1ー10 職業病
ミコトは片頬を盛大にひきつらせた。原因は無論、店に現れた爽やかそうな好青年であるのだが、それ以上の元凶は別にあった。
あいつ、逃げやがったな。
「あいつ」というのは言わずもがな、彼女の師匠でもある白髪の魔王である。
「えーと。ここで、いいんですよね?」
接客業としては褒められたものではないひきつった笑顔のまま、入店の挨拶もなにもないミコトに対しアルザスと名乗った青年は困惑した声音で背後にいる何者かに尋ねた。
「あ、ええと。ごめんなさい。イラッシャイマセ。お探しのラドリュードは当店でございますヨホホ」
乾いた笑いを隠す余裕もなくミコトはせいぜい上品ぶって口許に手を当てた。
「ああ。ならよかった。また、見当違いの方向に行ってしまったとばかり。やっと到着できてなによりです」
なにやら引っ掛かる言葉はあるが、ほっとした風にアルザスは微笑み、こちらに向けて歩を進める。
わずかな間、ミコトは職業病の一貫である「装備チェック」をざっと行った。
聖騎士というからにはやはりそれなりの装備をしているのだろうと思ってはいたが、なかなかの代物だ。
高位聖霊の加護が施された金刺繍の純白の肩衣は火と風耐性。首元まで余念なくキッチリとしまった学ラン風・・・にしか見えない、あるいは自衛隊が華燭の典で身に付ける装飾美のある上衣と真っ白で動きやすそうなズボン。
肩衣と合わせて同じく金刺繍が施されている長ブーツは左右の外側に青と紫の小さな魔法石が嵌め込まれていて、かなりのグレードの良質のものを選んでいると見える。濁りはないのでまだまだ余裕で使えるし、なんといってもアンデット類が忌避する加護のようなものが纏わりついているように見受けられる。
腰に佩いているのは深紅の鞘のどことなく日本刀のような反りのある得物だ。サイズも長すぎず短すぎず、青年の身長にちょうど使いやすい大きさと幅だ。下げ緒も金色とはなかなかに派手だが、エナメルのような質感の塗りは上品で見惚れてしまうほどの逸品。
しかし、鍔は刀のそれとは全く種を分けるものであった。広がりのない楕円形のシンプルな金環がひとつあり、良くみれば「装飾性に華がない」と浅はかにもひとくくりにしようとしていた己を恥じた。
遠目でわかりにくいが、揺らぐような呪がかけられている。旋律のような魔力の香りはおそらく。
「えーと、あの、聞こえてますか??」
頭上から声がかかる。
「へ!?あ!!」
気がつけば目の前にアルザスの腹部があり、自分はいつのまにか前のめりの状態でカウンターから飛び出す格好で彼の剣をまじまじ観察していたようだった。
しまった。またやってしまった。
顔に沸騰したように朱が昇る。慌てて比例を詫びようとする前に、彼の背中から何かがぬう、と動いた。




