8話:ディルク製の弓
約束の三日後の朝
夜明けからまだ1時間も経っていない、起きている人はいるが、起きる人はいないとも言える程の早朝。空は青みがかるどころか、夜と言って過言ではない程の真っ暗。暖かい時期の筈だが、風も無いのに肌寒さが襲って来る。
「ジィさーん、生きてるかー」
そんな早朝に俺はフリージアを連れ添ってディルクのジィさんの作業場へ訪れる。中に入ってみると、ジィさんは居らず明かりは消され、物音一つ無い静かな少し寂しい感じがした。
何か変わった所が有るとすれば、積まれていた酒瓶が更に高く積まれていた。一般人が一年間に飲む程度と言えるほどの量だ。それを見て俺は察した。
「酒の飲み過ぎで死んだか」
「朝一番で人聞きの悪い事言わないの」
俺の閃きにフリージアが呆れたように言ってくる。確かに人聞きの悪いことかもしれない、だがこの酒瓶の量を見てみろ。明らかに常人が数日じゃ摂取していい量じゃない程の酒瓶がこの三日で追加されているじゃないか。普通の人間がこんな量を飲んだものなら、普通に中毒で死んでしまう。
「やっぱりあんな年寄りに弓を造ってくれだなんて言っちゃ駄目だったんだ。もう体がガタガタで槌どころか酒瓶すら握れない、造れて鍋の蓋程度のひ弱なおじいちゃんに―――ヘブッ!?」
ジィさんへの手向けにと、自分の後悔を語っている途中で、俺の顔面に何か途轍もなく硬く、大きい物体が飛来して直撃した。俺はそのあまりの威力に吹き飛ばされる。その時、フリージアはちゃっかり半身にズラして吹き束される俺を避けている。
吹き飛ばされて倒れる俺の耳に、部屋の奥からノシノシと遅く重い足取りが聞こえた
「誰がガタガタのひ弱なおじいちゃんだ。後二十年は現役でいけるわ」
「おはよう、ディルクさん」
「おう」
フリージアの挨拶に答えるも、その表情はとても眠そうで機嫌が悪そうだ。目が細くなって、声も普段より低く聞こえる。ただでさえ輩のような人間が、まさに輩とも言える姿になってしまっている。
俺は投げられた槌を拾いジィさんに向かって投げるが、ジィさんは特に驚きもせずに普通に受け取った。
ケッ、当たってしまえば良かったのに。
「こんな槌で暴力事件起こせるなら当分は生きてそうだな」
「それを顔面にモロで受けて怪我一つしないお前さんは、逆にどうやって死ぬかが気になるところだ」
「腹上死」
「その前に儂が腹掻っ捌いた方が早いぞ」
そう言いながら近くに置いてあった鉈を手に持ち、俺に見せ付けてくる。
怖い、怖いよ。今のジィさんを見た子供はこれからの人生最大のトラウマを植えつけられ、毎晩枕元にこのジィさんが現れる悪夢を見る事になるだろう。
それにしてもこのジィさんの態度と見た目で言うと冗談に聞こえない。ここで頑固ジジィと言ったものならその鉈で襲い掛かって来そうだ。まったく、フリージアの様な可愛らしい冗談は言えんのか
「確かに儂は朝に来いとは言ったが、こんな日も昇りきってない朝か夜かも分かり難い時間に来いとは言ってはおらんぞ。作り終えたのもほんの少し前で、ようやく眠りにつけると思った所で叩き起こしよってからに」
「俺は朝早くから隣町に行って目的地行きの馬車に乗らなきゃならないからしょうがない。そう、仕事だからしょうがない」
「本音は?」
「朝に来いって言われたけど、どれ位の時間帯の朝なのか言われてなかった。だったら夜ギリギリの朝に言ったらジィさんがどんな反応するか楽しみだった」
「有罪」
「あぶねッ!?」
今度は槌ではなく、鉈で攻撃をしかけてきやがった。寝起きの老人のものとは思えないほどの速さで鉈を力いっぱい振り下ろしてきたのを、驚きながらも半身で回避する。素人の人間なら、気づくだけで身動き一つできず鉈で体を真っ二つになっただろう。あれを直撃したら流石の俺も重症どころか、致命傷だ。
