のシャツに緑色のベスト及びボトムズを着ている。攻めたファッションだ。
「まさに自然を愛するエルフって格好だな」
「今のウィルグランに格好についてとやかく言われたくはないけどね」
「うっ、それを言われると耳が痛い」
「おや、どうやら先生が来たみたいだ」
ラナックは教卓側にある扉を見て言う。
ガラガラとドアは開かれ、教員がやって来た。
(よし、二限目のテストは数学だ。結果はどうあれ、今まで頑張ってきた成果をぶつけるぞ)
ウィルはギュッとシャープペンシルを握りしめた。
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