2ー2 蘇えざる者
彼が先刻から探して最大級に忌避したい場所に仕方なく足を向けているのは、彼の現在の主である「アルザス」を見つけるためである。
「面倒な。なぜあんなに自分勝手なんだ」
自分のことを棚に上げて言いたい放題である。
世界の命運を握るとされる選ばれし者だというのに信じがたいほど方向音痴である「勇者」に対して彼は怒っていた。
自分が悪いなどと微塵も思わないところが、彼の、彼らしさでもあった。
寒くはないが、時刻は夕刻に差し掛かっており、通りを行き交う人々の足取りは早い。薄手の外套を片手で襟前に寄せながら、うつむき加減ですれ違う。
女や子供の数が少ないとは聞いていたが、確かにその通りだな、とジークは足を止めた。
先程すれ違った親子以外に、女性とすれ違うことはなかったし、他の街であれば騒がしいほどに賑やかな小さな子供が走り回る姿も声も聞こえない。
ざっと見渡せばほとんどが働き盛りの中年から壮年の男ばかりだ。
一時期都市に離れて暮らしていた家族が呼び寄せられ、女性や子供が戻ってきたことを喜ぶ話も聞いてはいたが、2年もの間にまた元通りといった様子だ。
「・・・・」
元々は地方領主が長引く戦に備え建造したとされる籠城のための場所。それを基にしたこの都市は中央に行政区、北に貴族街と一部の神職達の住居、上級商人などの邸宅地区、西に歓楽街が存在する。
整備された石畳の道々が網の目のように張り巡らされ、人や物の流通量は多い。南に下がる形で宿屋や家事や、武器防具店や雑貨屋など、冒険者やダンジョンに赴く者達が必ず一度は立ち寄る商業区が存在し、食料や日常必要な医療品を供給する市場や住民の生活空間が隣接している。
貴族街や邸宅地区はよほどのことがない限り一般階級の市民は立ち入ることはできないし、そこに至るためには要塞都市のなかでもさらに関門のような大きな壁が存在する。身元が確かであっても、招待のされていないものや居住していない者は入る権利すらない。
さらに陽が落ちると同時にこの要塞都市アルビオンは四方に八ヶ所ある門が全て閉じられ、文字通り堅牢な要塞と化す。
閉門は夕陽が落ちるときっかりに。陽が落ちる前に入れなければ、躊躇なく閉め出され魍魎跋扈する梏闇のなかに朝陽が昇るまで火を絶やさず、周囲を警戒しながら一睡もせず過ごすしかない。
堅牢すぎる要塞は化け物じみている。
暗闇と同時に巨人が沈黙をして踞るアルビオン。
これらの備えは全て都市から北門を抜けてまっすぐ1日駆けて行った先にある不死の森が入り口となる、ランタークダンジョンから漏れ出る不死者どもに対してのものである。
かつて500年前に時の王によってダンジョン攻略と、そこに巣食う魔物、世に荒廃と破滅をもたらす魔王に抗するために建造されたといわれる、がその時代に攻略はなされなかった。
じわり、じわりと周囲の土地は腐り変容し、それまでは何ら普通と変わりなかった森の木々や枝葉のひとつ、水に棲む小さな精霊までもがダンジョンから漏れ出る「腐気」に影響を受け、それはもう普通と呼べるものではあり得なくなった。
腐気に触れた者は体やその魂が変質し、肉は腐り生命としての活動を終えながらも言うなれば周囲に同じ病を撒き散らす、この世ならざる存在となる。
つまり、魂の輪廻から逸脱した存在だ。
魔物と称するべき、人の血肉を主食として糧とする存在は有史始まって以来存在していたが、「人の魂のみを糧とする」存在が蠢き始めたのは、都市建設前後だと歴史書には記されている。
ともあれ、非力で力を持たない普通の人間の場合は手も足も出ず、魂を喰らわれ肉体は腐気の浸食を受け蘇えざる者と化し、暗闇の隙間に更に魂を屠る魔物と成り果てる。
喰われた魂はその喰らった不死者が浄化されるまで彷徨い続け、魂を救う術は一部の特殊な装備を持つ冒険者達や各国の王の名を受けた「選ばれし者」に託された。
魔王なき今、なぜランタークダンジョンが封印、もしくは破壊されないのか。なぜ、不死者の存在は増え続けるのか。その謎を解明するために、自分達は「もう一度」ダンジョンに潜ることを命じられたのだった。




