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欲望の赴くがままに  作者: えっひょい
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7話:鍛冶屋の首領

額を使用することを未だに納得していないが、女性に物を持たせるという事は気が引けるので俺が額を肩に担ぎ、反対の手に『岩石蜘蛛の糸』を巻きつけている棒を持って移動している

目的地は、俺達は勿論の事、村人の皆も行き慣れた鍛冶屋だ。日常で使われている鍋や包丁、壺や皿などの鉄製品だけでなく様々な物を作ってもらえる所だ。物で困れば大体その鍛冶屋に行けばどうにかなると言っても過言ではない程だ。

歩いて数分で見えてきたのは、他の建てられている家より大きく、煙突から煙が常時出ている石造りの部分が見える一軒家だ


「すみませーん、ディルクさーん」


ドアは無い為、開いた入り口から覗き込むようにしながらフリージアが店主のディルクという人物を呼び出すが返事が無い。朝ということもあってなんども呼ぶのも常識的に考えてあまりよろしくないのかと思いもう一度呼びかけるのに戸惑うフリージア。

だが、俺とディルクの仲なら多少の迷惑なんてなんのその。俺は迷わずフリージアの代わりにもう一度呼びかける。


「ジジィー、生きてるなら返事しろー。生きてないなら家ごと火葬するぞー」


優しく言葉を掛けるが返事は無し。再び静寂だけが残るだけだった。

そうか、返事は無しか。なら仕方がない。


「くっ断腸の思いだが、笑顔で見送ってやろう」


悲しい感情を抱きながら奴とのこれまでの思い出を思い返しながら、やはりロクな奴ではなかったという結論に居たり、手っ取り早く済ませようと近くにあった飲み残しであろう瓶の中の酒を玄関に振りまき着火前の準備を終える。奴の酒はどれもが度数が高い為、火種が付けばすぐに燃え広がるだろう。

後は着火させる為の火種を用意するのだが、周りを見渡す限り火種になりそうなものはない。


「なぁ、火種になりそうなものとか持ってるか?」

「私は持ってないけど、そこにある鉄やすり使えばいいんじゃない?」

「これか」


後は適当な石でも見つければ完璧だ。少し尖ったような石は無いかと探していると「これなんて良いんじゃない?」と、使いやすそうな石を見つけてきてくれた。よしと意気込みをし、座り込んで撒いた酒の上で鉄やすりと石をぶつける。

カチカチとぶつけて火花を出そうとするのだが、あまり上手くいかない。


「もっと地面に近づけて角度もつけてみたら?」

「こうか?」

「そうそう。そんな感じでもう一回」


そう言われもう一度叩こうと手を上げた瞬間


「何やっとるだ貴様ァ!!」


ドスの効いた大声と共に俺に向かって一直線に飛来物が来るのを察知。俺は手に持っていた鉄やすりで迎え撃ち、ガキィンッ!!と金属同士がぶつかる甲高い音が鳴る事もなく、ぶつかった瞬間に鉄やすりが根元からポッキリと折れて見事にそのまま顔面に直撃。


「ヘブッ!」


投げられるのはきっと軽いものだとふんで鉄やすりで防ぎきれるものだと思っていたから受け身など取れる訳もなく、そのまま後方へと吹き飛ばされる。衝撃からして60kgは下らない重量をした物を投げられたのが分かる。


「また貴様かアドルフ」


出てきたのは半袖短パンの身長190近くある老輩の男性

老輩という割には、全身は鍛えられた筋肉で盛り上がっており体が弱っているなど微塵も思わせない体つき。多分そこらの若い男が戦いを挑んでも一撃で返り討ちされて終わるのではないであろうか。

髪は長めで布を帽子の様に被り後ろへ流し、髭は長くあまり綺麗に纏めておらず正直ボサボサとした状態で、その髪と髭両方とも白色。

顔は皺が多いが、それよりも目を引くのが常時険しい表情にキツイ目つき。気難しい人間だという事を感じさせる印象だ。俺も初見は何故俺はこんなにも怒られているのだろうと思ってしまったほどだ。もうそれなりの付き合いがあるので、彼が悪い人間ではないのは分かっているので、あまり気にしていない。


