18話:辺境地のギルド
「つまり、理由は言えないけどアドルフはギルドに所属出来ないから、ランクとかいう概念自体が無いと。そういう事で良いのか?」
「えぇ、そういう事よ」
もう隠し通せないと踏んだ俺達は諦めて俺の現状を話すことにした。俺がもう諦めて話そうと提案した瞬間の彼女の舌打ちと表情はマジのやつだった。その証拠に俺が男らしく一発殴っていいと言ったら躊躇い無く右頬にグーパンがとんで来た。てっきり平手で来ると思って身構えていたのに想像以上の硬い一撃が来てびっくりしてしまった。確かに数えミスをしたのは悪かったがそこまで怒ることか?誰だって経験があるはずだ。1から数えて途中で50辺りで60や100に跳んでしまったりする経験が。今回のミスはそういうミスなんだ。だからそんな責めないで欲しい。
そんな思ったことを言ったら今度は左頬に拳がとんで来そうなので言わないのが賢い選択というものだろう。そう考えながら頷いているとアデーレが心配した様な表情で俺を見てきている。
「アンタ、大丈夫か……?」
「何が?」
「いや、さっきの事なんだが……。それに頬が未だに赤いし」
「あぁ大丈夫だ。右頬を差し出して事が治まるなら安いもんさ」
「もうその感性がアタシには分からないよ」
「分かってしまう私の感性はもう駄目になってしまったんでしょうか……」
知るか
「話は戻すけど、あの護衛の依頼はギルドが管理している依頼だろ?ギルドに所属していない人間がその依頼を受けられるものなのか?」
「まぁそこら辺は色々とね。言い難いことだけど、別に法を犯しているわけでは無いからそこは安心して頂戴」
「本当かよ」
「こんな辺境の地にあっても、ここは曲がりなりにもギルドの支部よ。そんな違法な事やってたらすぐに王都の本部に潰されるわよ」
「……そう言われると確かに」
フリージアが言った通り、ここは曲がりなりにもギルド支部だ。仕事をやる人間が禄に居なくても、受付嬢の仕事が無くても、正直一週間近く本部へ音信不通になっても特に何も支障はきたさないとしてもここはギルド支部なのだ。
その便利な肩書きを聞いたアデーレは少し納得し、次の疑問を尋ねてきた。
「言えない事って、どんな事だよ。前科持ちとかか?」
「ふっ、大人な男には秘密の一つや二つあった方が魅力的な――――」
「性犯罪よ」
「やめろ!濡れ衣にしても限度があるぞ!?」
よりによって女に一番印象が悪い生々しい性犯罪を持って来たんだ。性犯罪の罪を背負うなら殺人罪の方を俺は進んで背負ってやる。見ろ、目の前のアデーレがあの疑惑の目から屑を見る様な冷たい目をしているじゃないか。
「……まぁアンタが痴漢か何かの性犯罪を犯して捕まったは知らないけど」
「性犯罪なんて犯してねぇよ!!」
「黙りな女ったらし。今大切な話してるんだから邪魔するんじゃないよ」
「こっちは俺の估券に関わる大切な場面なんだよ!」
「そんな薄汚れた価値も無い估券なんて捨てちまいな」
あまりの酷い言われ様にショックを受けた俺はソファーの上で膝を抱えていじける。
性犯罪の前科持ちとか印象最悪じゃねぇか。挽回するにしたって難しいだろう。せっかくバレないようにしながら胸とかに見ていたのに努力が水の泡だよ。もういっその事ガン見しちまおうかと考えているとアデーレが鋭い目付きで睨んできている。
もしかしてこれから胸ガン見する事を見破られたのか?女はそういうものに敏感と聞いた事がある。俺の長年の経験を経て身につけた気配や視線を相手に悟らせない力を持ってしても女の本能の様なものでバレてしまったのか。
「あのゴブリンとオークの死体の山。あんな事を普通の多少鍛えた程度の村人が出来る訳が無い。ギルドの人間、それこそBランカー位の実力と経験が無いとな」
「あ、そっちね」
「そっちって……他に何かあるか?」
「いや、なんでもない」
気づかれなかったのならそれでいい。話を有耶無耶にする為に彼女の疑問に答えようとする。だが、内容がなんとも答え難い為、嘘をつかない程度で誤魔化そうと考えながら答えた。
「あ~……、いや、別に村人でオークやゴブリンを討伐しても良いんじゃね?ギルドの人間だけが強くないといけないなんて決まりなんてねぇし」
「確かにそうかもしれない。でも、問題はそこじゃなくてアンタみたいな強い奴がいるってことを王都に何年も居て一度も聞いたことも無い。
さっきの話じゃギルドに所属してないまま何年も依頼をこなしてきた様な口ぶりだった。だったら普通その中で王都のギルドの人間に会ってきたはずだ。それなのにこの数年の間に世間話で一度は聞いたことがあっていい筈なのに、それが無いなんて不自然すぎる。もし偶然だったらそこまでだが、アタシは納得出来ない。なぁアンタは一体――――」
パンッ!と手を叩く音が部屋に響いた。
