第7話 神様のお願い
相手は「神」を名乗る怪しい人物なのに逃げもせず、話を聞いてしまう辺り今日の自分はどうかしているが、それよりお願いとやらが気になった。
「私が君に頼みたいことはね。とても単純なことなんだ。……君にはね、私の名前を探してほしい」
「は?名前?」
「そう、私の名前。名前がないとね、どうにも不便なんだよ。君だってそうだろう?名前がないと色々大変なんだ。呼ぶにも困るし、本来の力も発揮できないし、必要なときに必要なことができないし、十分なご利益を授けることができないというか。それ以上に、このままだとそろそろ消えちゃうんだ、私」
「消える?」
「そう。消える。跡形もなく……というか、人のように名前がなくても存在できる有機的な器がある訳じゃないから、塵も残さずって感じだけれどね」
「体があるのに?」
まじまじと私は自分の手を握ったままの彼の手を見下ろした。握り返すと弾力があり、血が通っているようにあたたかな、普通の人と同じような感触がするのに。
「まあ、それはね。これくらい神様パワーでなんということもないさ。人の目に見え、実際に触れられるように魂の形を固定するのは、簡単ではないけれど私くらいの神になるとちょちょいのちょいっとできちゃうからね」
「そんなに力のある神様なら、消えてしまうこともないような……。いや、それ以上にちょちょいいのちょいと自分で名前を見つけてしまえば良いんじゃないですか?」
名前を探す、見つける、ということがどう言うことかわからないし表現として適切かどうかわからないが、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだと私は突っぱねた。
しかし、神様も神様で強情だった。
「もしそうなら君に頼むことなんてしないさ。どんなに名のある神でも、精霊のようにおぼろげな神でも自分の名前を探すのはとても難しくてね。名付けのもとになった存在の手が必要なのさ」
「名付けのもとになった存在の手?」
「ちょっと概念としては難しいかもしれないけれど、例えばこの桜の樹」
神様はようやく私の手を離し、背後に咲き乱れる桜の樹を視線で示した。