そのジジィを睨みながら視線を横にずらすと、そこには俺の顔面に直撃したであろうものが転がっていた。

鉄の塊で屈強の男がなんとか一人で持ち上がれるであろうレベルの重量をしていて、想定していた60kgの倍は軽く超えているだろう。

鉄やすりが折れたってしょうがないじゃないか。常識的に考えてこの重量を躊躇なく投げる人間なんて居るとは思わないじゃないか。


「あ、ディルクさん」

「テメェ客にこんなモン投げつけるなんてどんな店だ!常識ってのが無ぇのか!!」

「人の店を燃やそうとする奴は客じゃなくて放火魔って言うんだよ。放火魔に常識なんて問われたかねぇな」

「俺の優しさが分からないなんて。残念な奴だ」

「人の店燃やす優しさなんて世界のどこ探しても見つかるわけないだろ」

「それはお前の視野が狭いから分からないんだ」

「そうか、なら教えて貰ったお礼にもっと視野が広がるように瞼切り裂いてやろうか?」

「やってみろジジィ。こっちはテメェの臭ぇ加齢臭抑える為に全身に焼き印押してやるよ」


互いにガンのくれ合いをして一触即発の雰囲気を醸し出していると


パンッ!


という小気味良い音が狭い部屋に響いた。俺たちは互いに何の音だと思い。音源であろう方向を見るとフリージアが手を合わせていたところを察するに、手を叩いて音を鳴らしたのだろう。


『・・・・・・・』


あまりに唐突なフリージアの行動に俺たちは何を言ってくるのかと互いに胸倉をつかみ合いながら固まって黙っていると


「さて、弓を作って貰いたいんですけど良いですか?もちろん素材はこっちで用意してあります」


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


「え、なに放火の件さらっと流して本題入ろうとしてんだよ。嬢ちゃんまで頭のネジぶっ飛んでたら朝起きの俺にはもう収拾がつけられんぞ」

「何事も話を簡潔にという言葉があって」

「あるけども、いやあるけどもだ。それを使っていいのはもっと緩い時だ。少なくとも放火未遂の加害者側が使っていいことじゃない。あと、お前さんもさっきアドルフと一緒になって火を着けるの手伝ってたろ」

「いえ、手伝ってはいないわ。ただ聞かれたことを答えただけよ」

「お前さん本当にこの馬鹿に似てきたな、最初の頃はもっと素直だったろ」

「とりあえず俺の要望として威力はーーーー」

「お前はマジ一回隔離病棟にでも突っ込まれた方がいい。素面でそれならもう正気の沙汰じゃない」


俺がフリージアに乗っかって話始めたらいきなり罵詈雑言の嵐。あまりの酷さに温厚な俺もショックで反撃せざるおえない。


「せっかくフリージアが本題に戻そうとしてんのに茶々入れるんじゃないよ」

「手叩いて数秒前の現行の犯罪帳消しとか、そこらの監獄の方がまだ治安がいいぞ」

「監獄のことが分かるなんて流石極悪面、経験者は語るってか?」

「想像だよ、想像。普通は聞いたら大体想像で言ってるって分かんだよ。これだから知能指数低い奴はいけねぇな」

「なに無理して知能指数とか難しい言葉使ってんだよ。顔面指数が低い極悪面が何言っても響きゃしねぇな」

「俺の顔面指数が低い訳ねぇだろ。若い頃は俺の周りには絶えず女が周りに居たもんだよ。少なくともお前よりは女経験は豊富だったよ」

「昔の時代は醜い奴の方がモテたんだな。良かったじゃねぇか、お前に合った時代で」

「あ゛あぁ!?」

「んだやんのかジジィ!?」


再び胸倉を掴み言い争いし始める。やはりこのジジィには一度自分の老いと立場というものを分からせることが必要なのだろう。一段落できるまで待ってろとフリージアに言おうとしたら、時間が掛かると察したのか既に腰掛けに座り本を読みながら保存食を食べていた。

