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昼下がりの襲撃者 Ⅱ

挿絵(By みてみん)


 床には使用人たちが転がっている。生きてはいない。乱暴に振り回された人形のようにズタボロだった。


 この街を取り仕切る市長の館内は、惨劇が広がっている。

 華やかなエントランスを上書きするような死屍累々の光景である。煌びやかな玄関口には、無数の切り傷が刻まれていた。


 倒れている死人の中には一人だけ生存者がいた。短い金髪の細身の彼は虫の息である。この街に住む市長だった。スーツの袖はちぎれ、蓄えた髭が途絶えそうな息でたなびいている。


 ツアッドはそれをだるそうな表情で見つめる。腕に付いている手錠は千切れ、二本の鎖がぶら下がる。ドレッドヘアーに顔半分を覆う黒い骸骨のタトゥー。紫色のジャケットと帽子は毒々しいオーラを放つ。倒れている市長と対照的で、疲れた様子がまるでない。血に濡れた階段の三段目に腰掛けていた。


 この街でも最も傭兵(レーベ)のランクが高い彼は、「B壱」と刻まれた黒色タグを首元に下げていた。

 ジャケットに付着した血痕をみて、ツアッドはドスのきいた声を出す。


「あーあ、汚れちまった」


 その血の出所である男に唾を吐きかける。死にかけた市長は息も絶え絶えに口を動かして、何かを訴えかけるようだった。


「お願いだ……娘だけは見逃がしてやってくれ。あの子しかいないんだ」

「てめえ、汚してんじゃねえよ」


 鎖の擦れる音の合間に、消え入りそうな男の声。

 まだ喋れたのかと、ツァッドはうんざりした顔になる。市長の顔から目を背けるように、銃を片手に立ち尽くしている手下に怒鳴りつけた。


「おい! まだ捕まんねえのか? じゃねえと終わらねえだろう! いつまで待たせるんだ!」

「すいません。探しに言った奴から連絡が来ないんです」

「だったら探しにいけや」

「ひゃあっ! すすいません! おい行くぞ!」 


 鎖が鳴って、花瓶がはじけて、下っ端の男が悲鳴をあげる。


 その場にいた子分達は逃げるように、屋敷の外へ出て行く。残ったのは屍体と死にかけた市長とツアッドだけであった。


「ったく。つかえねえ」

 