俺は戦闘態勢をとるように、後ろへ下がり腰を落として次の攻撃へ備える
「おい、このジジィ客に向かって鉈振り下ろしてきやがったぞ。どんな頭したらそんな短絡的で凶悪的な行動が出来るんだ!暴力でしか訴える事は出来ないのか、この脳筋野朗ッ!!」
「全てが自分に倍になって跳ね返っている事を自覚しろ」
「智謀溢れる俺が脳筋だと?おいおい馬鹿を言うな、冗談はその顔だけにしてくれ」
「冗談はその頭の出来だけにしてくれ」
ジィさんが何を言っているかまったく分からない。この俺が脳筋で頭の出来が残念だと?寝起きのジジィは目つきだけじゃなくて頭も悪くなるらしい。
喧嘩を売られたら買わないと逆に失礼というもの。アドルフさんに掛かればこんなジィさん一捻りだ、そう思いながら更に腰を落として今にも襲い掛かろうとした瞬間。
トントン
「ん?」
後ろから肩を叩かれた。
俺の後ろに居るのはフリージアのみ。何かあったのか?と疑問を抱いて後ろを振り向いたら、木目の様なものが視界一杯に映っていた。次の瞬間、バキッ!!という音と痛みが自分の目元から響いた
「あぁ目がッ!!目がぁぁァァッ!!!」
「アンタに任せていたら話が進まないから黙ってなさい」
「……同情の意すら湧かない程に哀れだな、貴様は」
「すまないね、こんな朝早くに。私は止めた方が言いと再三注意したんだけど……」
「大丈夫だ、もう怒りを忘れるには十分。寧ろ釣りが出るくらいの光景を見してくれたからな」
フリージアはその場にあった細長い木材で、ピンポイントに俺の目元に攻撃を仕掛けてきた。威力が強かったのだろうか、木材は耐えられなくなり、彼女が持っている根元から上はジィさんの作業場の奥まで吹き飛んでいった。流石の俺も眼は鍛えられる訳もなく、あまりの痛みに打たれた地面を転げまわる。
朝早く起こされただけのジィさんと、目にピンポイントに攻撃を受けた俺。明らかに俺の方が被害甚大にも関わらず、俺では無くジィさんに謝罪をするフリージア。
なんとも理不尽な流れだ。だが、俺は知っている。ここで問いただしたら、『右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさい』並みに平然ともう一度攻撃を喰らわされると。
痛い眼球を抑えながら、立ち上がり話を戻す。
「それで、先日頼んだ弓の件は?」
「出来ているに決まっているだろうが。儂は自分で決めたことは何があってもやり遂げる。例えそれがどんな馬鹿の馬鹿みたいな内容でもな。分かったか馬鹿」
「だってよ、馬鹿」
「次は刺そうかしら……」
……どこに何を刺すつもりなのでしょうか?
手に持った木材の折れた剣山の様になっている先端を見ながら、恐怖を覚える言葉を呟く姿に思わず真顔になってしまう。助けて貰う為にジィさんへアイコンタクトで必死に『早く話を進めてくれ。刺される』と送るが、奴は首を横に振って中指をたててきた。この野朗、こっちは必死だってのにふざけやがって。その指へし折ってやろうか。
「痴話喧嘩をこんな朝っぱらから儂に見せ付けるな、鬱陶しくて敵わん。ほれ、これがお前さんの頼んだ弓だ」
「おっと」
「ち、痴話喧嘩だなんて……」
軽く怒気を含んだ声を出しながら乱暴に此方へ弓を投げつけてくる。俺はそれを片手で受け止めて、少し掲げるようにして全体を眺める。成りの部分は塗装すらされていなく、素材のままの木目が出ているが、触れてみるとしっかり仕上げられてくれているのか、まるで鉄を触れているかの様な滑り心地。見てくれはまさに初心者丸出しの弓だが、こうやって触れてみると職人が仕上げてくれたのが分かる。
弓に感心している俺の後ろからずっと視線が送られているのが気になり、後ろを振り向くとフリージアが少し頬を染めて此方を見てきていた。
