6話:倉庫整理
木製で作られた二階建ての大きな家
この村に在住が決まった時、俺とフリージアの家は時間の合間を縫ってだが村人総出で手伝ってくれた家だ。王都などの一般人が建てる家に比べると相当大きく、最初は申し訳ない、もう少し小さい家にすると申し出たのだが、無駄に村の面積は余っていたので気にしないでくれと押し切られてしまった。
聞いた話によると、家を建てる際、俺とフリージアの家をそれぞれ別で建てるか、それとも二人ともまとめて同じ家に住む事にし、その分大きい家にするという案が出たそうだが、俺の知らないところで後者の方の案が可決したらしい。
後で聞いてみると、一つの家にしたほうが手間が掛からなく、材料が少なく済むから決めたと言われた。
大型の家の方が色々と大変だと思うと言ってみたのだが、そんなことは断じてない、と断言されてしまったのだが、あの自信はどこから来るのだろうか?
まぁ、彼女が言うのだから嘘ではないのだと信じることにした。
そして現在、俺とフリージアが来ているのは一階の奥の方にある倉庫室。俺が今現在使っていない武器や装備、後はこれまでこなしてきた依頼の報酬を保管しているところだ。改めて見ると、この倉庫も先程行ったギルドの武器庫同様埃一つ無い。おそらく彼女が俺の知らぬ間に掃除をしてくれているのだろう。
俺がここに来る時は、手に入れた報酬をそのまま開けたドアの少し置くに入れてすぐ出てしまうからあまりこうやってゆっくり見る機会は無かった。
「あったか?」
「そう急かすんじゃないよ、確かこの辺に……」
互いに折れない木、切れない糸という随分と抽象的な素材を探している。
フリージアは管理してくれている為、大体の目処は立っているからまだ良いだろうが、俺は自分でこれまで何を貰ってこの倉庫に入れているのか分かっていない為、本当に手探りの状態でやっている。
視線を下げると足元に袋の上から紐でグルグル巻きにされている物があった。試しに紐を解き、中に手を突っ込むと指先に棘が随分と多い変な紫色の物体が刺さっていた。
「つぅか、物が多いんだよ。物が。」
「ほったらかしにしていた本人の言う台詞じゃないわよ。後、その指先に刺さってる物体、棘の先から毒が出るから袋から出さないようにね」
「え、マジで?戻しとこ」
「……まぁアンタに常識を言うというのも酷というものか」
彼女の言葉を聞き、俺が触れる前のあのグルグル巻きの状態にして再び足元へ戻す。今改めて見たら、袋の所に『毒物注意』と書かれていた。この倉庫に置かれているものはそういう危険物もあるのか。
大惨事にならない様に気をつけないとな、うん。
今度は隣に置いてあった同じように紐でグルグル巻きの物を開封する。手元に出すと、先程と同じ様な紫色のゴロゴロとした奴が出てきた。随分と気持ちが悪いな。
「それは触れただけで毒が襲ってくるから袋に戻しなさい」
「む、すまん」
すぐに袋の中に戻す。
「それにしてもさっきから変なモノばっかり出てくるな」
「アンタの身体に比べればどれも大した物じゃないわ」
はて?何故ここで俺の身体の話になるのだろうか。彼女の言葉を理解する事は出来なかったが、褒められている事だけは分かったので、喜びながらも心の内に仕舞い作業を再開する。褒められて気分も上がったが、作業を続け時間が経つにつれてその気分も下がりきって苛立ちが募ってくる。
「だ~ッ!!もう面倒だからそこら辺に転がってるの売払おうぜ。どうせここにある殆ど今後使う機会なんて無いだろ?」
「別にそれは構いけど、この村に来る商人じゃこの希少度の高い素材達は手に余るだけよ。下手に眼を付けられて集られる可能性は否めないわ」
ノーランス村に定期的に訪れる商人。
自給自足が出来る村と言っても、生きていく上で必要なモノを全て揃えられる訳では無い。それに幾ら揃えられるといっても贅沢もしたいし、王都という中心都市からの輸入品だって欲しくなる。
それに伴って金を手に入れる為に、自分の村で作った、手に入れた物を売る必要がある。そう言った輸出輸入を行ってくれるのが彼らだ。
規模としてはあまり大きくないが、こんな過疎化した村に商人が来てくれるだけで十分にありがたい。それに昔からの顔見知りらしいので、多少不便な事をがあったとしてもそれは仕方ないことだと納得できる。俺とフリージア、カトリナも色々とお世話になっている。
