1ー3 全部インフルエンザのせい
一番の原因は、インフルエンザだ。
黒月美琴は建築会社におけるリフォーム比較サイトの運営と仲介をメイン業務とするITの会社のとある部署に勤務していた。
残業や早朝出社は当たり前。
皆がゾンビのような就業形態で働き、会社に住んでるの??というような人物も多い社畜の世界である。
一に納期、二に納期。三四が栄養ドリンク、五は残業というような定時ナニソレ美味しいものですか??というような社風の会社である。
専門学校を卒業してから勤続5年目。かつて上司と呼んだり先輩と呼んでいた人々が、体調や精神の不調によってフェードアウトしていくなかで、がむしゃらといえば聞こえがいいが、与えられた仕事をもくもくと行ってきた自負はあった。
ただ、後輩兼部下ー既にその頃、美琴は主任という役職にあった、ーーが1週間後納期予定の新規検索サーチシステムのデータを持って行方不明になり、やれやれようやく新年を迎えられると思って安堵していた美琴たちは青天の霹靂どころか、寝耳に水という事態に直面してやわんやの大火事状態となった。
もちろん、部下の家や実家に連絡はとってみたし、実際に訪問もしてみたのだが、実家にも帰っておらず、警察沙汰に。独り暮らしのアパートを大谷さんのマスターキーによって自殺を疑って開けてみたものの、丸切りの気配もなく、生活感が漂った状態のまま「彼は突然消えた」のである。
その間も、睡眠と食事の時間をショートカットし、社内の腕利き数人でようやく納期には間に合わせたものの。結局部下は見つからず、データごと文字通り忽然と行方知らずになってしまったのである。
そして、騒動がようやく沈静化した1月6日。年末年始の休みもなく、就職から元々仲が悪くて疎遠になっていた実家にも戻らず、何となく正月っぽいことをしたくて街に出た途端、やられた。
油断していたのはもちろんだが、年末から精神と体力をすり減らし、極限状態であったのを気力一本で何とか保っていたところを、ホッと一息ついた途端、無理が一気に押し寄せた。
街中のどこかでインフルエンザをもらってしまったらしい。
気づいた時が6日だったのでおそらくそれより前に罹患していた可能性は大いにあるが、ともあれ関節痛、悪寒、腹痛に高熱。吐き気のオンパレード。
病院に行けば受診まで2時間を待ち、乙女の鼻に検査の棒を突っ込まれて数分で「インフルエンザA」の診断を受け取ったのである。
幸いなことに食欲はないが水分は摂れていたため、なんとか点滴をせずに帰宅し、そこからはポカリスエットで胃を満たし、処方された薬を飲んで3日間。
なかなか熱が下がらず、夜何度も高熱による震えや大量の汗で目が覚め、全身筋肉痛のような状態の体を這うようにして台所まで行こうとし、途中で気絶し朝を迎えた。
会社にはインフルエンザの診断のためと連絡をしたのだが、初日から30分ごとに仕事の指示待ち連絡が鳴り響くようになった。上司などは「インフルエンザくらいで出社できないとは根性が足りん!」と訳のわからない根性論で美琴を責めた。
それでも動かない頭で指示を出し、電話越しに段取りをし続け、ついにブチキレた。
「インフルエンザだっていってんだろうが!!バカかお前は!!インフルにかかったら就業停止だ!」
上司に向かって電話越しで暴言を吐き、がちゃりと切った5日目以降。美琴の電話はピクリとも鳴らなくなったのであった。
むしろ、ここまでよく耐えたと行っても過言ではない。
お陰で休養に専念はできるのだが、しまったと気づいた7日目の朝、おそるおそる「来週から出社します」と上司に電話をいれてはみたが、無言でガチャンと切られ。
美琴はスマホと一緒にベットの上に倒れ込んだ。
ーその時だった。