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雪降る聖夜に

 初雪が降ったのは、一週間ほど前。

 彼女がいなくなったのも、確かこんな時期だった。

 この時期になると、否応にも彼女のことを思い出してしまう。

 数年前までは、それこそ辛くて痛くて泣きそうになることばかりだった。

 だが、彼には全うしなければならない使命があった。

 彼女の忘れ形見を育てること。

 それが彼女が残し、彼に残された唯一の希望。

 だから、彼は彼女の思いに答えるべく懸命になった。


 そして月日は流れていく中で、

 拭いきれない傷痕は、雪に埋もれたように薄れていく――。




+ + + +




「……ふぅ」

 森崎健一もりさき けんいちは、コピーの束を選り分けながら溜息をついた。

 時刻は5時を少し過ぎたばかり。窓から見える外の景色は既に闇夜へと沈んでおり、街灯がぽぅっと淡い光を放っている。所々の光が点々と途切れるのは、雪が降って光を遮っているからだろう。

 健一は自分の机を見渡した。今自分が抱えている仕事を確認する。

 クリスマスの今日。年末も押し迫っているため、どの仕事もカツカツのスケジュールが組まれている。それを踏まえたうえで、現在彼が手持ちの仕事で至急のものは既に捌けている。残りの仕事もまだ若干の余裕があり、残業をしなくても明日以降頑張れば充分挽回できるものばかりだ。

「今日はこの辺にしとくか」

 そう独りごつと、彼は帰り支度を始める。周りの同僚を見渡せば、いまだ仕事にかじりついている者が大半だ。残業が常であり、勤勉な者こそが美徳とされる古い風習を受け継いでいるこの会社では、よく見られる光景だ。

 だが、今日はどうしても外せない用事があるのだ。

「部長、お先に失礼します」

「あぁ、森崎君もう上がるのかね?」

 禿頭の部長(56)が声を上げる。表情こそ変わってないが、声色には若干の非難が混じっている。周りがまだ仕事をしているのに、もう帰るというのかね? という無言の圧力を感じないわけでもないが、公的にはもう終業しているのだし、こちらにはわざわざ付き合い残業を断るまでの用事があるのだ。

 なので、健一は怯むことなく「はい」と端的に答えた。

「……うむ。それじゃ、また明日な」

 部長はそれでも表情を変えなかったが、若干眉間に皺が寄っていたのを、健一は見逃さない。指摘するつもりなど毛頭ないが。

 会社を出てみると、辺りは一面の銀世界だった。

 既に禿げも同然な街路樹に、煌々としている街頭に、歩行者が行きかう遊歩道に、雪が敷き詰められていた。

「寒い……」

 健一はマフラーを巻きなおす。彼は寒いのが嫌いだった。『苦手』なのではない、『嫌い』なのだ。嫌な過去を思い出そうとしてしまいそうで、とても好きになれそうにない。

 吐息を白く煙らせつつ、彼の足はとある場所に向かう。彼の通勤する会社から徒歩で十数分の距離にある、幼稚園である。




 ここには、健一の娘である綾音あやねが通っている。仕事が多忙で無人の家にも置いて置けない彼女は、健一が仕事に行っている間、ここに預けられている。

 既に園内に活気はなかった。それでも窓からは光が漏れており、自分たちのように仕事帰りの遅い親が子どもを長く待たせているのかもしれない。

「早く行ってやらないとは」

 その呟きは、娘のためではない。誰のためかといえば――

「すみません、森崎です。娘を引き取りに来ま」

「『なんでこんなものを地球に落とす!? これでは地球が寒くなって人が住めなくなる! 核の冬が来るぞ!』」

「え、えーと『地球に住む者は自分達のことしか考えていない。だから抹殺すると宣言した』」

「『人が人に罰を与えるなどと!』」

「『こ、この私が粛正しようというのだよ』」

「『エゴだよそれは!』」

 愛娘・綾音は某モビルスーツのプラモデルを片手に、保育士のお姉さんと何かを言い争っていた。そのお姉さんの手にもプラモデルがある。おおかた綾音に押し付けられ、暇つぶしの相手をさせられているのだろう。

 だが、お姉さんは自分が何を言っているのか理解できていないらしく、台詞にも熱が入っていない。対する綾音は情熱がそのボイスに乗って迸っている。

「……マイドーター。何してる」

「あっ、お父さんです。いつからいたですか?」

「たった今来た。で、お前は何をしてる?」

「逆シャ○ごっこです」

「へぇ……」

 健一は保育士のお姉さんを見た。子どもの無垢な願いを無下にできず、無茶な寸劇に付き合わされ彼女の表情はダムの決壊一歩手前だった。まぁ要するに、泣きそうだったわけだ。