何故頬を染めているかは分からないが、此方に目を向けているなら手渡された弓が気になるのかと思い、彼女の方に差し出す。
「どうした、この弓が気になるのか?」
「っ……ッ!なんでもないわよッ!この不感症ッ!!」
「なぜにッ!?」
聞いた途端に行き成り、あまりに不名誉な称号と共に後ろから脹脛に強烈なローキックを喰らわせられた。俺が痛がりながら脹脛をさすっているが、フリージアは謝る様子様子は無く、寧ろ怒りが収まらない様子。フリージアはそのまま、この男はッ!と小さい声で言いながら後ろへ下がり、腕を組んで壁にもたれ掛かる。
俺は未だに痛みが治まらない脹脛をさすりながら、頭の中で?を浮かべることしか出来なかった
「なんだってんだ……」
「お前さんが馬に蹴り殺されれば全てが丸く収まるんだがな」
「なめるな、この最強無敵なアドルフさんには馬に蹴られる程度じゃ、俺に傷一つすら与えることは出来ない。やるんだったら十万は持って来い。」
「お前さんを殺すより、馬十万匹を収納させる場所を探す方が面倒だ。いいから弓を見ろ弓を」
「十分に見せて貰ったよ。まさに頼んだ通り見事な安物の仕上がりだな。まるで子供が夏休みにお父さんと仲良く一緒に作った様な出来だ」
「貴様を熔鉱炉に突き落としたい衝動に駆られるが、否定は出来んのが悔しいところだ。儂とてこんな上物をこんな安物の見た目に仕上げて渡すなど本来は断るところなのだぞ。その程度の出来は鍛冶屋の初心者中の初心者が練習で作る物だ」
「感謝しています」
「お前さんの薄っぺらい感謝の言葉などいらん。酒を寄越せ、酒を」
「アンタには人を思いやるという感情がないのか」
「そんな大層なモノをお前さんにやるくらいならツチノコに喰わせた方がまだマシだ」
え、なに?アンタ等ツチノコを使って俺を貶すのが流行にでもなってるの?今時居ないよ、ツチノコを例えに出す奴。仮想動物に何かを与えるのに、今目の前に存在している俺にくれるのを何故躊躇うのだろうか。この二人が俺にくれるなんて、今回の弓を抜かせば大体鈍器か拳くらいだ。体の頑丈さに信頼がある分、この二人は一般人だと殺人事件に成り得る攻撃を容赦無く振るってくるのだ。
反論すると、違う攻撃をもう一度振るってくるので理不尽すぎて諦めるしかない、この悲しい現実。
そう悲壮感に苛まれながらも、投げ付けられた作りたての弓を試し引きしてみる。腕を脱力した手で引いてみるがそれだけでは動かないので、力の段階を上げて試すことに。2割程度の力を込めると矢が何とか打てる程度にまで引け、5割程度の力で弓の限界程度にまで持っていけた。
今自分が引いた力で矢を放てば、どれ程の威力を生むかは大体で想像ができる。やはり初心者の弓は話にならなかったと同時に、ジィさんに任せて正解だったと実感した
「なかなか……良い硬さだ」
「本当に難なく引きよったわ、この化け物が。そんな弓を使おうとするのは、どこの国で探してもお前さん位だ」
「そんなに酷いの?」
フリージアの問いに、ジィさんは待ってましたと言わんばかりに俺に対して募らせていた不満を言葉に乗せてぶつけてくる。
「酷いなんてものじゃない、普通魔物相手で弓を使うなら威力より速射を重視する。何故なら弓は他の武器に比べたら明らかに威力が弱いからだ。少し硬くする程度の付け焼刃をしたところで大した意味は無い、だから威力は必要最低限に抑えて一撃一撃を急所へと絶え間なく打ち続けて敵の動きを止めて仕留める。それが本来あるべき弓使いの姿だ。それをこの馬鹿は無視して儂でも引けんような馬鹿みたいな威力の弓を作らせたのだ。速射に時間が掛かる弓を作ろうなど、自殺行為に等しい事だ。基本弓を使う人間は接近戦が得意とせず、最低限の接近戦の技術しか習得しておらんから敵に近づかれたら命取りになる。まぁ、この馬鹿には残念ながら関係無いがな」
「馬鹿馬鹿言い過ぎだ馬鹿」
