表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

【中】政略結婚の申し出


 海王クラーケンと名乗るこの若い男。


 側近たちには『15年前に海に投げ出されたところを助けてもらった相手だ』と説明した。


 だが本当にそうだったのだろうか。

 むしろ最後に見たあの姿は、私の乗っていた船を沈めかけた怪物ではなかったか。



 女王は警戒しながらも、時間を作りその男とオープンテラスで会うことにした。


 正体不明の相手ではあるものの、15年前助けてくれた相手であるし、もしも女王に危害を加えるつもりがあるなら15年前にその機会はあったわけだ。


 しかし当時の彼はあくまでも紳士的だった。

 結婚の申し入れを断った後も女王を陸まで送った。



 テラスに出ると、男は顔に満面の笑みをたたえた。

 彼女に会うのが心底嬉しくてたまらないといったようにすら見える。


「こうして二人で話せる時間を取っていただき感謝いたします」


 とはいえ、護衛は傍近くに配備されている。


「ああ、久しぶりだな。15年ぶりか。

 あの時は名乗れなかったがもう私のことは知っているようだな。

 私はエリザベス。この国の女王だ」


 あのときの彼はエリザベスのことを知っていたのだろうか。


「僕は海王クラーケン。

 宜しければクラークと呼んで下さい。

 その方が人間の名前っぽいですから親しみを持ってもらえるかと思うので」


「人間の名前っぽいとは…?

 あなたは人間ではないのか?」


 その予感はしていた。


 15年前と全く外見も変わっていない。

 二十歳そこそこの年齢の若者に見える。


 その点だけでも十分に人間離れしている。



「僕は海に棲んでいます。

 人間ではありません」


 聞くのが怖いとは思いつつ、それでも彼女は聞く。

 相手の狙いが分からない以上は。


「まさか、15年前私の船を襲ったのは…あなたの仕業ではないのか…?」


 あの巨大な怪物と彼。


 理性で考える限り繋がりそうにない。

 しかし最後に見てしまったあの触手は、怪物の持つそれとあまりにも似通っていた。


「そうです。僕が襲いました」


 これ以上は聞いてはいけない。

 聞くのは危険だ。

 

 そう思いつつも。



「なぜ襲った?」


「人間を食べるために」


 やはりそうだったのか。


「僕は人間の船を沈め、その人間を食べる生き物です。

 あのときもそんな感じであなたの乗っていた船を襲ったんですけどね」


「あれは…貴様だったのか…。

 人間を食う怪物め」



 しかし現実には食わなかった。

 それどころか船も沈まなかった。

 誰も犠牲にはならなかった。


 それは人間をもてあそぶための余興だったのか。


「…食いそこなった私をここまでわざわざ食いに来たということか。

 結婚の申し込みとは洒落た比喩だな」


「ええ!? まさか。言葉通りですよ!

 あのとき襲おうと思った人間の中で果敢に兵士に指示を出し、自ら剣を手に取って僕の手足を切り裂こうとしたエリザベス女王。

 凛々しくも美しい貴女に僕は心を奪われてしまったのです。

 しかしあのときは貴女は既婚者で、夫も子どももいらっしゃいました」


「…15年前は、そうだな」


「あの後、貴女のことが忘れられませんでした。

 愛する貴女の幸せを壊す気はなかったので海で傷心の日々を送っていたわけなのですが、昨年貴女の夫が亡くなって未亡人になったと知りまして。

 早速求婚に参ったわけなのです」


「ちょっと待て」


「今は陛下は独身でおられますよね?

 僕と結婚して下さい」


「そういう話ではなく、おまえは怪物だ。

 人間は捕食対象なのだろう?」


「そうですけど、魚だって食べますよ?

 基本的にあまり好き嫌いないんです」


 頭がおかしくなりそうだが、一国の女王としてここで冷静さを失ってはならない。


「大体、私がなぜおまえと結婚しなくてはならない?」


「僕は貴女に恋い焦がれていますから貴女に愛して欲しいところですが…。

 人間は普通は会ったばかりの相手を愛することは滅多にないと聞いております。

 ですからまずは政略結婚を考えていただければと思うのです」


 なんだそれ。


「怪物だからなのか?

 おまえの言っていることはどうにもおかしい」


「え? おかしいですか?

 僕この15年の間に人間のコトすごく勉強してきたんですが」


「まず政略結婚というのは、私の立場で言うなら国家同士の利害関係で結ばれる婚姻関係だ。

 怪物が介入する余地などない」


「ですが僕は身分的に言うなら海の王です。

 セーフかと思うんですが。

 それに提示できるものもあるんです」


「提示できるものというと?」


「貴女の国は国土の多くを海洋に囲まれた半島であり、産業は多く海産に由来し、また他国の脅威については海上戦を多く想定したものと存じております。

 僕と婚姻関係を結んでいただければ海にかかわるご治安を保証致します」


「…ほう」


 それが真実であれば魅力的な話ではある。


「最近、隣国からの不当な干渉が減っているとは思いませんか?」


「なんの話だ」


 外交上の情報を漏らすつもりはない。


「海軍の勢いをつけた隣国が貴女の国の船にちょっかいを出しているのを知りまして。

 ちょっとデモンストレーション代わりに沈めてるんですよ」


「まさか…」


 実際に奇妙な現象が続いていることは認識していた。

 なぜか隣国の軍艦が戦わずに自滅するといった…。

 これは…。


「あと、怖がられるのは嫌だから本当は言いたくないんですけど、同じことを貴女の国に対して行うことも出来るんですよ。

 いえ勿論、愛する貴女の国にそんなことをするつもりはありませんよ!