 ──誰のために早く迎えに行こうと思っていたかといえば、無茶な遊びに突き合わされているだろう保育士のためであった。

「なぁ綾音。お父さんは5歳児相応な遊びをしてほしいと思うんだが、この親心はお節介か? 」

「エゴだよそれは!」

「あんまそーいう台詞は言うな。色々マズい。……とにかく、帰るぞ」

「はいです。それじゃ先生、また明日です。そのプラモはしばらくお貸しするので、しっかりと練習するです」

 お姉さんは苦笑いを浮かべつつ、また明日ねーと手を振ってくれた。だが健一は見逃さなかった。彼女の笑みが引きつっていたことに。

 何か新しい遊びを覚えさせよう。健一はそう誓った。




 綾音を幼稚園から連れ出した後、健一は予約した置いたケーキやオードブルや娘へのプレゼントを引き取ると、自宅へと戻った。

 父娘二人が住むのは、築20年の高層マンションである。つい数年前まではもう一人住人がいたのだが、今は健一と綾音の二人のみだ。

「ここのマンションも電飾とか豪勢だよな」

「すごいイミテーションです」

「いや、イルミネーションだろ」

「違うですお父さん。今目の前にある電飾その他諸々は普通はない施し、まやかしです。だからイミテーションで間違いないです」

「どこでそういう穿ったものの見方を覚えるのかね……」

 オートロックをカードで解除し、エントランスを抜けてエレベーターに乗る。二人の住む部屋は10階にあるため、健一くらいの歳(今年で30歳である)では階段を昇り降りするのは苦難である。

「お父さん。健康な身体作りのために私と一緒に階段を利用するです」

「お父さんがあと10歳若かったらな」

「認めたくないものだなぁ……。自分の若くないゆえの言い訳を」

「うるせぇ」

 ちなみに、この元気があり余っている愛娘はほぼ必ず階段を利用している。「若いうちは運動をしておくです」という、近頃の若者に聞かせてやりたい主張をしている。そんな彼女だが、まだ5歳児だ。

 10階に到着し、エレベーターから降りる。廊下を進んで自分たちの部屋の前に立つと、再びカードで扉の施錠を開ける。

 すると綾音はてこてこと先に扉をくぐり先に部屋に入ってしまう。だが健一はしばし立ち止まり、5秒ほどしたら再び扉を開ける。

「おかえりです」

「ただいま」

 このやり取りは、毎日必ず行なわれている。「挨拶は一日の基本です」と、綾音の提案で始まったものだ。その5歳児の柔軟で奇天烈な発想に、健一は当初驚愕と感嘆の念を抱いた。本来であれば 、二人で一緒に帰ってくるので「おかえり」などと言われることなどないのだ。

「あー寒い寒い寒いです」

 身を震わせながら部屋中の暖房を手早く入れる。そのてきぱきした様はどう見ても5歳児とは思いがたいが、どう事実を改ざんしたところで彼女は5歳であり、自分の娘なのである。

(あいつに似たのだろうか)

 そんなことを思ってしまう。事実、彼女がいなくなってから娘は変わったように見える。錯覚なのかもしれないが。

「お父さん、何をぼさっとしてるですか。早く夕食の準備をするです。綾音ちゃんは空腹のあまり抱腹絶倒です」

「それ、使い方違うぞ」

 娘に急かされ、夕食の支度を進める。ちなみに今夜のメニューは、鶏肉の炙り焼きにピリ辛メンマ、塩辛に白米、ノンアルコールシャンパンにチーズケーキと、かなりちぐはぐなメニューとなった。ちなみにこのセンスの悪いチョイスをしたのは、健一ではなく綾音である。彼女はおおよそ5歳児にふさわしくないような塩辛だったりメンマだったりが大好きなのだ。

「じゃあ、シャンパン注ぐぞ」

「はいです」

 父の手により、娘のグラスにシャンパンが注がれる。綾音はそのグラスを指で弾き、

「いい音色だろぉ?」

「音してねぇし。ってかそれが言いたかっただけだろ、お前」

 そんなこんなで、二人の少し変わったクリスマスの夕食が始まる。

 普段、健一は仕事の量にもよるものの、大体は6〜7時くらいに会社をあがることが多い。その間、当然ながら綾音は幼稚園にいることになるのだが、このクリスマスの日だけはきちんと二人でささやかな時間を味わいたかったのだ。

