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1ー9 貨幣相場と肉じゃがと和心

「先月イゼルが値切って大量仕入をしたと喜んでいた素材屋への支払いが、あと400ガリオン残っています」


「400ガリオン?」


まさかそんな馬鹿なことがあるか、と振り返った紫の相貌にはくっきりと書いてあった。


しかしミコトは帳簿を彼にはっきりわかるように示し、無遠慮な口調で事実を伝える。


「そうです。きっかり400ガリオン。前払いで150払いましたよねぇ、私に無断で、勝手に。いいですか?今月残りを支払わないと、来月から用立てないと先月ユースが言ってましたよ」


ユースというのはラドリュード御用達、出入りの素材屋だ。ラストダンジョンに冒険者達と一緒に潜り、ランタークダンジョンでしか手に入らない特殊な鉱物や素材を持ってくる商人でもある。


元冒険者上がりなので足手まといにならない程度の、ーランタークに潜るからにはそれなりー、腕前をもって入るが、人柄に難がある。かくいうミコトもやや苦手な人物なのだが、なぜだか好かれているらしい。


「400ガリオンか」


さしものイゼルも危機を感じたのだろうか?ふと、考え込むように眉根を寄せ何やらぶつぶつと呟いている。


なお、ガリオンとはこの世界の硬貨のうち、1番目に価値がある硬貨である。王国の刻印が施されているユークレース硬貨ではなく、商人ギルドが鋳造し貨幣浸透させたという大陸全土で使用が認められている貨幣のことだ。総称をテイル貨幣と言い、ガリオン、ヴァルト、ダイアポ、ミルトの4種類が存在する。


武器や防具、魔道具、薬草、移動馬車の運賃や宿屋での宿泊や食事等はおおむねこれらの貨幣の利用が可能で流通も多い。むしろ王国主体のユークレース硬貨を使っている人間の方が稀であり、国を跨いでの利用が可能なテイル貨幣が本流である。


ミコトの認識によれば、1ガリオンが1万円くらい、1ヴァルトが5千円くらい、ダイアポは2千円くらい、ミルトが500円くらいである。


それより低い価値の貨幣は「テーリン」という薄いカミソリのような大きさの銅の板によって取引がされている。庶民が多く活用するのは、せいぜいミルト、ダイアポぐらいで市場で食料品を買う際に利用するのはテーリンが主である。


なお、テーリン1枚でフォカッチャのような朝食とコーヒーのような飲み物を購入することができ、「米」に類する食物は今のところ拝見したことがなく、イモに似た材料を見るたびに「肉じゃがが食べたい」と思う和心である。


さらに言えば、新聞のような月一で武器屋組合に加盟している店に配布される瓦版は毎月1ミルト。


たった月に一回だけの配布で1ミルトであり、書籍を購入するには1冊ダイアポが相場。より高い書物はあるにはあるが、庶民ではなく一部の貴族のような特権階級や神官しか保有していないのが現状である。


識字率も見たところあまりよくなさそうであり、日本で言うところの義務教育や学校というものは果たして存在しない。


子供たちは小さい頃から大人の手伝いをし、6歳頃どこかの店に丁稚奉公に入る。そこから13歳で一人前になるための店の儀式をクリアすれば、店で一人前として働き、許されればのれん分けのようなもので地方の都市に店を開く。


しかし多くは、店主の店を一生を持って後ろ支えする奉公人が多いのが事実のようだ。華々しい剣と魔法、ファンタジーの世界とは言えミコトにとってはこれこそが現実であり、目を背けられぬ事実であった。


ミコト調べによれば、要塞都市アルビオンの平均月収はおおよそ3ガリオンほどで、他の都市よりもかなりの高所得と言えるそうだ。地方では3ガリオンあれば2ヶ月は余裕を持って家族4人が食うに困らず慎ましやかだが生活ができるといわれているらしい。


とは言え、この都市にはこの都市なりの相場があり、パン1本でも他都市の1.5倍の値がするそうだ。


「何を考えていた」


いつの間にかすぐ目の前にイゼルが立っていた。カウンター越しの横隣である。


「どうせここに来る前の世界のことを考えていたのであろう」


少し憮然として面映ゆく無さそうな表情で見下ろされ、久々に見たその表情にミコトは目を丸くした。


「別に」


「どのみち、お前が望む通りにコトは動かぬさ。お前がいくら還りたいと願っても、この私ですら「肉体ごと魂を損なわずに行き来する方法」を知らぬのであるからな」


イゼルは指先を空中に滑らせた。


銀の光の糸が人差し指から絵を描くように不思議な紋様が描かれていく。


「あの女神のすることは私にもわからぬ。あれが一体何を対価としてお前をここへ呼びつけたのか。お前はそれすらも知らぬのであろう」


描かれた紋様から暗闇と青い光の粒子が舞い始めあるはずのない店中の中央にぽっかりと深淵のような裂け目を作った。


裂け目にイゼルは躊躇なく半身を滑らせ、ミコトに背を向けたまま少し寂しそうに言い放つ。


「この世界に女神はもういないー。お前が一番よく知っているはずだ」


「イゼル、どこに」


「しばらくダンジョンで対価になりそうな鉱石を見繕ってくる。数日中には戻るゆえ、ユースが来たら適当にあしらっておけ」


「適当にあしらっておけって・・・」


「それから」


体ほとんどをどこに通じているのかわからない暗闇にすっぽりと覆われた状態で、横顔だけをこちらに向け、嫌みなくらいの極上の笑顔でイゼルはこうのたまった。


「四半刻もすれば王城より使いの者が来る。私は面倒なのでな、先ほどの剣を渡しておくように」


言うなり彼女がほとんど敬愛することのない師匠は、暗闇の中に身を投じ、空間を裂いていた亀裂はほどなくして何もなかったかのように一瞬で消えてしまった。


返すがえす食えない存在である。


一方的に言付けを預かり、言葉もなく呆然とするミコトだったが、すぐさま表情を引き締め姿勢をただした。


「こんにちわー」


伸びの良い声と共に、店先の扉が開き夕下がりのオレンジ色の光が漏れ入る。少し眩しくて目を細めたミコトの視界に1人の人物の姿が映った。


「ランフォード王よりの王命に従い、ラドリュートの魔法道具店に聖剣の修理をお願いしておりました、聖騎士のアルザスです。店主殿はおられますか?」


にっこり爽やかに。

獅子色の髪に黄金の瞳をした十代後半そこそこの青年が朗笑した。



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