え?何それ食べたい。




 ◇




その後30分程喧嘩をしていると、しびれを切らしたフリージアが俺たち二人に拳骨を喰らわせて終了となった。俺はすぐに黙ったのだが、何か納得がいかなかったのか口答えをしたディルクがもう一度拳骨を喰らい、もう抵抗することは無駄だと気付き、言われるがままに二人して正座されて今に至っている。


「それで弓だったか?また珍しいモンを注文するな。嬢ちゃんが狩りにでも行くのか?」

「なんで受付嬢が狩りに行くんだよ。俺だよ俺」

「お前が弓を?裸一丁で魔物の巣に一人突っ込ませても問題無い筋肉バカがか?なんともつまらん冗談だ。性欲拗らせて気でも狂ったか」

「どんだけ欲求不満なんだよ」


まぁ否定しないが


「色々あってな、何時もの防具で行けなくなったんだよ。防具はギルドの初心者向けを借りる事にして、武器も一緒に借りようと思ったんだが、強く握っただけで握った所が砕けちまってな、素材は腐るほどあるからな、作って貰おうと」

「どんな経緯でそうなったかは分からんが…まぁそれを寄越してみ」


俺に手を差し出してくるので、俺が今持っている弓の素材二つを手渡す。すると、ディルクのジジィはその二つを品定めする様に様々な角度で覗き見るようにして見ている。

少しすると、受け取った二つの素材を近くにある棚に載せて、その二つを見ながら顎に手をやりながら「ふむ……」と言葉を漏らす


「これまた随分と上物を持って来たもんだ。王都でも高級店位でしか扱わないレベルのモンだ」

「分かるのか?」

「現役引退間近でも、昔は王都で鍛冶屋やってだんだ。素材の大体の事は見れば十分分かるわ」


このジジィは今でこそこんな辺境地の村で細々と小さい鍛冶屋をやっているが、若い頃は王都でもそれなりの名の通った鍛冶屋だったらしい。それも弟子も何十人も居た程の大きい鍛冶屋だ。

今でもその弟子達は王都でせっせと働いているらしい。

何故そんな人物がこんな辺境地に来たのかは分からないが、まぁ疲れでも癒しに来たのだろう。この村は暇だが隠居生活にはもってこいの場所だ


「これを元に弓を作ればいいのか?当分は用事も無いから今からでも取り掛かれるが」

「あぁ。それと外見は素材のまんま。見た目は初心者丸出しの安物な感じで頼みたい」

「これ程の素材を使って安物同然の見た目にするのか?それは随分と可笑しな注文をするな」

「やっぱり可笑しいか?」

「王都でもそんな注文をした人間は聞いた事が無い。逆に大した事も無い素材を持って来て見た目だけ豪勢にしてくれという奴は何人も居たがな」

「それはなんともまぁ……」


フリージアが堪らず声を漏らす

情けない話だと吐き捨てられる話だが、正直分からない訳では無い。男というは意地を張りたくなる生物だ。駆け出しの奴が周りに少しでも大きい男だと思われたいと考えてでの行動なのだろう。

強い武器なんて買える金なんて有る訳が無い。だが、どうしても強く見せようと性能は劣っていてもせめて装飾なりを色々と豪華にしようと。

俺は武器要らないからそんな事に悩んだことはないけどな


「儂は持って来た物に見合った人間にしか見合った装飾をしないと決めている。ド素人がただの棒切れ持って来て装飾だけでも強そうに見せてくれなどと喧嘩を売りに来たと同意義よ。依頼内容を無視して分相応の初心者武器を作ってやったわ」


依頼された通りの物を作るというのが原則の商売人として、それはどうなのだろうか?