「馬鹿は馬鹿だ馬鹿。馬鹿を認めろ馬鹿」
互いに胸倉を掴む勢いでガタッと立ち上がったが、後ろでフリージアが無表情で折れた木の棒を掌でトントンと叩いてるのを見て、手を出した瞬間刺されると感じ、睨みつけて中指をたてるまでに止まった。
これは決してフリージアが怖いからじゃない。手を出すと相手側が傷ついてしまい可哀想だという大人としての思いやりあってこその行動なのだ(中指たてながら)。
数秒の間、睨み合ったがこのままでは話が進まないと思い、互いに打ち切り定位置に座り込む。
「さっきから大げさに言ってっけど、俺はもう少し硬くても問題は無いぞ」
「問題なのはお前さんの頭だ。今の状態でも威力は桁違い、これ以上の威力は正直無駄だぞ」
「バッカ、考えてみろジィさん。もし獲物が岩陰に隠れたらどうすんだよ。威力が弱かったら手の出しようが無くなるだろ」
「待て、そこは待て。弓を使うなら辛抱強く待て」
「岩陰に隠れたから岩ごと貫通させるなんて考え普通誰もしないわよ」
「ふっ、貧弱共め」
「頭が致命的な貴方に言われたくないわ」
これが智謀溢れる俺と凡才の人間の違いか。物陰に隠れた敵を物ごと貫通してしまえばこれ程効率的な事は無い。この弓を携えた俺はまさに死角無しと言って過言ではないだろう。これをしない出来ないは非力な人間の証拠だ。そう上から目線で誇らしく見ていると、何故か二人は同じような哀れむような表情を俺へと向けてくる。フリージアに向けられると何か目覚めてしまうような感覚に陥りそうになるが、隣の老人が同じ表情をしているのを見ると、一瞬で冷めてしまった。
「せっかくなんで、私にも一度引かせて貰っても良い?」
「別にいいが」
「やめとけ、儂でも少し引くのがやっとなんだ。嬢ちゃんじゃビクともせんぞ」
「まぁ良いじゃんか、別に減るもんじゃあるまいし。暇つぶしくらいさせてくれよ、この村に娯楽なんてないんだから」
「人を朝早くに叩き起こしに来て、長居してまで暇を潰すんじゃない。さっさと用件を済ませて帰れ。そして儂を早く寝させんか」
そう言いながら、弦の部分に布を巻いてフリージアに弓を手渡す。俺の様に皮の分厚い手と違って、彼女の綺麗で繊細な手であの細く固い弦を素手のままで引くとなると、痛めてしまうかもしれない。
フリージアはありがとうございます、と礼を言い弓を受け取り、力を入れる為に少し足幅を広げて小さく息を息を吐き、力を入れる
「ふっ!」
初発、やはり予想通りまったくと言っていい程に動いていない。まぁ想定内以外の何ものでもないので特に驚くことも無い。ここで少しでも引けたものなら、逆にフリージアの腕力と同列となるジィさんの体が心配になってくる。フリージアの細すぎる腕の3.4倍もある腕が同列となると、その太い腕の中身は何が詰まってるのかと言いたくなってしまう。酒の飲みすぎでジィさんの血管に通うのは血ではなく酒なのかもしれない。腕に針でも刺せばそこから酒でも溢れ出てきても納得してしまうのが怖い。
「くぅ……ッ!!」
「………………」
俺は視線を彼女の全体ではなく、一点に集中させる。色々と体勢を変える彼女。そして、それによって弓に押し付けられる事によって形が変わる胸と胸、そして胸。
最初のうちは必死に挑戦する彼女の姿を応援するような目線で見ていたが、今ではもう下心のみの目線でしか彼女を見ていない。だって仕方が無いじゃない?こんな至近距離で大きな胸がこんなにも暴れられると、男としては見るしかない。
何かに必死に耐える様な表情、体温が上がり紅く染まる頬、艶のある肌に流れる汗、身じろぐスタイルの良い身体。そして、空気を吸い込むと少しほのかに香る彼女の花の様に清らかな香り。
「かたぃ……ッ!」
「おっと」
トドメとも言える今の何とも言えない艶のあるフリージアの言葉に思わず下腹部が熱くなるのを感じ、ヤバイと感じた俺はすぐに目線を横に移しジィさんを見る。