「さて、お父さん」

「なんだマイドーター」

「そろそろアレが欲しいです」

「アレってなんだ」

「その背後にあるドデカいブツです」

 言葉は平静であるも、その表情はもう辛抱ならんとばかりに輝いている。本当はもう少し引っ張りたかったのだが、娘にそんな顔をされては父としては意地悪をするわけにはいかない。

「ほら。クリスマスプレゼント。お前が欲しがってたPGパーフェクトグレードのZだ」

「おおぉ……」

 綾音は恍惚の表情でそれを受け取る。瞳は満天の星空のように煌き、頬は化粧を施したかのように淡く色づいている。彼女の某モビルスーツへの愛情が窺える。

「すごいですっ。普段の五倍以上のエネ○ギー○インですっ!」

「台詞のレパートリーが豊富だな、マイドーター」

 呆れとも羨望とも思える目線を娘へ向ける。なんだかんだ言いつつも、彼も父親だ。娘が可愛いのである。

「じゃあ、今夜はこれを組み立てながら床に着くです」

「早速作るのか」

「当然です。このプラモから『早く作ってくれ』と感○波を感じるです」

「お前、そのうち変なもん受信すんじゃねぇだろうな……?」

 父として、切実に娘の電波具合が気になる次第である。




+ + + +




 健一には、妻がいた。

 歳は彼より1つ下で、大学でちょっとした機会から知り合ったのがきっかけだった。

 少々オタク趣味があって夢見がちなところはあったが、見た目も性格も纏う雰囲気も、どれもが健一の理想に合っていた。

 二人が惹かれ合い、結婚し、子を成すまでは大した時間はかからなかった。

 そう、唐突の別れが訪れるのも大した時間はかからなかったのだ。

 妻が病魔に斃れた。原因は白血病だった。

 そもそも、彼女の身体が弱いことは健一も承知ではあった。

 だが、彼は覚悟などしていなかった。

 ドラマみたいに自分が残されてしまうなどと。

 娘も置いて逝ってしまうなどと。

 そんなベタで安直で安っぽい小説みたいなことが起こり得るはずなどないと、彼は愚かにも信じていた。

 だから、彼女がいなくなったときの落胆はひどいものだった。

 無気力などというのは生温い。

 屍、という表現ですら言い過ぎではないほど、彼の空虚ぶりは残酷なものだった。

 だがそれでも、彼は妻を追うなどという愚行へは走らなかった。

 娘が、いたからだ。

 妻は亡くなる直前に、健一へ託したのだ。

 私の分まで、綾音と幸せになってと。

 健一は、その約束を全うしようと誓った。

 いつの日か、妻に会うその時に胸を張れるように。




+ + + +




「う、……うあっ?」

 健一は身体の節々が痛むような感覚を覚え、のろのろと瞼を開くと、目の前に女性の顔があった。

「な、誰だよっ!?」

 彼はこたつから飛び出し、反射的に距離を開いた。寝る前までに呑んでいたアルコール分はあっという間に抜け、突然の侵入者に対する警戒心を身体中を漲らせる。

 窓は確かに閉めていたはずだ。寝付いてしまう前は、飲みなれないビールをこの部屋で飲んでいた。その時も鍵はかかっていたはずだ。なのに、自分以外の何者かがここにいる。

 泥棒か、強盗か。警察を呼ぶか、先に取り押さえるべきか。対処を頭の中で巡らせると、おどおどとした口調が飛んできた。

「あ、あのっ! 驚かせてすみません! 私、サンタクロースです!」

「……サンタ、だって?」

 健一は訝りながら、その侵入者を見やる。

 女性は厚手の手袋と赤地のワンピース、ケープを身に付けていた。所々に白いもこもこがついており、頭には三角帽子を被っている。街中で見かける、サンタのイメージそのものである。