やめたげてよ。その子だってきっと目立とうと必死に考えた結果が武器だったのに、いざ注文したら初心者を渡されたなんて悲しすぎる。注文するまできっとドキドキで明るい未来を想像していた筈だろう。

だが、手元に来たのは初心者武器。もう目も当てられないよ。


「なら見合った人間ってのは?」

「禄に外に出て狩りもした事が無い貴族の小僧が親の金で買って貰った素材をまるで自分が取ってきた様に自慢して加工してくれなどとほざきよった。ボンボンな小僧は接近戦なんてする度胸ないんだろうな、丁度お前さんと同じ様に高級な弓の素材を持って来た」

「それで?」

「もう嫌な予感しかしないんだけど……」


言うんじゃないよ。聞き返した俺ですらそう感じているんだから。

だが、相手が貴族ならこの男とてそう下手な手を打つことは無いだろう。貴族と事を構えたらやっかいな事、この上ないだろうからな。


「木を丸棒に加工してそのまま小僧に叩きつけてやったわ」


どこの暴力事件でしょうか?


「貴族相手に何やってんだよ……。絶対なんかあっただろ?まさか、それで追放されてこの村に流れ着いたとかなのか?」

「ん?問題なぞ起きとらんぞ。貴族の小僧怒って泣き付いて、親が話に来たが少し話すと怯えて逆に慌てて帰って行ったわ。ここに居るのは理由は単に次世代の者に任せて、隠居しにきただけだ」

「まさか脅したんじゃ……」

「嬢ちゃんまで儂をそんな目で見るでない。儂の鍛冶屋は王都でもそれなりに幅を利かせる程度の位置にはあ。皆が知っている程の有名な奴や、貴族の中にウチの鍛冶屋に注文する常連客は多い程にな。最初は話し合いのときに、打って出てやろうと思ったんだが、その話を聞いて出て行ったんだ」

「きっと常連客からの報復が怖かったんだろうな……」

「脅しより質が悪いじゃないですか」


幅を利かせるという発言自体が、そっち側の人間にしか聞こえないのは俺だけだろうか。ジジィが昔は王都で、それなりの地位に立っていたとは聞いていたが、貴族相手にそんな態度を取れる程にあったというのは驚きだ。

見た目は明らかに(やから)のそれなのに。鍛冶屋の頭というよりも、(やから)共の頭領(ドン)といわれた方が納得。いや、当て嵌まり過ぎて怖い位だ。

そう考えてると、フリージアが俺とジジィの二人を呆れるように見てきていた。


「なんだい、ここに居る人間は暴力や脅しでしか物事を解決できないんですか?」


その言葉に俺とジジィは思わず立ち上がる。今俺が浮かべている表情は鏡を見なくても分かった。きっと目の前で信じられない事を聞いたような驚愕した表情を浮かべるジジィと同じのものだろう。


「それは自分も含まれているのか?」

「含んでる訳無いじゃない。私は頭や口を使って物事を解決する人間であって、貴方達みたいに暴力なんて振るうなんて粗暴な手段は使わないわ」

「……おいアドルフ。この嬢ちゃんの過去の記憶は消えたのか?」

「フリージアは時々ド忘れするらしい」

「そんな悪意あるド忘れされたこっちはたまったもんじゃないな」


堪ったもんじゃないと言いたそうな言い方だった。いや、アンタは別にいいだろ?実害あるのは俺だけなんだから。フリージアは昔から、その、何と言っていいか……。俺のボケに対してのツッコミが尋常ではないのだ。俺が1ふざけたらフリージアは5ツッコんでくる。俺が10ふざけたら50ツッコんでくるという比例しているにしても質の悪過ぎる比率なのだ。