俺を冷めた目で見てくる表情に濁った目、酒の呑み過ぎで全体的に赤くなったデカイ顔、皺まみれの肌に乱雑で生えまくった髭に髪、鍛冶によって鍛え抜かれた盛り上がった全身筋肉ダルマな身体。そして、空気を吸い込むと俺の鼻を襲う汗の臭いと加齢臭。
「ウ……ッ!」
ヤバイ。興奮をなんとか打ち消そうとジィさんをじっくりと見たのだが、あまりの汚さに吐き気を催してきた。昨日消化し切れなかった夕食が喉元まで押し寄せてきやがった。
「気持ち゛わりぃ」
「なんだ、突然人様の顔を見て。酒の匂いにでもやられたか、貧弱小僧」
「ジィさんの汚ぇ面と、臭ぇ汗と加齢臭にやられたんだよ。分かったかご老体」
フリージア弓を引くことに集中している今がチャンスだと思い、互いに近場にあった木材を手に取る。この時、俺よりジィさんの方が数倍太い木材を手に取ったことに気づき後悔したが、今更引き返せないと思い諦める。そして次の瞬間、相手の頭に思いっきり叩きつける。お互いの全力の一撃に耐え切れなかった木材はバキッ!と叩きつけられた所からへし折れて宙へ舞う。両者、あまりの痛みに頭を抑えて蹲る。
丁度良いタイミングでフリージアの挑戦が終わり、荒い呼吸で此方に弓を返してくる
「はぁ…っ、はぁ…っ。な、なんだい、この弓っ。本当にまったく動かないんだけどッ」
「だから言ったろ、嬢ちゃんに引ける訳が無いと……」
「そんな言うほど硬いとは思わないんだがな……」
「……なんで二人が疲れてるのよ」
蹲りながら返答する俺達にフリージアが不審者を見るような目で見てくる。コイツと一緒にしないでくれ、そう反論したいが互いに頭部に喰らった痛みがまだ響いているのでその蔑んだ視線を甘んじて受けるしかなかった。
少し痛みが引いてきて、互いに何とか立ち上がるとフリージアは溜め息をつきながら言う。
「アドルフは栄養を筋肉だけじゃなく、少しでも頭の方に行って入ればまともな人間になれるとは思うんだけど」
「ははは、言い方が可笑しいぞフリージア。それじゃぁまるで俺の頭には栄養が全く行っていない様に聞こえるぞ」
「そういえばディルクさん、先程から気になっていたんだけど貴方の後ろにある一回り小さい弓はなに?」
「これか?これはおまけだ。余った素材を使ってな。この短弓なら長弓よりは使い勝手が良いと思ってな」
「長弓?」
「さっき渡した弓の事だ。長弓は威力が高い代わりに、モノが大きく引くのに力が必要で速射に時間が掛かる。だが、この短弓は威力は下がるが、長弓に比べて力も弱く済んで速射が段違いだ。なんせ弦が短いという事は単純に引くまでの時間が短くなるという事だからな」
あれ?聞こえなかったのだろうか?まるで俺が居ないかのように会話を続ける二人を不思議に思いながら、気づいて貰おうと間に割ってはいるが二人はまったく反応せずにいる。分かるだろうか?ジィさんに目線を向けるフリージアの視線に入り込むのだが、向けられているはずなのに彼女の視線は俺を見ていないかの様な虚しさ。若干視線が冷めているのは、俺の気のせいなのだろうか?
「フリージアさん?さっきの話聞いてました?俺って頭――――」
「弓返させてもらうわ」
「え、あ、ありがとう御座います。それでさっきの話なんだけど――――」
「見てみなさいアドルフ。綺麗なお星様が」
「――――いや、汚ねぇ天井しか見えねぇぞ」
「良く言った、ならばもっと間近で見て感じた方がいいな」
ジィさんの言葉と共に俺の体をデカイ両手ががっちり掴み、固定させる。俺はあまりにも唐突な事に「ぇ?」と小さい声を漏らす事しか出来なかった。次の瞬間、まるで上空へ打ち上げられる様な浮遊感と風を切る感覚を全身が襲って来て
「―――へぶッ!」
首から下を残して、その汚い天井を突き破って宙に浮かされるのだった