 でもその可能性を排除出来るという利点も考えていただければと」


 なんということだ…。


「それに、貴女にとって不利益がないだけの条件を一生懸命考えて来ました。

 まず第一に、今は貴女は女王陛下として国政を担っておられる。

 ですがもう何年かすれば娘さんに王位を譲りますよね?

 僕の国に来て下さるのはそれからでもいいので」


「私がおまえの国に行くのか?」


「そうして頂けると助かります。

 僕もこれでも王様なんです。

 そして人間と違ってこの地位はもうずっと長く続くんです。

 僕の寿命は長いので。

 でも貴女がこの国の女王であるうちは僕の方がこちらに通います。

 一応仕事があるんでずっといるわけにはいきませんけど」


「そうか。怪物は寿命が長いのか。

 しかし私はそんなに生きられないよ。

 王座を生前退位するにしてもその後何年もつか」


「それは大丈夫。

 僕と婚姻という契約を結んで下されば貴女のご長寿は保証致します」


「だが、既に私は48歳だ。

 再婚などという年齢でもない」


「え? 別に問題ないと思うんですが…。

 貴女の美しさは初めてお会いしたときと何も変わりありませんし。

 それにもう再婚を考えないとおっしゃるのであればなおさら、僕に残りの人生をお預け下さい。

 政略結婚として申し出たくらいの利益は得られますから」



 それにしても、得体のしれない怪物との婚姻など常識外だ。

 家臣達だって反対するだろう。

 娘も心配するに違いない。


「お願いします。どうか僕にチャンスを下さい。

 すぐに結婚とは言いません。暫くの間お互いのことを知る機会を、つまり交際期間を設けていただきたいのです。

 これからしばらくの間、僕の力をお見せして貴女の国の利益になることをご理解いただきたい」


 不意に彼はエリザベスの手を取り、手の甲に口づけをした。


「愛しています。

 15年間ずっと貴女のことを想って過ごして参りました」


「・・・・」


 身体的な接触があったのだから、兵士が止めに入ってもおかしくないのだが、周囲に動きはない。

 なぜだ。この程度なら危険はないと踏んだのか?



 私としたことが、押し切られるように滞在を許してしまった。


 15年前の命の恩人ということで客人待遇として臣下には伝えたものの、このような身元の不明な者を滞在させるとなれば反対されることだろう。


 そう思っていたのだが、なぜか不思議と誰の反対もなかった。

 私同様にまさかみな強引に押し切られたか?


______________



 彼は滞在中、とにかく女王エリザベスの側に来るようになった。


 特に政治に口を出すような素振りはない。

 ただ仕事の合間に飲み物を持ってきたりと気を遣う。

 そしてその機会ごとに甘い言葉を囁いてくる。

 正直くすぐったい。


 それに、その甘い言葉のせいで彼が女王に求婚中であるということが完全に周知されてしまっている…。

 大体、最初にいきなり謁見の間で求婚したわけで…。



「国政に尽くしている貴女は誰よりもお美しい。

 貴女のような王を戴けて国民は幸せですね」


「おまえの国は放っておいて良いのか?」


「幸いこの城は海が近いですからね。

 報告は適宜受けています。

 それに生涯の伴侶を口説くという重大な任務中ですから少々の不在はみなも許してくれるでしょう」


 そういうものだろうか。

 少なくともエリザベスの国であれば許されることではなかろうに。


「ところで最近報告では隣国の偵察船の海域侵入が減っているそうです。

 来たら僕の方で全部沈めちゃってるから向こうも玉切れなのかな。

 引き続き警戒は続けますね」


 実際、彼の滞在を許すようになってから海洋産業は好調であり、隣国の不当な干渉は目に見えて減少している。

 確かに政略結婚を申し出るだけのことはあるのかも知れない。



「あと、そろそろ僕のことを名前で呼んで下さいませんか。

 クラークと」


_____________



 クラークは女王にお茶を持って行くために調理場に来ていた。

 メイドがお茶を入れるのを待っていたところ


「ねえクラークさん。

 あなたお母さまに求婚してるって本当なのかしら?」


 声を掛けたのは王女シルビアだった。


「これは王女様。ご機嫌麗しく」

「で?」


「女王陛下に求婚ですか?

 していますよ」


「やっぱり本当なのね…。

 まさかと思ったけれど」


 シルビアは同じ年頃のクラークに興味があった。

 クラークの外見は端正で整った顔の若者であるから、年頃の女性の気を引くのは不思議なことではない。



「政略結婚とおっしゃるなら常識的に考えてわたくしが対象になるのではないかしら?」


「『常識』ではそうなのですか?」


「だってあなた年齢的にはわたくしと同じくらいじゃなくて?

 お母さまはわたくしから見ても確かに十分おキレイだけれど、あなたとは随分お年が離れていると思うの」


 王女シルビアはクラークの正体が怪物であるとは知らない。


「クラークさんはわたくしには興味ありませんの?」


「王女様には僕の義理の娘になっていただく予定です」


「クラークさんが義理のお父様?

 うふふ。変なの。

 同じくらいの年頃の方をお義父様とお呼びするなんて」


「僕は見た目通りの年齢じゃないんですよ」

「失礼ですけどクラークさんはお幾つなのですか?」


「そうですね。女王陛下よりも年上です」

「まあ!とてもお若くお見えになるのですわね」


「そうですか?

僕はこの姿にしかなれないので」


「…?」




ブクマや評価や感想、ほんとに励みになります。

よろしければゼヒ…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一度最後まで読ませて頂いたのですが、あまりにも面白かったので感想は小分けに書かせて頂きます。 エリザベスの口調が格好良くて好きです。 そしてクラークのプレゼン能力の高さが羨ましいー(笑)…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