 一層静まって、動くのは入口の扉だけだった。高さ三メートルはあったのだろう。その上半分は切り落されていた。ガチャリと閉まるが外の空気は入ってくる。

 風で揺らされて、エントランスの二階の手すりが落ちて、ツエッドの目の前で粉々になる。


「俺の家が台無しじゃねえか」


 壁にヒビが入り、窓という窓は全て割れている。爽やかな空気の流れがすさまじい襲撃の痕を際立たせていた。

 壊した張本人が帽子を脱いで、積み重なった木くずを叩き落とし、かぶり直したその時だった。


「はがっ」


 玄関の扉がはじけ飛んだ。入ってきたのは出て行ったばかりの男達。

 帰ってこない仲間を探しに出て行った彼等は、出発して数十秒足らずで戻ってきたのだ。


「てめえ等、何遊んでんだ」

「驚いた……」


 白目になった手下達は、散乱したドアの破片と一緒に折り重なっていく。その山の上に着地したのはスーである。まるで戦場に子犬が降り立ったようであった。


「手下の柄の悪さにも驚きましたが、そのボスもそれ以上ですね」


 今すぐにでも帰りたい、その倦怠感を彼女は全く隠しもしない。下を向いて、肺の空気を全部吐き出してしまうような、深いため息をつく。


 どこかに少女を待機させているのか、彼女は一人で堂々としている。抱えていたはずの買い物袋もない。

 手に武器はない。素手である。そこにはメイド服の少女が一人いるだけであった。

 乱れた髪を指先で摘まんで、ゆっくりと払う。


「貴方が今回の騒動の原因ですね。言いたいことは沢山ありますが……」

「誰だてめえは!?」

「言うと思ってるんですか?」

「ああっ!?」


 彼女が小さな歩幅で詰め寄っていくと、熊のような体格のツアッドは反射的に右腕を振りあげた。チェーンがじゃらんと揺れる。まるで羽虫を追い払うよう仕草だった。


 途端、つむじ風のような衝撃波が立ち上がり、倒れていた部下を巻き込んだ。

 木材の破片と一緒に外へ吐き出されていく。

 そこには、スーの姿はない。


「こんな大ぶりな技が当たるわけ無いじゃないですか」


 スーは身体を横にして、風の下をかいくぐる。髪が揺れて、帽子が飛びそうになったので慌てておさえる。


 全てを見切った上で最小限の動きで躱す。

 彼女の目があればこその芸当だった。


「なっ!?」


 ツァッドは予想外の結末にあんぐりと大きな口を開いてしまう。スーはそれを見て呆れかえってしまう。


「躱された後を考えて無かったんですか?」


 今度は背後からスーが語り掛けるも、ツアッドは振り返ることすら間に合わない。

 スーは意識を一撃で刈り取ろうと、剃刀のような蹴りを当てる。


「はがあっ!?」


 口からボタボタと血が流れて、ツアッドは跪いてしまう。

 振り抜いた脚をスーは掲げたままである。ブーツの先には汚れは着いていない、ナイフの先端の様に光っていた。


「遅い」

「……て、てめ」

「まだ意識があったんですか。早く倒されてください。こっちには都合ってものがあるんです」


 黒髪を整えながら呆れているスーに、手錠の鎖が襲い掛かった。

 しかし、それを涼しい顔で避ける。スーはバックステップを踏んで距離をとる。


 ツアッドの反撃の番だった。怒りを爆発させて雄叫びを上げる。


「……殺してやる! 巫山戯やがって! ぶっ殺してやる!!」


 殺意全開の舌打ちをして、両手で宙をかき回した。

 彼の取った行動は単純である。ただ闇雲に暴れ回る。その焦りが屋敷全体を目茶苦茶にかき回す。屋根が一部剥がれて落下する。衝撃で家全体が震え出した。


「うわー、三歳児並みに賢いですね」


 巻き起こったのは、衝撃波の刃の台風である。

 掛けられている絵画が千切り取られたように、次第に短くなっていく。まるでダンスを踊るようにスーは避けていく。捌ききれない数ではない。


「こっちに来るんじゃない……」


 市長の小さな声が耳に入り、スーはまさかと思って振り向いた。市長の声は弱々しい声は娘を止めるには小さすぎた。竜巻に巻き込まれたらひとたまりも無いようなちっぽけな女の子が、こっちに向かって走っていたのだ。 


「ぱぱ!」

「馬鹿! だから外で待っててと――」


 家が崩壊しかけるほどに揺れて、じっとしていられなかったのであろう。スーも一直線に掛けだしてその少女へ手を伸ばす。


 瓦礫と刃をかいくぐる。少女一人抱えても問題ない。この衝撃の波を乗り切る実力はスーにはある。雑魚一匹あしらうには造作も無い。


 スーが拾い上げたその時だ。持ち上げた女の子の名前を、市長はこれまた小さな声で放つ。

 消え入りそうな声だったが、今降りかかっている風の刃よりも鋭かった。余りにも鋭すぎたのだ。


「アリサ……」

「へ? アリサ?」


 間の抜けた声を出したのはスーである。頭にぬるま湯が注ぎ込まれたように、思考が真っ白になってしまった。

 何かとんでもない勘違いをしているじゃないかとスーが結論に至った瞬間、


「あああ!!」


 ツァッド叫びと共に、怒り狂った強風がスーを呑み込んだ。

 スーはアリサという名前の少女を抱えて、そのまま吹き飛ばされてしまったのだ。


 風声が鳴り止んでいく。直撃して、猛烈な台風はその速度を次第に弱めていった。

 放たれていく刃の数も減って、舞い上がっていた埃や木くずも降り積もっていく。


 強烈な気流は収まった。屋根の切れ目から注ぐ太陽光線に、落ちていく塵が映し出される。


「ははっ!」


 疲労困憊だが、満面の笑みだったツアッドは勝利を確信した。絶望一杯の市長を仰ぎ見て、高らかに笑い出した。

 