それで何故か分からないのだが、特に女関係の冗談を言うと比率が上昇するのだ。具体例を言うなら先日軽い冗談で言ったつもりが指の関節を外してくるという暴挙。

慣れた俺からすれば、驚く光景でなくなってきたのだが、初見の人間からすれば相当ショッキングの光景に見えるだろう

ジィさんは諦めたようにため息をつきながら座り直し話を続けた


「それにしてもつまらん、つまらんぞ。装飾をこらすのが職人の楽しみと言うのに、お前はそれを儂にするなと申すか。せっかく久々に遣り甲斐の有りそうな仕事が舞い込んで息巻いたというのに、何故そうケチケチとする」

「ジィさんに頼むとマジの上物みたいに仕上げちまうからな」

「それの何が可笑しい。安物には安い装飾を、上物には上物の装飾というのが鍛冶職人としての仕事だ」

「そうしたら強く見えちまうだろ?」

「……変わった注文をしよるわ」


その馬鹿を見るような目は止めてくれ。そこはかとなく屈辱的。

もう一つ重要な事を伝え忘れていたので、ジィさんに伝える


「あ、見た目を初心者に寄せてくれと言っても、威力は下げたりしないでくれよ。その素材で作れる最大限の物を作ってくれ」

「威力を最大に?見た目は初心者なのにか?そんな物は普通の人間は引く事も出来んし、打てたとしても威力が尋常ではないぞ?」

「弓の威力なんてたかが知れてるだろ。まぁ大体ジィさんが固くて引けない位には作って欲しいな。多分それ位が俺には丁度いいんだろうな」

「見た目は素朴で威力だけは規格外だと?なんだってそんな意味の分からない注文をする。昔から頭の螺子がとんだ様な発言をする奴とは思っていたが、今回は特に吹っ飛んどるぞ。頭は無事か」

「大丈夫です、元より無事な頭など持っていません。その状態こそがアドルフの通常運転です」


俺を批判できると分かった途端、横から俺に言葉の暴力を振るってくるフリージア。何故だろうか、最近フリージアの罵詈雑言を聞いていると、怒りや苦しみより喜びが俺の感情の殆どを占めるのだ。深く考えると、色々と捨てていることに気づきそうなので今は考えずに話を続ける事にする


「それで、結局のところ俺の注文した物は出来るのか?」

「誰がいつ出来ないと言った、出来るに決まっとるだろうが、儂を誰だと思っている」

「頑固ジジィ」

「熔鉱炉に突き落とすぞ貴様」


ガタッと立ち上がり、鋭い目つきでドスの利いた低い声で殺人予告をかましてくるジィさん

明らかに客に対して向けるものではない態度。きっと丸棒をぶつけられた少年はこんな光景に似たものを見たのだろう。このデカイ体格と殺気染みたものをぶつけてくるオッサン。もう、一種のトラウマものだ。

少し怒った様な態度のまま、腰を落とし腕を組んで話し出す


「製造において儂に不可能な事は無い。弓だろうが防具だろうが鍋だろうがなんでも作ってやる。歳はとったがまだまだ腕は落ちとらんからな、王都の上級職人が居ると思って貰ってもなんら支障は無い」

「アンタが歳とって衰弱していく未来が見えないんだが……。アンタ何歳だよ」

「王都にいた頃に60を越えてから数えていない」

「ジィさん本当に人間か?」


王都に居た頃に60を越えてから。その言い方だと王都で更に数年過ごしているように聞こえる。仮に王都を出て、この村に在住を決めたのが65だとしよう。この村での佇まい、態度。明らかに数年程度で培われるものではない。もしかしたらこの爺さん、80歳越えてるんじゃないだろうか?80越えてこの衰えを感じないは異常としかいえない。大体仕事なんて70近くで老後生活に入るもんじゃないのか。このジィさん、文字通り生涯現役を成すつもりじゃないだろうな。