 彼は驚愕に目を見開いた。サンタが実在したことにでは、ない。

紗江菜さえな……っ!?」

 亡くなった妻の名前が口から自然と漏れた。

 似ていたのだ。目の前にいる女性があまりにも。

「えっ、なんで私の名前知ってるんですか?」

「じゃ、本当に紗江菜なのか!?」

「はい、サンタクロースのサエナですけど……。どこかでお会いしたことありましたっけ?」

 その言葉に、熱くなっていた健一の頭は冷静になった。

 確かに似ている。名前も同じだ。だが目の前の女性が見せている困惑した表情が、彼の知っている妻のものとズレを感じさせる。。

「……悪い。知り合いに似てたもんでな、つい」

 謝罪した。故人を他人に見るなど、対象になった当人からすれば迷惑な話でしかない。

「そうだったんですか。びっくりしましたよ。私が入ったのに気づかれるし、名前も当てられるだなんて。もしかしたらエスパーかも、と思っちゃいました」

「エスパーなんてもんじゃねぇよ」

 そっぽを見ながらそう呟く。彼女の顔を見てしまうと、どうしても妻のことが頭をよぎってしまうからだ。

「それで、何の用だ?」

「何の用って、そりゃぁ私はサンタですから子どもさんにプレゼントを配って回ってたんですよー」

「どうやって入ってきた?」

「それは言えませんねー。企業秘密ってやつです」

「不法侵入じゃねぇか」

 思わず本音が漏れた。サエナはそれを聞いてからからと笑う。

「まぁ確かにそうですよね。でもホントは人に見られちゃダメなんですよ。通報されたらオシマイですから」

「じゃあ通報しようか?」

 健一がそう言ってみると、彼女は慌てた。

「そ、そそそそれは困ります! 上司に怒られます!」

「冗談だ」

 苦笑しつつ言う。そもそも「サンタが不法侵入してきた」などと言っても信じる人間などいないだろう。

「……こほんっ。で、ですね。こちらのお子さんは森崎綾音ちゃんですね」

 取り直すように、咳払いをして娘を名前を言い当ててきた。健一はほぉと頷く。

「やっぱ、サンタはそういうのを知ってんだな」

「個人情報保護法にひっかかるから、こういうこと知ってるのもホントはヤバいんですけどね」

「……サンタってさ、犯罪者集団なのか?」

 先ほどから「ホントはダメだ」などと言いつつ、不法侵入やら個人情報保護の無視などを普段からやってのけているらしいことが窺える。

「いや、仕事だから仕方ないんですよっ。仕方ないんですって!」

「分かった分かった」

 慌てる様を見て、健一は笑う。そして、やはりこのサエナというサンタは、死んだ妻に似ていると感じてしまう。

 でも、妻ではないことはもう間違いない。今話してみて感じたが、些細なところが妻と違う。そう思うのだ。

「ホントは誰にも気づかれないように置いてくつもりだったんですけどね……。せっかくですからお父さんから渡してあげてください」

「あぁ、分かった……ってデカいなこれ!」

「綾音ちゃんは某モビルスーツのプラモデルが好きと、情報にありましたので」

「あ、あぁ……間違いない」

 それにしても、デカい箱だ。大人の健一ですら「抱える」ぐらいの大きさはある。

「私はこういうの詳しくないんですけど、確かデビルとかなんとかの名前だったようですよ」

「デビル……。あぁ、なんかバカデカいモビルスーツがあるって以前聞いたことがあったな」

 今でも思い出すのだが、その巨大さに魅せられた綾音は辟易している健一へ興奮しながら熱弁を振るっていたことがあった。その時の表情の輝きは、嫌でも覚えている。

「随分とお話しちゃいましたね。では、私はお仕事に戻ります」

 健一へ背を向けて、窓へと歩み寄る。恐らく、これで彼女へ会うのは最後になるだろう。サンタに会うことなど、生きてる間に何度あるだろうか。

「……いや、ないな」

 そう独りごつ。彼女は妻の紗江菜でないことは分かっている。だが、それでも健一は彼女へ問うた。

「最後に、ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい。何でしょうか?」

 背を向けたまま、サエナが答えた。心なしか、その声質が緊張を帯びているように感じる。

「アンタ、夫とかっているか?」

 馬鹿な質問だということは分かっている。サンタが普通の人間とどう違うかは分からないが、彼女は妻とは別人なのだ。どういう答えが返ってきても、自分が納得などできるわけがない。

 果たして、サエナはこう答えた。

「いました」

 過去形だった。

「今はいないのか?」

「一年前に別れてしまいました」

「……なんでだ?」

「どうしても、一緒にいられなくなっちゃったんですよ」

「どうしても、か」

「はい、どうしても」

 明確な言葉を避けるように会話を続ける二人。はっきりと言う事はできないが、伝えたいことはある。この二人には、それがあるのだ。

「……そうか」

 健一は、やっとその一言のみを呟くことができた。

「それじゃ、ホントにそろそろ行きますね。長々と失礼しました」

 サエナは窓を開け、身を投げ出した。ふっ、と彼女の姿が視界から消え健一は慌てたが、その数秒後に下からトナカイを伴ったソリが浮上してきた。

「綾音ちゃんをよろしく、健一・・

「えっ……今何て」

 問いかけようとした矢先、窓から吹き込んだ雪が健一の視界を一瞬ホワイトアウトさせた。真っ白な視界の中で必死にサエナを探すも、視界が戻ったときにはサンタとソリの姿はなかった。