「はぁはぁ……はは! ははは!!」


 突然現れた不審な使用人と、市長の娘をまとめて処理できた。残ったのは泣き出しそうな顔をした市長である。彼はその顔が見たかったのだ。ツアッドはもう笑いたくてどうしようもない。


「ははっははは!! 何だよビビらせやがって。俺が本気出せばなあ。こんな雌餓鬼にやれれる訳がねえんだよ! さて、後はアンタだけだよ」

「あ……アア、ああ」

「元気出せよ。アンタも笑えよ」

「ああああああ!!」

「ははは!! はははははは!! 楽しいなあ! なあ!! ……おい」

「あ……ああ……」

「なんだよ。もう終わりかよ。あーあ」

 

 ツアッドは鎖で重そうな右腕を掲げて、市長の目と鼻の先まで詰め寄った。もう彼には興味を失ったような顔だ。爛々とした眼が死人同然のものになる。


「殺すか。飽きた」

「なにが一番むかつくって、自分ですよ」


 勢いよく声の方向に顔を向けた。ツァッドの目が見開いた。

 スーのスカートはスパリと切り込みが入り、帽子は吹き飛ばされてしまっていた。ひょこりと現れた黒い兎耳。ツアッドはその耳を指して、信じられないものを見たかのように息を呑んでいた。


「じゅっ獣人っ」


 黙れとばかりにツアッドの顔面に蹴りが入る。全てを投げ捨てたい一心が入ったスーの一撃だった。

 ツアッドが壁に激突するほど吹き飛ばす、鈍器のような蹴りである。

 

「本当に! 本当に私って馬鹿です! いつも! いつもです!! 失敗するのは御姉様のせい! 御姉様のことになると血が頭に上るのは、どうしようもなくなってしまうのは、重々わかっていたつもりなのに……」

「なんでだっ!」

「ああもう馬鹿。何やってるの。正真正銘の馬鹿ですよ。勝手に首突っ込んで、あげくにはこんな! こんな! 攻撃に当たるなんて、絶対御姉様に知られたら笑われる。笑われる。笑われる……」


 早口で喋るスーは頭を抱えて座り込みそうになっている。別に誰かに怒っているわけじゃない。言うなれば彼女は自分に怒っていた。


「なんでっ! なんでなんだ!!」


 壁まで吹っ飛んだツアッドは、最後の力を振り絞る。

 なけなしの衝撃波は、


「――ごちゃごちゃうるせぇんですよ」


 黒い短刀で豆腐を切るように寸断されてしまう。撫でるように刃を動かして、衝撃波を切り分けたのだ。

 信じられない顔をしたツアッドの頭に、さらに壁にめり込ませるようなスーの蹴りがツアッドのボディー突き刺さる。ワンヒット。


「くだらない。本当にくだらない」

「っ!?」

「なんで私がこんなことをしなきゃならないんですか!」


 反動でツアッドが前に崩れ落ちそうになるが、それは許されなかった。


「っんが!?」

「それもこれも全部貴方のせいでしょう!」


 ほとんど八つ当たりのスーの蹴りが、くの字に折れたツアッドの顔を跳ね上げる。ツーヒット。


「……」

「私が! どれほどのものを捨てて! あの子のことを助けようと思ったかわからないんですか! 同じ名前だと思ったら見捨てられるわけじゃないですか! しかも同じ名前じゃないって、どれだけ私は! 私は!!」

「ぐああっ!??」


 スリーヒット。男は意識を根元から断ち切れてしまう。スーの精神も、これ以上何か悪いことがあれば立直れないほどボロボロである。


 自分に向けたような冷淡な息が、スーの口から漏れ出した。


「弱いですねー。他愛もない。遊ばせずに、最初からこうすれば良かったです」


 ツアッドの巨体は見事に壁にめり込んでいた。当分目が覚めることはないだろう。スーはどうでも良いとばかりに一瞥する。今すぐにでも帰りたい気分だった。

 遅れれば遅れるほど、その理由を御姉様に問われてしまう。言えるわけがない。自らの失態を言えるわけがない。


「とんだ回り道をしてしまいました。貴方がこの子の父親ですね。私が勝手にやったことでお礼は要りません。後は自分で何とかできますね」

「…あ……ああ」

「それと私がやったことは他言無用でお願いします」


 カツカツとブーツを鳴らしてスーは、市長の元へ近づいて、最小限のお願いだけを伝えた。

 この世界で能力を使える者は、傷の治りが早い。彼は自分で身体を起こし、ツアッドがめり込んだ場所とは反対側の壁に寄りかかっていた。顔色は良くなっている。その呼吸も随分と落ち着いていた。