話は中断され話していたアデーレはもちろんのこと、隙を見て胸をガン見していた俺とお客さんに出されている茶菓子を勝手に食っていたカトリナも音を発した本人であるフリージアに視線を向ける。
フリージアは手を叩いた形から動かずアデーレをジッと見つめている。それに対抗するかのようにアデーレは話を中断されたことに不服だったこともあってか鋭い目付きでフリージアを睨み返す。
「……なんだよ」
「アデーレさん、貴方がこのギルドに訪れた理由はアドルフへ報酬の返却と若手指導のミスについての注意でしたよね」
受付嬢としての丁寧な物言いで分かりきっている事をただ淡々と表情も変えずに聞き返す。
その言葉の意味は誰だって分かる。タイミング的にしては露骨な問題のすり替えに他ならない。もっと上手い話の逸らし方だって出来た筈なのにフリージアは何故そんな短絡的な行動をしたのか分からない。それが気に食わなかったのかアデーレは不機嫌なのを隠そうともせずに答える。
「あぁそうだ。でも今は別の話をしてるところだろ。そうやったあからさまな話題逸らしは止めろ。別にそっちにやましい事でもなければ言える事だ」
「では本題は終わったことですし、お引取り願います」
「だから!今は別の話をしてるところだって言って――――」
「お引取り願います」
「ッ!」
先ほどと変わらない丁寧な物言いの言葉だ。だが、言っている彼女の話す圧は受付嬢が出すそれではない。向けられていない俺とカトリナもその重みの片鱗を感じたから分かる。俺はなんとも無いが一般人からしたら相当なもの。その証拠に菓子と一緒に食べる為に準備したお茶が入った湯のみを握った手がまるで生まれたての小鹿の様に震えている。
アデーレは受付嬢に負けられないと睨めつけフリージアと一触即発の雰囲気を作る。だがすぐにアデーレが目を閉じ疲れたように溜め息をつきそれと一緒に感じていた圧も無くなり、それに連れられてアデーレも呆気を取られた様な表情を浮かべる。
「……アデーレさん、貴方は今お幾つ?」
「幾つって……今年で21だけど」
「その年齢で既にAランカーになる程の実力。きっと将来はSランカーにでもなるのでしょうね。大きな富や多くの名声を手に入れ充実した明るい充実した世界を手に入れる事でしょう」
「……何が言いたいんだ」
「別に貴方を貶している訳じゃない。貴方位の年齢の子は皆そうで、私達も少なからずそういう道を辿ったもの。血気盛んで浅略に無謀、生まれもっての実力を発揮してこれまで上手くいく事ばかり。怖いもの知らずという言葉がまさにピッタリだったわ」
最初は思わず怒鳴り散らしそうになったアデーレだったが、彼女だけでなく自分達も含めた言葉に怒るに怒れなくなる。とめることも出来るがそれといった口実も無く、そして彼女の醸し出す雰囲気に当てられてアデーレは黙って話を聞く。
「歳をとるにつれて人は成長して色々な経験を得ていく。でもその経験は必ずしもその人を強くする訳じゃない。人との繋がりは弱みを、地位は縛りを、名誉は重みを得るだけ。繋がりが多ければ多いほど傷は多くなり、地位と名誉が高ければ高いほど傷は深くなるの。私達も歳をとったと言い張る程の年齢にはなっていないけど、それなりの経験してきたわ」
一度喋るのを止め、自分の目の前に置かれている湯のみを両手で取り少しだけ飲む。その間、アデーレとカトリナは一切喋らずに彼女の姿をジッと見つめる。
飲み終えたフリージアはふぅと一息つき湯飲みをゆっくりと自分の膝まで下げ再び話始める。視線はアデーレに戻すことは無く手元の湯のみに向け、手元が寂しいのかそのまま湯のみを指で撫でる。
「覚えておきなさい。誰しも人には言えない事の一つや二つあるもの。そしてそれが自分に危害を加えない限りは極力気にしないことが上手く生きていくコツよ。王都本部でAランカーである貴方が、こんな小さい辺境地のギルド支部の事を気にする必要なんて無い」
怒りも悲しみもなく、ただただ無表情で湯のみに向ける。そして目を閉じて言うのだ。
「どうせ、もう訪れる事なんて無いのだから」
その一言は静かな一室に嫌に響き、そして彼女がアデーレに視線を向けることは無かった。
◇
「ふぅ……」
溜め息をつきながらカーテンと窓の隙間から去っていくアデーレの背中を見つめるカトリナ。その姿には若干の疲れが見える。そんな彼女に後ろから声が掛かる。
「すまないね。私達のいざこざに巻き込んで。居心地が悪かったでしょ?」
「い、いえ、大丈夫です」
先程の威圧を出していた人物とは思えない優しい言葉に思わず狼狽えてしまう。普段から威圧的といえば威圧的な先輩だが、あの時の彼女はあまり見たことが無い。少しおっかないという気持ちを抱きながらも、彼女は理不尽には怒らないからそこまで怯えなくていいだろうと考え話を振る。