「ここに仕舞われているのは、どれもSランクやAランクの高難易度でしか手に入らない素材ばかり、これら全てを売る所に売れば一財産は簡単に稼げるからね。田舎村を下に見て、安く手に入れて高く売りたいと考える人間は幾らでも居るわ。あの商人の方々がそんな事をするとは思わないけど、どこからか話を嗅ぎつけるズル賢い商人が居ないとは限らないからね」
「んな面倒な事する位なら自分で討伐した方が手っ取り早いだろ。生息地に足を運べばすぐだ」
「そんな遠出の買い物気分で討伐されるなんて魔物にとっては理不尽以外のなにものでもないだろうね」
実際そんな気軽な感覚で討伐に行っているから、何も反論できない。
基本拳一つで討伐出来るから武器も要らないし、前回のロットンウルフ討伐の際に防具を着けていたが、正直攻撃が当たったところで大したダメージを受けないのでそこまで必要としていない、傷も負わないから傷薬などの荷物も要らない。唯一必要としたら腹が減るのでおにぎりを用意して貰いたい。
つまり、俺は魔物討伐の際には余程の敵でなければおにぎり数個手に握らせて敵の目の前に連れて行ってくれれば文句は無いのだ。
そんな事を考えていると離れた所にいたフリージアが「あっ」と、何かしら見つけた様な声を上げた。
「どうした、その明らかに何か見つけましたよとでも言いたい様な声を上げて」
「これなんてどう?弓の弦の部分に使えると思うんだけど」
そう言いながら何か木の棒を掲げて俺に見せ付ける。
最初見たときは、木の棒を見せ付けるなんて長時間探し続けて目か頭でも狂ってしまったのかと申し訳ない気持ちで一杯になったが、よく見てみると先の部分に何か糸の様な物がグルグルと巻かれていた。
「なんだ、その……木の棒の先に巻かれてんの」
「確か『岩石蜘蛛の糸』、とかいう名前だった様な気がするわ」
「これまた随分と古いもの引っ張り出すな」
『岩石蜘蛛』
その名前を聞いて、数年前に達成した依頼の記憶を思い出した。
王都に拠点を置いている大規模の鍛冶屋が依頼主で、内容は今フリージアが持っている『フェルシュピネ』という火山地帯の岩石付近に生息している魔物から採取出来る『岩石蜘蛛の糸』を大量に欲しいというものだった。
なんでも軽くて極細の上に頑丈で切れない、紐や鎖の様に頑丈でも太くて場所を取ってしまうが、この『岩石蜘蛛の糸』を使えば、その問題を解消できるので高級な武器や防具にとても重宝されているらしく、取ってくれば取ってくる分だけ報酬は上乗せしてくれると言われた
この時、俺はとても困ったのを今でも覚えている。
討伐はただ魔物を倒すだけで成功となるのだが、今回は討伐では無く『フェルシュピネ』の吐く糸を入手してくれという内容。俺は討伐なら好き嫌いせずに受けて殴って倒して成功させて終わるのだが、蜘蛛が吐く糸を採取してくる依頼となると色々と変わってくる。
まぁ新鮮味があるという事で気軽に受けて、糸を採取するという事だったので何かに巻けばいいかと思い俺は村の近くに落ちていた太目の長い木の棒を何本か持って行くことにした。
この時、火山へ出発する俺の姿を見た村の主婦と
『随分と大きな木の枝ね、焼き芋でもするの?』
『いや、それなら落ち葉でじゃないですか。王都からの依頼がきたもんでその準備ですよ。なんでも火山に住んでる蜘蛛の糸が欲しいとか』
『蜘蛛の糸?そんなもの手に入れてどうするのかしら。別に蜘蛛なんてそこらに居るのに』
『なんかその火山に住んでる蜘蛛の糸は特殊らしいんですよ』
『火山に住んでるなんて随分と元気のいい蜘蛛ねぇ』
『元気かどうかは分かりませんが……まぁ襲って来る程度の元気はあるでしょうね』
『襲ってくるの?じゃぁ、ウチの家に置いてある虫叩き持っていくといいわ。私、これでも害虫退治は得意なのよ』
そんなやり取りをし、出発直前に宣言通りにその主婦から市販されている叩く所が掌サイズの虫叩きを渡された。貸してもらったにはいいが、この武器かぐをどう使えるかブンブンと振り回しながら考えると、見送りに来たフリージアが声を掛けてきた。
『……なんで、アンタはこの出発目前に虫叩きを振り回しているのよ?』
『今回の武器だ、さっき貸してもらった』
『……その後ろの木の棒は?』
『糸を掻き集めてくればいいんだろ?だからこいつらの先にグルグルッと』
『………………』
俺の言葉を聞いてから彼女が俺を見る目が、哀れみを込めた目を向けられたのを覚えている。前から思っていたんだが、彼女は時々俺に哀れみを込めたり、冷めた目を俺に向けてくることが多い。
何がいけないのだろうか?