 唖然とする市長の横には、お礼を言いたげなアリサの悶々とした顔があった。スーは気まずくなって、その顔が見れなかった。肌に刺さるほどの視線を感じる。

 

「あ……アリサさん。私の買い物袋はどこですか?」

「さっきのとこ」

「わかりました。なら安全ですね。貴方もそこにいなくちゃダメじゃないですか……では、私はもう帰ります」


 落ち込んだスーはそのまま玄関口へ歩き出す。帰宅予定の時間はとっくに過ぎていた。

 手の甲をおでこに当ててしまう。頭痛がする。これまでの自分にしてはあり得ないほどの失敗だった。御姉様に質問攻めにされる未来が見えてしまう。


「あーなんて言えば……? うん?」

 

 身に覚えのある重さで引き留められる。スカートの裾をがっちりと掴むのは、小さな手の平であった。


「まって」


 アリサは落ち着き払った少女だった。出会った頃の混乱していた様子は微塵もない。

 屋敷に来る途中、スーも一つ二つ話して、彼女の年の割にはしっかりとした落ち着き方に舌をまいてしまったのだ。何しろあの追ってからあそこまで逃げ切ったのだ。将来はきっと大物になるかもしれない。


「これ」


 青い小さな宝石が一つついた髪留めである。鉱物の灯りがまばゆかった。

 彼女の父は目を疑うような表情を見せた。アリサは迷いもなく、スーに突きつける。スーは渋々ともらってしまう。


「……もらっておきます」


 ちょうど良い位置にある頭をスーは撫でるしかなかった。

 そして彼女は買い物袋を持って、全力疾走で帰路についた。



******



 スー達の根倉は一見、人が住んでいるとは思えないだろう。その外見は酷かった。今にも崩れそうである。長い間ほったらかしにされていた空き家だった。しかし、見た目からこの内装を予想できるものはいないだろう。


 汚れ一つ落ちていない清潔な内装である。広々とした横長のリビングで、リサは食事の手を休めない。タワー状に食べ終わった皿が積み重なる。


「……腹が減って死にかけた! 本当に死ぬかと思った! 私を放っておいて、一体どこに行ってたの」


 結局スーは予定よりも二時間も帰宅が遅くなってしまった。


 家に着いた瞬間、スーは絶叫してしまった。空腹感で寝たきりの御姉様が出迎えてくれたのだ。

 御姉様はスーを見るなり飛び起きて、血肉に植えたゾンビのように襲い掛かる。


 スーは正直自分が食べられてしまうと思ったが、数十秒で造ったサンドイッチで何とか生き延びることができた。


「ふふ、御姉様には秘密です」

「ええ、教えてよー! それにその髪留めどうしたの」

「だから秘密ですって」

「意地悪! スーの意地悪!」

「はいはい。そろそろシチューができますよ」


 声にならない御姉様の歓喜の声。スーは高笑いを必死に堪えて、その微笑みを維持させた。


 たまにはこういう日もいいかもしれない。そう思って軽い気持ちでつけた髪留めだった。

 頭を久しぶりに撫でられる。スーはどこかくすぐったくて、笑ってしまう。勲章のおかげだろうか。子供は少しだけ好きになれそうだった。頭のモヤは晴れていた。


リサ「じゃーん! ということで子供になってみました。見てよ、この能力の無駄遣い。スー! これで、子供料金で交通機関に乗れる! それに視界が全然違う! ほらほら!」

スー「……」

リサ「ちょっと! どうして私を拝んでるの! しかも無言で!」

スー「……」

リサ「ちょっとくすぐったいくすぐったいくすぐったいから! あははははは!! やめ! やめろー!」


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