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1ー5 無理難題

これはもう、死後1週間どころではなく1ヶ月、3ヶ月後によしんば発見されるか1年後家賃の払い込みがなくなって管理会社が警察と訪ねるくらいのフラグだ。


新聞に載るほど珍しい孤独死ではないだろうが、「会社クビになり引きこもり孤独死」とあながち笑えない事故物件案件になりそうだ・・・。


こんなことなら、過剰な過保護が嫌でその都度衝突しその結果疎遠になってしまった実家との仲を、ー特に束縛系過保護の実母ー修復しておいた方が良かったのだろうか。


「いいや。違う」


静かに目を閉じて頭を横に振り、彼女はその思考を追い出し、そっと目を開いた。


闇の中遠くで星の瞬きのような銀の粒が広がっていた。


「わぁ・・・」


薄く引いた白い雲に藍色と銀を混ぜたような風景に、気づけば足下に触れることのできない湖が広がっていることに気づく。


片足を上げれば冷たさや水面の感触はないのに波紋が広がっていく。右足の波紋は左足の波紋とぶつかって互いに干渉し合い新しい波を生み出していく。


夜の海原に星が落ちたような風景に目を奪われていると、自分の顔の横に誰が映り込んでいるのに気づきぎょっとする。


「!?」


体を仰け反らせて見間違いかと思い誰もいないはずの空間を見つめると、女がいた。


流星が如き白銀の髪。

血赤の如き鮮血の瞳。


肌は白磁のように白く血色がなく。代わりに赤い唇が印象的な人形のような面立ちに、金色の紋様が両頬と額に描かれていた。


睫までも白雪のような色彩を宿したアルビノの女は少しだけ、どこか悲哀を含んだ表情でまっすぐに美琴を見据えている。


薄い白絹の衣を纏っただけの輝く美しいアルビノの女は、戸惑うような痛みを帯びた光を瞳に宿して両手で美琴の右手をそっと包み込んで引き寄せる。


女の手はゾッとするほど冷たかった。思わず引っ込めようと腕を引くが、逃がさないとでも言うように固く引き寄せられ転ぶように女の目の前に身を移動する。


女の深紅の相貌がまっすぐに美琴を見つめている。


「ミコト」


鈴音のような声で名を呼ばれ、どうして名を知っているのか、というより何が始まろうとしているのか心音が耳に届くように肌が泡立つ。


「ーーあなたが必要です」


「なにを」


「あなたに全て託します。あなたにしかできないことなのです。あなただけがー、救える」


話が噛み合わない。


アルビノの女は瞳を伏せ、その眦から宝石の粒のような涙を静かに流した。滑らかな頬を伝った雫は顎先からぱた、ぱたた、と美琴の手の上に落ちる。


女は押し頂くように美琴の両手を自分の額に押し付け、何か聞き慣れない異国の言葉を歌のように唇から発する。


びゅぉっ。


「っ!?」


女の背後から突風が吹き付け、美琴の肌を切り刻むように打ち付けた。


「ごめんなさい。あなたにしか頼めないーー、どうか」


金色と銀色を両方綯交ぜにしたような閃光が半透明に透けゆく女の体から溢れる。同時に、陶器のような女の肌にヒビが入り始め、ヒビから光が放たれているのだと言うことに気づく。


ぎょっとして女の手を握り返せば、握った箇所から風化した人形のように女の指が崩れ始める。


「どうしてっ」


何が起きているの。


混乱するままの美琴の頬に女の手が触れた。冷たいがあたたかい、やわらかい手のひら。


「あなたをここに喚ぶために、私は全てをかけて、全てと引き換えに代償を払った。あなたと、世界のため」


「どういうこと」


「聞いて。黙って聞いて、時間がないの、美琴。私の過ちで私は世界を変えてしまった。変えた世界の代償を払った。代償は対価。願いに見合う代償を払って、私は世界を作った」


「なにを勝手な」


女の言っている言葉の意味がわからないばかりか、聞かされる言葉に苛立ちが増大する。突然こんな良くわからない状況に放り出され、何が起きているのかわからないまま、見ず知らずのわけのわからない女がなにを言うのか。


「あなたの苛立ちや怒りはもっとも。だけど、それ以上にこれはあなたのためのことでもあるの」


あなたのためなのよ。


記憶の中の母の言葉と重なり、美琴は憤りのままに女の胸元の衣に手を伸ばした。途端、女の体の半分が砂のように崩れた。


「っ!」


恐怖にたじろぐ美琴に、女は責めることなく、静かに優しく半分なくなったそれぞれの両腕で彼女を優しく包み込んだ。


何かが美琴の全身に駆け巡り、血の巡りを感じられない女のあたたかさを感じる。


同時に泣き声のような、彼女の願いも。


「ミコト。クロツキミコト。あなたに私の全てを託します」


だからどうか。


「ーーーーーーー、」


言うなり彼女の体の全て、彼女を構成していた全てが目の前で砕け散った。先ほど手のひらに留めた光の粒子のように。


銀と金、深紅とオレンジが漁り火のようにまた何もなくなった漆黒の空間に舞い上がり始める。


弔い火のような悲しい光の明滅を見上げると、頬に冷たい水が触れた。驚いて右手で触り、水の根元を探れば、果たしてそれはーーー。


「ミコト」は最後の深紅の光が遠く昇っていく様子を見上げながら、再び自分の足もとがずぶずぶと沈んでいくのを感じ、今度は恐れず驚かずそっと目を閉じた。


彼女ーー、全てをミコトに委ねた女のことをミコトは全て理解した。


彼女の命の残滓と三千年の記憶と力の全てを受け取って。


創世の女神、エルステアはミコトに託した。自分の命と持てる力の全て記憶と歴史を、代償を以て呼び寄せた。


体半分が埋まり、闇に沈み込み、意識が失われるその一瞬までミコトは全てを覚え、そして悪あがきついでに愚痴を溢す。


「無理難題過ぎるーー」


そうして彼女は全ての闇に包まれた。




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