第ニニ話 自宅半壊後③
「覚悟なさい」
「痛たたたたっ!」
クルーナはウィルの手を握り返して力を入れる。ウィルは思わず上体を反らしていた。
「待ってくれって、いきなりすぎるっ!」
ウィルは空いている手を使ってクルーナの手を剥がそうとする。
「そうはいかないわ」
クルーナも空いてる方の手で引き剥がされるのを阻止する。二人は取っ組み合う体勢になった。
「なるほどね。押し合いってわけね」
「なにがなるほどだ。花屋のおばさんみたいなことしないでくれ」
ウィルは先日、花屋のおばさんに水を掛けられた上に取っ組み合いをしたことを思い出す。
じわじわとウィルは押されていく。
「降参! 降参するよ!」
「ルーデリカ家の家訓の一つに勝負事は完膚なきまで相手を叩き潰して二度と逆らう気が起きないように屈服させるって言葉があるわ!」
「物騒すぎる!」
いつのまにか扉からベッドの近くまでウィルは押されていた。
リエルはウィルの背中を指でつんつんと叩き、
「リエルもウィル君と遊びたい」
「あ、遊んでるわけじゃないっ、痛たたっ、肘がおかしくなる」
押されっぱなしなのでウィルは険しい面持ちだ。
「手伝おっか?」
「それはまずいって」
リエルに任せたら今度はホテルを半壊しかねないので申し出を断ることにした。
(僕は一体何をやってるんだ。いや、一番意味不明なのは目の前にいる彼女なんだけど)
ウィルはクルーナを引っ張ってベッドの上に放り投げるようとする。しかし、クルーナは負けじと耐えていた。
(せめてリエルの魔力を上手く使えれば……!)
そしたら、クルーナを退けることができると思った。すると、身体に血液じゃない何かが流れてるのを感じ始めていた。それが魔力だと理解するには、そう時間が掛からなかった。
ウィルはどうしてこうなったのかは分からないが今なら相手を退けられると感じていた。
「え⁉︎ 貴方か、体光って、きゃあっ!」
「うわっ‼︎」
ウィルの全身が一瞬、緑色に光った。そして彼はクルーナをベッドの上に放り投げようとして床を踏み込むと常軌を逸した跳躍力で宙に浮き、
「ぐぶばぁ!」
天井に後頭部を打ちつけベッドへと落ちた。なお、クルーナはウィルと掴み合ったままなので当然、彼女も宙に浮いた。そしてベッドに落ちて、
「うっ!」
ウィルの下敷きになった。
青年は天井に打った後頭部を右手のひらで摩る。次に眼前にいる人物を確認した。
ベッドの上でクルーナの右手を押さえつけている状態になっていた。がっつりと彼女と目が合う。
「そーいうことだったのね……わ、私を押し倒すためにベッドまで誘導したわけね……」
クルーナは火照った顔でそんなことを言う。
「はっ? いやいや違う違う、今のは事故だって!」
ウィルは素っ頓狂な声を出したあとに力強くかぶりを振ってクルーナの言葉を否定した。
「じゃあ、なんで……ずっと押さえつけてるのかしら」
「あ! それも誤解なんだって!」
ウィルは手を離して立ち上がる。冷や汗が止まらない。そして、思い出したようにリエルがいる方向に顔を素早く向けた。
「リエルは誤解だって分かってくれるよね……?」
「知らないもんっ」
精霊はプイッと顔背けた。拗ねていた。
「お嬢様どうかなされましたか? お嬢様⁉︎」
廊下側にある扉を開けて室内に入ってくる人物がいた。ルーデリカ家の自警団団長フィルエット・サクスだ。彼女はウィルが天井に頭を打ちつけた音を聞きつけてやってきた。
「ま、まずい」
ウィルは焦る。足元にはベッドで倒れているクルーナがいるからだ。事故とはいえ第三者から見れば何事かと思われる。実際にフィルエットは目の前の光景に瞠目していた。
「き、貴様‼︎ 狼藉者が!」
しかし流石は自警団団長、判断が早い。
即座に自動拳銃を取り出したが――、
「お待ちなさい‼︎」
クルーナは上体を起こして発言し、フィルエットの動きを抑制した。
「しかし!」
「これは勝負の結果よ」
その言葉にフィルエットはハッとする。
「まさか……お嬢様は自分自身を勝負に賭けたのですか⁉︎」
自警団団長がおかしな推測をしだしたのでウィルは弁明しようと口を開けたが。
「そういうことになるのかしら……?」
クルーナはウィルの顔を見上げながら答えていた。胡乱としていて正常な判断が出来てなさそうにも見える。
「そうはならないよ! そんな話してないから、君は今混乱してるんだ。冷静になろう」
ウィルはクルーナを落ち着かせようとベッドの上でしゃがんで目線を合わせて言う。
「あわわ」
しかし、クルーナはウィルが近づいてきたので先程、押し倒されたことを思い出して恥ずかしくなり、
「未婚の女性にこんなことは許されないわよ!」
「ぶべっ‼︎」
ウィルは思いっきりビンタされてしまい、ベッドに倒れた。クルーナは立ち上がって「また今度!」と吐き捨てるように言って部屋を出て行った。フィルエットは「お嬢様!」と叫んでいた。
ベッドに倒れたウィルの視線の先にはリエルがいる。
「ウィル君の……ばかーーーー!」
「え、リエル! 待ってくれ! 君なら事故だって分かるだろう!」
リエルも部屋を出て行った。
フィルエットはウィルをゴミを見るような目を向ける。
「貴様は二人の女性を手駒にしようとしたのか、呆れるな。二兎追うものは一頭も得ずとはこのことだな……そんなことよりお嬢様の心の傷が心配だ……一体何をされたんだ!」
フィルエットも部屋を出て行った。
「もうまたこうなるのかよおおおおおおおおおお!」
ウィルは心の底から叫んだ。