「…………アイツは、一体なんだったんだろう」

 呆然とそんなことを考えてしまう。寒風吹き荒む居間で、健一はただただ棒立ちするだけだった。




「むあぁっ。お父さんまだ起きてたですか?」

 居間のドアが開けられたかと思うと、綾音が寝ぼけ眼でやってきた。抱きかかえているのは某モビルスーツZのプラモデルである。就寝前に完成させてしまったのだろう。

「あ、あぁ……。どうした綾音、眠れないのか?」

「ちょっとおトイレと……、誰かの話し声が聞こえてきたですから」

 健一はバツの悪そうな顔になった。もしかしたら内容まで聞こえたのかもある。

「誰と喋ってたですか?」

「あー……。会社の同僚と」

「そうですか。……あれ、お父さん。それは何ですか?」

 綾音が指差したものは、サエナから預けられた綾音へのプレゼントだった。今の今まで、サエナのことばかりで頭がいっぱいで、自分がこれを抱えていたことにも気づかなかった。

「一人で晩酌してる時に、サンタさんが渡してやれって置いてった」

「……サンタさんです、かー」

 眠たげな瞳に訝るような光が宿るも、彼女は素直にプレゼントのでかい箱を受け取った。妙に賢しいこの愛娘は、サンタの存在を信じてはいないのだ。

 だが、箱を手にした瞬間。彼女の眠気は瞬時に醒め、目を見開いた。

「これはっ! 某モビルスーツのプラモです! しかもデビル! すごく大きいです!」

 興奮した口調で語る。その狂信じみた様子に、健一は少しばかり後ずさる。

「よ、喜んで貰えたんならサンタさんも喜んでるだろうな」

「とりあえずサンタさんに感謝するです。早速組み立てねば!」

「お子様はもう寝ろ! 明日しなさい明日!」

「興奮して眠れないです! このプラモから『早く作ってくれ』と感○波を感じるですから!」

「寝る前もそんなこと言ってたが、単なる妄想だ! いいから、今夜は、寝なさい! 俺ももう寝るから!」

 噛んで含めるような言い方で、やっと娘は渋々ながら父の言葉に従った。ひどくしょんぼりした様子で部屋に戻っていく綾音に、健一は何でもない風にひとつのことを訊いた。

「なぁ綾音」

「何ですか?」

「お母さんいなくて、寂しいか?」

 部屋のドアノブを握ったまま、綾音の動きが止まる。表情は伺えないが、何かを思案しているように見える。

「大丈夫です。お父さんや、保育士のお姉さんや、幼稚園の友達や、某モビルスーツがいるですから」

 綾音は、父の質問には直接答えずに「大丈夫」と言った。心配しないでくれ、という子どもながらの意思表示だったのだろう。

「……そうか」

「それじゃ、お休みです」

「あぁ、お休み」

 綾音の部屋のドアがパタンと閉められた。健一は居間に戻り、散らかったテーブルの片付ける。先ほど開け放った窓から入り込んだ寒風のせいで部屋中はひんやりとしてしまっており、身が竦む。

 彼は窓際に歩み寄り、空を見上げた。

 暗闇から降ってくる雪が街灯を反射し、さながら光が待っているように見える。こんな時間だからだろう、人気はほとんどなかった。

「来年も、来てくれるだろうな。紗江菜」

 あのサエナが妻の紗江菜と同一人物かどうかは分からない。だが、健一は根拠もなく確信していた。彼女は綾音の母で、自分の妻で、いなくなっていた紗江菜だと。

 傍にいなくとも、その存在がまだあったと分かっただけで、彼の心の奥底に突き刺さっていた頸木が抜け落ちた気分となった。

 久々に心地よく眠れそうだと、健一は思いながら窓を閉めた。

 お久しぶりです。また会いしたフミツキマサヒトです。

 今回はクリスマスにちなんだ短編を書いてみました。以前アップした「サバトの魔術師」とはかなり毛色が異なった作品になりましたが、いかがでしょうか?

 正直、こういう感じの作品は苦手なのですが、一時の暇つぶしにでもなってもらえれば幸いです。こんな娘がほしー、と思った方はぜひコメントをください(←関係ねぇ)。


 それでは、またお会いする機会がありましたら。

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