1ー6 ラドリュード聖魔法具店「店主」
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「この、痴れ者」
低く耳障りのよい声がミコトの背後から飛ばされた。
込められた言葉の意味とは裏腹に、毒のない咎めるでもない口調だった。
黒髪を翻し、ばつが悪そうに顔を歪めた彼女は、両手に鈍く輝く黒剣を抱えた長身白髪の青年を視界に認めた。
ミコトの左隣を通りすぎ、紫水晶色の瞳を細めた男はとりあえず、とカウンターの上に灰銀の絹を敷き手早く剣を包んでいく。
背中に流されるままになっている長い髪がサラサラと音を立てながら天井からの光を反射する。手入れを一切していない割に艶やかな光沢を常に放っていて憎々しい限りである。
彼の名はイゼル。
最後のダンジョン手前、要塞都市アルビオンにある最後にして最強の聖魔法装備品の製作や調整を生業とする、通称「ラドリュードの聖魔法具店」店主、その人である。ーが。
「だいたい、貴方が接客ができないから私がこうして対応する羽目になってるんでしょうが」
毒をまぶした言葉で嫌みたっぷりに言い返してみたものの、年齢不詳の彼女の師匠は全く意に介さぬどころか、整った面立ちに惚けたような色を浮かべて小首を傾げた。
さらに顎を軽くしゃくって以下のように応える。
「ふむ。誤解があるようだ」
「誤解?誤解ですって??」
寝言は寝て言え、と言い掛けるより前にずい、と目の前に姿勢を落とした端正な顔がありミコトは思わず口をつぐむ。
「ーーそう。誤解だ。第一私は接客ができないわけではないしな。そうであればお前が来るまでの7年。この店を経営維持できているわけがないであろう」
「だってそれは」
「それは?・・・ふむそうか。お前が言いたいのは、対面での接客というお前の常識の範囲での枠組みであるのやも知れぬな。だが、もしそうであれ、いったいどんな問題があったのか、正確に私に説明できるか?私がお前を拾い、店に立てるようになるまでやって来た販売方法にどんな支障があった?クレームになるような接客方法でもあるまいし、客側には何の不利益もなかったはずだ。それであるのに、お前はいったい何の不都合があると主張するのであろう?」
コイツ、面倒くさい。
2年間世話になってきた手前はあるにしても、初対面からこの厄介な性格に対する対処法は未だになかなか難題である。
それでも、2年の歳月というのはそれなりの対処術を蓄積させるものであり、「正確に応えよ」を口癖とする命の恩人に向けて、ミコトは確信となる言葉を絞りだし、忌々しげに述べてみた。
「・・・・。魔術人形を使っての接客がまともであると言いきるつもりなんですか」
棒読みよろしく、胡乱気な瞳でじっとイゼルを見つめれば、彼は軽く肩を竦めただけだった。なんだ、久々に図星か?と思う間もなく、それが全く見当違いだったことを気づかされる。
「ミコトよ。この世の理に魔術人形を使って接客することの何に問題があるのか、正確に応えよ。ーーそもそも私は私が作ったものが、必要とする者にその通りに売れればそれでよいのだ。客としても、必要なものさえ手に入ればよいであろうから、私がわざわざ店頭に立って手ずから売ってやる必要はないではないか」
「それにしても限度があるってものでしょう」
「ほう?」
続けてミコトが何と言うかあらかた予想はついているだろうに、人の悪いこの男は視線だけで先を続けるように求める。
「この際だからはっきりと言わせてもらいますが」
「なんだ?」