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1ー4 危機的状況

沈む、と感じたときには腰の中ほどが埋もれていた。


「なに!?」


ベッドのスプリングにしては加減を知らない体重の沈み方。慌てて上半身を引き起こそうと利き腕である右側に比重をかければ、ますますそちらがシーツを通り抜けるように埋没していく。


ずぶずぶと。まさしくそうした擬音が正しいのかもしれない。


もがけばもがくほど加速度的に体はシーツの、ベットの奥へと沈み込んでいく。底のない沼地に足を踏み入れたような。田んぼに足を踏み入れてそのままずっと引きずられていくような。


「壊れ」


ぎょっとして視線を右腕に注げば、肩越しに見えたのは寝台に乱雑に覆いかけられていた掛け布団。ほどなくその境界線が瞳に移った。


ベットマットの厚さなどたかだかせいぜい知れている。明らかに体全体が沈み込んでしまうほどの深さなどないはずだ。それにスプリングの感触が全くしない。


「な!!」


なにが。


いいかけて唇をつぐんだのではない。声がでなかった。濃密な塊のような空気をそのまま口の中に無理矢理押し付けられたような圧迫感。


視界が闇に閉ざされ、もがくような息苦しさを感じたかと思えば、不意に手足が自由になる。


とぷん、と全体が水底に沈み、水面を見上げているような感覚に包まれ、暗闇が少しずつ明るくなるのを感じた。


音のない静寂の世界。


冷蔵庫のモーターの音も、時計のカチコチと秒針が動く音もなにも聞こえない。


果たして自分は。


ー生きているのか、死んでいるのか。


ふと、そんなことが脳裏に過る程の思考の隙間はあったが、状況を正確に理解できるだけの情報はなにもない。


数秒そうしていると、自分のものと思われる左手、右手が目視できた。握って、開いて。感覚と呼べる感覚や少しの暖かみも確認できる。


ついで、足があるべき方を見れとろりとした紺色のパジャマズボンから覗く、紛れもない自分の足指。


「!?」


驚いてたたらを踏んで後ずさり、足が絡まって尻餅をついた、と思った。


臀部に感覚などないが、美琴は尻餅をついた格好で足下に存在しているものを凝視した。


青と銀の透明な海月。規則性もなくただ輝いて漂う巨大な物体は、くるくると踊るように旋回しながら光を撒き散らす。


蛍のように小さく淡い雪のような輝きが溢れ、空間全体を優しく舞い飛んだ。


ーー幻想的。


言うなればその表現こそが正しいだろうが、美琴は呆然とそれを受け入れるように視界に納めるしかなかった。


やがて漂っていた光の粒子は少しずつ明かりを弱め、最後の1つをそっと手に取ると石が砕け散るようにさらに小さな粒子となって闇中に四散した。


全てが闇の静寂に包まれた空間で、美琴はやはり自分は死んでしまったのではないか?と思考を巡らせる。


ここは死者が行き着く彼岸のような場所で、これから天国か、はたまた地獄へ行くのではないか。


だとしたら、死んだとするなら死因はなんだ。


インフルエンザの後遺症か、あるいは突発的な血管系の血栓により脳溢血やらを引き起こしたかもしれない。


ここ数週間、自分はあらゆることに対し限界を突破していたし、不摂生な生活も思い当たる節は山ほどある。どろどろになった血管に壁を作るようにしして血栓ができ、脳やあるいは心臓に何らかの症状を引き起こし、自宅でベットに倒れ込んだ途端、それがトリガーになって死んでしまったのではないか。


あながち外れてもいないのではないか。


「死後1週間とかで発見されたら嫌だな」


上司は美琴の電話をまるきり拒否していたから、間違いなくクビだろう。だとすれば、会社関係の人間に「出社しないのですが」と実家や警察に電話が行くはずもない。


普段から日常生活で連絡を取り合うような仲の良い同僚はいない。


先日家賃の振り込みや光熱費などの支払いも完了したし、携帯電話は使うアテも時間もなく少しずつたまっている貯蓄から差し引かれるはずだ。


会社に泊まりきりで約1ヶ月ほど自宅アパートに帰って来なかったこともあるし、近所という近所で互いの健康状態を認識し合う関係性など皆無だ。せいぜいゴミ出しの時に挨拶をするくらい・・・。


地元の友人達とは就職してから合っていないし、たまに遊ぶ友人も気まぐれのように連絡をくれるだけでお互い忙しい。


「交際相手もいない・・・」


絶望的だ。

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