「懐かしいな、『フェルシュピネ』の糸採取」
「えぇ、あの時虫叩きと長い木の棒とおにぎり携え軽装備で火山に向かう姿を見た時、もうアンタにどんな目で見ればいいか分からなくなったよ」
「いやぁ、あれは焦ったな。蜘蛛って言うもんだから俺はてっきり大きくても腰位までのサイズのヤツが出てくると思っていたんだが」
『フェルシュピネ』との初多面
『………え、デカくない?』
目の前には俺の何十倍もの大きさをした岩肌の巨大蜘蛛がいた。
顔の時点で俺の全身より大きい始末、全身のサイズを説明するなら王都にある教会並の大きさだ。確実に並みの冒険者なら一人で立ち向かっていいレベルじゃなかった。無論、たった一人で虫叩きと長い木の棒とおにぎりを携えた軽装備状態だなんてもっての他だろう。
まぁ、立ち止まっていても仕方ないと、俺は主婦から貸してもらった虫叩きを握り締めて近くの一本の足に降りかかる。
『ふんッ!!』
ボキッ!!!
『………………………』
無言のまま手元に目線を向けると、残っていたのは無慈悲にも虫叩きの手に持った部分のみ、先はヤツの足の硬度に耐え切れず遠くのどこかへ吹っ飛んでいった。ヤツに目を向けると当然微動だにもしていなかった。結果はただ単に虫叩きを壊しただけになってしまった。
俺はどうしたものかと、頭を搔き
『ウラぁぁァァッ!!!』
『キシャァアッ!!???』
目の前にあった顔面に叩き込んだ拳が戦闘開始の合図となった。俺のあまりにも素晴らしいフェイントに釣られて攻撃を避けられなかったのだろう。
うん、計画通りだな。計画通りだったが、持ち主には買え直して謝ろう。そう決意したのだった
「まぁ大量に糸を巻きつけた長い木の棒を幾つも持って帰って来てくれたから、依頼人は大喜びだったけどね」
「大変だったんだぞ、ワザと糸を吐かせて棒の先で受け止めてこうグルグルッと巻くの。何本もやったから結構時間が掛かっちまったよ」
「普通の人は必死に戦って、戦いの内に吐かれた分を倒した後に採取するものなんだけどね。普通居ないわよ、Aランクの『フェルシュピネ』相手にそこらに転がってた長い木の棒で対峙する人間なんて」
どういう構造でそうなっているか分からないが、『フェルシュピネ』の吐く糸は最初の部分だけが粘着部分で、そこから後ろは粘着要素が無いとても丈夫な糸となっている。それに『フェルシュピネ』本体の大きさもある為か、一度で吐く糸は正確には一本ではなく極細の糸が何千本もの糸の束で吐かれるのだ。
だから、俺が持っていった何十本もの長い木は時間が掛かったには掛かったが、思っていた程時間は掛からなかった。これで糸一本一本だったら何日あの蜘蛛と対峙しなきゃならなかったんだろうか
「それにしても、あんなデカイとは思いもしなかった」
「説明されてないみたいに言うんじゃないよ。ちゃんと対処方法も特徴も依頼を受ける時に言ったわ。それに、腰まで程度の大きさの弱そうな魔物をアンタに態々頼むわけ無いじゃない。アンタが基本戦うのは並みの人間には倒せない魔物ばかりよ」
「多分その説明受けてる時、俺は火山に行く途中でそうやって女と会えるか考えてた」
「いつか魔物に喰われてしまえばいい」
「喰われても腹ん中から突き破って出てきてやる」
「アンタの場合、本当に冗談に聞こえないから不思議です。前から思ってたんですけど、アンタってどうやったら死ぬのよ。斬られても普通にピンピンとしてそうなんだけど」
「腹上死」
「暗殺者にでも殺されないかしら」
ははは、俺を殺せる暗殺者なんて居る訳がないだろうに。なんとも面白い冗談だ。相変わらずそういった才能までも兼ね備えているなんてフリージアは凄いな。
でも、冗談にしては悩んでいる表情と目が真剣なのはなぜだろうか?