「弓の製作については了解した。色々と釈然はせんが頼まれたからには作ってやるわ」

「料金とは別に今度上物の酒でも持って来てやっからよ、勘弁してくれや」

「なんでアンタはディルクさんを態々死なせる様に仕向けるのよ。ただでさえ死期が近いんだから持って来るならもっと別の物にしなさい」

「何言ってんだ嬢ちゃん。俺は普段は水しか飲んで無いんだ、少しくらいは良いだろ」

「貴方から漂う酒の匂いと後ろに転がっている酒瓶を見ても尚その言葉を信じる事なんて出来る訳ないでしょうに。本当に死んでも知らないわよ?」

「酒を飲んだら死ぬなんて、もう何十年も前から言われてる。今死んでないならそれは誤診だ、誤診」


昔からあるジィさんの家の一種の家具の様に見える程に見飽きた幾つも積まれた酒瓶の山。定期的に村の住人が気を利かせて片付けるのだが、そんな行動に意味は無いとでも言うかの様に次の日には元通りの酒瓶の山が作られている。医者にジィさんの体調を見て貰った事があり、「この勢いのまま酒を飲み続ければ死にます」と言われたのだが、ジィさんは「唐突に酒を飲むのを辞めたら体が驚いて逆に悪くなる。だから飲む」というまったく意味の分からない持論を持ち出して来たのだ。あまりの強情さに医者含め、村の住人全員が諦めたのだった。


「酒に埋もれて死ぬなら本望よ」

「俺は女体に埋もれて死にたい」

「フンッ!!」


ジィさんの言葉に対抗しようと、自分の望む光景を言った瞬間にパリィンッ!何かにぶつかって割れ物が割れた音と同時に後頭部に衝撃が走った


「おい嬢ちゃん、口はどうした、今は完全に手だろ」

「手じゃないわ、瓶が独りでに動き出したのよ。私はただその瓶を握っていただけ」

「どんな言い訳だ。しかも今のはこの馬鹿でも――――」

「痛ッ、今のなに?」

「化け物か貴様」


突然の衝撃に前のめりになってしまったが、特に怪我をする程のものじゃなかったので、衝撃が走った後頭部を手で擦りながら周りを見渡す。見た所、酒瓶の破片がそこらに散らばっている以外に変わった所は無い。この破片は先程まであったか?どこから降ってきたのだろうか。まぁこんな汚い作業場なら酒瓶の破片が降ってきても可笑しくはないか。今の衝撃の原因が何か分からないが、別に必死になって探るほどの事じゃないので流す事に。何故かジィさんが俺を信じられないような目で見てくるが、それも流して問題は無いだろう。


「……まぁ良い、お前さんが可笑しいのは今に始まった事ではないか。三日後の朝にまた尋ねて来い、その頃には出来上がっとる」


俺がいつから可笑しくなったか聞きたい所だが、ここで追求すると酒瓶あたりを投げつけてきそうなので、その気持ちを心の中で思いながら、話を続ける事に。


「ワリィな」

「構わん、それにそんな馬鹿な注文を儂にするのはお前さん位だしな。そんなやった事も無い馬鹿な注文をやってみるというのもまた一興よ」


ジィさんは、そう言って立ち上がりながら、棚から新しい酒瓶を片手で取り、部屋の奥へと入っていった。武器を作って貰えるとことになったという事で、まずは一段落だと安心して一息つく。武器の性能云々の心配は、ジィさんの腕前を昔から知っているので、特には無かった。この注文を受けてくれるかが、一番の心配事だったのだ。


「んじゃ、帰って飯でも食いますか」

「そうね」


ジィさんが作業に入ってしまった為、ここに居ても特に意味は無いので帰ることに。

後はフリージアの作ってくれる飯が出来るまで暇を潰して、食べたら寝るだけだなと適当に考えていると、先程の事を思い出し、聞くことに


「それにしても、さっきの衝撃はなんだったんだか……。フリージアは何か見たか?」

「知らないわ。蚊にでも刺されたんじゃない?」

「蚊に刺されてあんなに衝撃ってくるもんだっけかな……」

「世の中には不思議な事が有り触れているからね」


ホント、不思議な事があるもんだ。

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