1ー8 大赤字は誰のせい?
コミュ症の癖に一向に事実を認めようとしない元魔王様は、しばらく店中の棚や天井に吊り下げてある弓矢、斧類を一瞥し、何か不足を感じるとミコトに命じて一つ一つを下ろさせた。
壁に立て掛けられた槍の位置が気に入らないとなると、微妙に手ずから動かし上下を確認。いったい何が変わったのかいつものごとく了見がいかないミコトを尻目に、仕事だけは淡々と有能にこなしていく。
幸いなことに今日は客の来店はほとんどない。
ミコトはカウンター左横の小さな本棚の中から帳簿を取り出して、羽ペンで在庫数と今月の売り上げをチェックしていく。月の下旬に差し掛かったところであるのに、今月は売れ行きが芳しくない。
否、芳しくないどころか先月に比べて格段に落ちている。
もちろん、その理由は先の対応を含め自分にあるとは理解しているつもりであるが、それに輪をかけて問題なのが、店の主人の金銭感覚である。
人間ではないということが理由にならないほど、イゼルの金銭感覚は上記を逸しており、毎月その処理に頭を悩ませていたのは何を隠そうミコトであった。
帳簿を照らし合わせれば合わせるほど、仕入と材料含めたコスト、売値のバランスが著しく悪い。悪いどころか「感覚的に値付け」をしているのではないか、と疑いたくなるような事実ばかりが判明し、店頭に立つようになってからミコトの一番の頭痛の種である。
ともあれ由々しき事態である。
「ーイゼル」
「なんだ。また何か小言か?」
入り口扉の右側の壁に飾られている紋様が顔全体に描かれた奇妙なお面の角度を調節しつつ、彼女の師匠はのんきな声で応じる。
抗魔の仮面とされるがミコトには単なる子供のいたずら描きがなされた妙な代物にしか思えない。ひょっとこのお面に鼻毛を書いて、真っ赤な口紅をぬったようなみょうちきりんの仮面だ。これはいったいどこから拾ってきたんだ。
「このまま行くと、今月は大赤字です」
「赤字だと?バカな」
ふん、と鼻先でせせら笑いとりつく島もない。
とは言え、嘘を言っても仕方がないのでミコトは、先ほどの本棚から青い表紙のノートを取り出す。表紙には「日本語」で仕入れ帳とある。
先月と今月のページを確認し、ついで先ほどの売り上げノートを確認すれば一目瞭然である。
「はっきりと申し上げておきますが」
「なんだ」