第一一〇話 屋上攻防戦①
ウィルとベルリックが消えたように見えた、その次の瞬間、二人は屋上のど真ん中で足を踏み込んで跳躍し、右肘をぶつけあった。
「「…………」」
刹那の間ながら二人を宙で視線を合わせてる。互いの瞳からは退かない強い意志が感じられた。
肘をぶつけたあと、反動を利用し、二人は後方に飛んで地に足をつける。
(一瞬、奴の腕が緑色に光ったな。こっちは鎧の装甲があるにも関わらず、相手は肘を痛めてる様子もない。肉体の強化だけじゃない、体を硬くすることもできるのか)
ベルリックは考察していた。肘をぶつけあった瞬間、ウィルは腕全体を緑色のオーラで包ませて硬化させていたのだ。
一方、ウィルは、
(パワーもスピードも互角ってところかな。今のところは)
相手の実力を測っていた。
緑色のオーラを身体全体に漂わせている彼は、肉体強化、動体視力強化、神経伝達速度向上を極限まで施している。以前は今の状態が限界を超えた度合いの強化だったが、身体が許容できる魔力の量も、肉体そのものの強度も向上しているため大きな負荷がかからなくなっていた。
「っ!」
ウィルは目を見開く。
距離をとって見合っているとベルリックは突進しだした。ウィルは待ち構えることにして両拳を緑色のオーラに包ませて硬化させた。ウィルの目前に迫ったベルリックは胸部、鳩尾、額など、いわゆる人間の正中線と呼ばれる場所を風を裂くようなパンチで殴り続けたが、
(こいつ……!)
ベルリックは歯痒い思いをする。
ウィルは真っ向からくる拳に対して硬化させた拳をぶつけ続けていた。
三〇秒間、二人のあいだで拳が飛び交った。
(ここまで人間は生身で強くなれるのか。一〇〇〇年前、今のウィルドラグみたいなやつがごろごろいるってことよな)
攻撃を防がれながら感心するベルリック。また、魔法があった時代の人間を恐ろしく思った。
また、ウィルはウィルで、
(速っ、勘弁してくれよ。魔法物のおかげとはいえ、人間がしていい速度じゃない! 僕は魔力を使い続けたことで自然と身体が強くなったけど、ベルリックはきっと地道に鍛えて黒鎧に適応できる身体を得たんだ)
必死に相手の攻撃を見極めて拳を当てていた。
「ちぃっ!」
ベルリックは舌打ちをする。埒が明かないと思い、変化を加えることにした。彼は回り込んで相手の側頭部を殴ろうとするがウィルは身体を相手に向け、肘を立てて攻撃を防ぐ。このとき、緑色のオーラは拳から両腕全体を覆うようになっていた。
(今だ!)
ウィルは一歩足を踏み出し、額に掌底突きをするが、ベルリックは上体を反らして避ける。
(身体能力だけじゃない。僕のように動体視力や反射神経が上がっているんだ)
攻防の中でウィルはそう思った。
ベルリックは上体を反らしたあと、その場で反転して、再び回り込み、ウィルの横腹を蹴り上げようとした。しかし、ウィルは蹴りを掌底突きで弾く。
二人の攻防は続く。
移動しながら相手の急所を狙うベルリック。
防御しつつ隙があれば攻撃に転じるウィル。
屋上のあちこちで高速戦闘が行われたことによって、床が二人の踏みつけに耐えれず、ひび割れたり削れたりした。傷付いてないタイルの方が少なくなっていた。
「くそっ」
埒の明かなさにウィルも珍しく悪態をついた。
(一か八かだ! 特定の部位だけ強化させる!)
意を決してウィルは相手の懐に飛び込んだ、その瞬間、彼から漂っているオーラは右手に集まる。そして、そのまま下から顎に向かって掌底突きをする。
(まずい!)
ベルリックは首を右に曲げて顎への衝突をなんとか避ける。
「ぐっ」
次いでベルリックは後方に大きく飛び退いて顔を押さえる。
顎への衝突は避けたものの顔を覆っている兜を掠っていたため、ひび割れていた。
「はぁ……はぁ……掠っただけでもこの威力か」
息を乱したベルリックがひび割れた部位を触る。顔が露わにならない程度に兜の左側が欠けていた。
「はぁはぁ、疲れた……」
ウィルも息を乱し、小声で呟いた。次いで手を膝について呼吸を整える。
二人とも激しく体力を消耗していた。全力を出して戦っているが終わりが見えなかった。ウィルは体力か魔力が切れれば負けると思った。対してベルリックは見た目以上に身体に負荷がかかっていた。
(この鎧でまともに戦ったのが始めてだが、身体の節々が痛い、負荷が大きいようだな。ウィルグランの方は身体に大きな負荷はかかっていない、ように見える。…………やるしかないか)
ベルリックは切り札を出そうとしていた。