「アンタの死に方になんかに議論してる場合じゃなかったわ。『岩石蜘蛛の糸』なら実際高級の弓にも実際使われているから問題ないし、強度に関しては一本で駄目だったら何本か重ねて使えばいけると思うわ」
「え、俺の死に方って『なんか』って適当な扱いにされるの?」
「じゃぁ弦の部分はそれでいくとして、肝心な成りの部分はどうする?」
「僕答えてない。聞いて、ねぇ人の話聞いて」
「あぁ、成りというのは弓の本体とも言える木や竹の部分の事よ」
「え、あそこって成りって名前なの?確かにそれは初耳で驚いたけど、違うの。今僕が聞いてるのはその成りの部分じゃないの。僕の死に方の扱いについてなの」
おかしい、明らかに話が噛み合っていない。俺が話を戻そうとしても、フリージアが話を突っ切ろうとしている。この後も話を戻そうと色々と試したのだが、彼女の進行が止まらないので俺の死に方の扱いについては今度聞こうと諦めた。
「もういいや……で、その成りの部分だったか」
「えぇ、一般的に使われるのは確か竹か木か、その二択の筈よ」
「なんか竹は弱そうだから木の方が良いんじゃないか?あんまり詳しくないないから感覚でしかないけど」
「まぁ言いたい事は分かるけど。それに上級の武器に使われているのは実際木材を使用しているのが多かったと思うわ」
「仮にそれに絞るとしても、木材か………」
弦に使われる事になった『岩石蜘蛛の糸』は名前までは覚えてはいなかったが、この倉庫の中にあるのは大体分かっていたし、無かったとしても他に使えるものは有っただろうが木材となると話は違う。俺が受ける依頼は殆どが討伐依頼であり、この倉庫に入っているのはその内で余分に手に入れたものが大半で『岩石蜘蛛の糸』もその内の一つである。
しかし、木材などの明らかに採取する物なんて俺は態々持ち帰りはしない。必要と思わないし、邪魔でしかないと思っていたからだ。
どうしたものかと顎に手をやりながら考え込んでいると横から、「アドルフ」とフリージアに名前を呼ばれた。目を向けると彼女が棚ではなく、壁の上の方を指差していた。
「あれはどう?」
「あれ?」
彼女の指す先を見るとそれはあった
『欲望』
その二文字を達筆で書かれた、俺の全長程の長さをした横長の木製の額
「あれは俺の力作だから駄目」
彼女の言いたい事を理解した俺はすぐに否定した。
あれはこの家が建てられた頃、暗い倉庫に物と棚だけだと寂しいと思い、せっかくだからと態々俺が魔物が蔓延る危険地区から取ってきて、鍛冶屋に頼んで加工してもらった上等な額だ。木材などには詳しくないが、おそらく王都で買うとなるとそれなりの金額になるのは確かだ。
それにしても、あの二文字を書くのに練習だけでどれだけ時間を掛けたことか。使わない木材の廃材をいくつも用意し、フリージア監修の元書き続けた。「姿勢が悪い」「持ち方が悪い」「文字が悪い」「頭が悪い」何度も何度も叩かれながらだ。最初はペシペシと叩かれる程度だったが、後半は書類の束を叩きつけてくる始末。
「あの二文字を書いた時は気が狂ったか、ふざけ半分だと思ってたけど、今思えばアンタの思いそのものだったのね」
「俺の行き方を体言した二文字だ。我ながら良い出来だ」
「………………」
俺が胸を張り鼻高々と語っていると、彼女は無言で立ち上がり額の目の前まで歩き出した。
「………………」
「………………」
彼女が何をしたいのか分からないので俺も無言のまま彼女の行動を見続ける。その彼女もまた無言のまま棚に足を掛けて、額の紐を解き額を壁に立て掛け、棚から降りると再び額に手を伸ばし脇に抱えた。そして「よし」とまるで意気込むかの様に声を出すと
「じゃぁ行きましょうか」
「――――へ?」
その一言を俺に掛けると、フリージアは俺の返答を聞かずに歩き出した。あまりにも流れる様な動きだったので思わず変な声を出してしまった。
「え!?え、ちょ、人の話聞いてた!?」
慌てて彼女を引き戻そうと額の後ろを掴むが、彼女は物ともせずガンガン前へと進んでいく。
え、フリージアさん貴方、力強すぎません!?
「離しなさい、疲れるじゃない」
「疲れるんだったら一度立ち止まって話を聞いて?俺の渾身の力作だよ、これ作るのに結構時間掛かったんだよ?」
「こんな馬鹿みたいな物に時間掛ける位ならもっと有意義な事に時間を使ってなさいよ。山奥行ってツチノコ探した方がまだマシよ」
ひどい言われようだ。俺の傑作品制作より、居もしない謎の生物を探した方がマシと申すか。確かに達成感と満足感があったのは書いてから数日だけで、それから後は存在すら忘れていた程度の物でしかなかった。実際フリージアが話題にするまで完全に忘れていた。
だが、こういう事はやることに意味があったのだ。その後に忘れた忘れないは些細な事でしかない。そう、些細な事なのだ。
「この木もアンタの薄汚れた感情を書かれるより、弓として新しい生き方をした方が良い筈よ」
「自分の身を削られるより嫌なのか……」
「アンタの邪な感情を込められたこの文字を書かれるのは、呪詛を体中に書かれているようなもの。そんなモノを何年も書かれたままだったなんてこの木にとっては長い拷問に等しかったはず。そろそろ解放してあげなさい」
「その無機物に対する優しさを少し俺にも分けてくれよ」
「アンタにやる位ならツチノコに分け与えます」
彼女の中で俺はどれだけ下の序列に位置するか気になった瞬間だった。