「でも、良かったんですか?あんな明らかに突き放すような言い方をして」
「いいのよ、ああいう人間には遠まわし言っても聞かないから、直球に言ってあげた方が話が早いの。それに嘘をついた訳じゃないじゃない。彼女がここに来る事は無いだろうし。本来Aランカー程の人間が……いや、王都の人間が来ること自体が間違いなのよ。こんな辺境の地にね」
「………………」
明らかに冷めた態度でそう言い捨てる先輩。私はその姿に何も言えずただただ見続けることしか出来なかった。見られていると気づいた先輩は私に軽く笑みを浮かべ立ち上がる。
「さ、仕事に戻りましょ。無駄話が多かったから随分と遅くなったわ」
「は、はいっ」
「アドルフも今日はもう家に帰って良いわ。依頼帰りに長居させて悪かったわね。書類関係はまた後日としましょう」
申し訳無さそうにアドルフへ謝罪を述べるフリージアだったが、返事が返ってこないことを不思議に思いアドルフの方に視線を向ける。それにつられる様にカトリナも彼の方向へ視線を向ける。そこには座ったままアデーレが出て行ったドアをジッと見つめている姿があった。
どうしたのだろうと思い声を掛けようと思ったカトリナより先にフリージアが先に彼へ近づき肩に触れて声を掛ける。
「アドルフ?どうしたのよ」
「え、なに?」
「いや、だからさっき色々話したりして疲れただろうから、もう帰っていいって話」
「あ、そうなの。分かった」
「分かったて……。アンタなに寝ぼけてるのさ」
「いや、アデーレの胸に集中してたから呆然としてたわ」
「――――――――」
その言葉を聞いた瞬間、先程まで優しい笑みを浮かべていた消え下を向き顔に影がかかった。だが、その全身から発せられるオーラに思わずカトリナは「ゲッ」と声をあげてしまう。だが、そんな二人に構わずアドルフはアデーレへの賛辞を言い続ける。
アンタ程の実力があるならこの負のオーラを感じられるだろ!?不感症か!?と睨みながら心の中で必死に彼へ罵詈雑言を並べるカトリナ。
「それにしても大きさにあの少し胸元が開いた服、とても素晴らしい。視線に気づかれないように、外しては見て外しては見てを繰り返して大変だったがその苦労に見合うものだったな。あの様な少しツンケンした性格の女は口説き落すのは大変だが、惚れさせたらきっと一途でそりゃもういちゃいちゃでドロドロな――――」
「アドルフ」
「ん?どうした」
不思議そうに聞き返す彼に、フリージアが女神の様な満面な笑みを浮かべて言うのだ。
「左頬を差し出しなさい」
部屋に途轍もなく大きく痛快な音が響いた。
◇
『ヴルツェル帝国』
大陸の中心に位置し支配下ではない国も含めても人口領土その全てが頂点であり、昔から残っている資料によればこの大陸は最初全ての人はこの一つの国に住んでおり、何千もの時を経て人数は増え新境地を求めた人々が国を出て新たな国をつくったとされれる。つまりこの国は全ての国の原点ともいえるのだ。
その『ヴルツェル帝国』にあるギルド本部。その建物は『ノーランス村』にあるギルド支部の安そうな木造でなく石造であり、柱や壁などの至る所に彫刻が手の込んだ装飾品などが飾られている。それになんと言っても最大の違いはその敷地の大きさと人数の多さだろう。
集会所と言われる依頼の受付や食事をする場所だけで『ノーランス村』のギルド支部の倍以上の敷地面積以上がある。他にもギルドの人間だけが使える鍛錬場や温泉、道具屋に武器屋と依頼に赴く者に必要なものは一通り揃っている。それら全ての施設を含めるとギルド本部の敷地は『ノーランス村』ほぼ同等の面積があると言っていい程に大きい。
受付嬢が二名しかい『ノーランス村』とは違い、10箇所ある受付場所にそれぞれ受付嬢が24時間常駐していおり、そして今一人の女性が7と書かれている札が掛かっている受付場所に着いた。
「お帰りなさい、アデーレさん」
「あぁ」
担当の若い受付嬢のアシュリが笑顔で対応し、受付に来た一人の女性―――アデーレがぶっきらぼうに答える。だが流石と言ったところか、ぶっきらぼうに答えられたのにも関わらず気にせず笑顔で対応を続ける。
「随分遅いお帰りでしたね。何かトラブルでもありましたか?」
「ちょっと寄り道しちまってな」
「もう駄目ですよ、そんな勝手な事しちゃ。やむを得ない理由ならまだしも、連絡無しの私用で竜車を使われると竜車の親方に怒られるんですから。まぁ私が怒られるわけじゃないからいいですけど」
「どっちだよ」
真面目なのか不真面目なのか分からない発言に呆れるアデーレを他所にアシュリは仕事の手を緩めない。束になっている書類の中から一つを引き抜きアデーレへ渡す。
「もう依頼主から連絡が来ていますよ。今回も無事依頼が成功したと好評価でした。此方が今回の報酬額です。確認して良ければいつもの様に換金所にこの引換証を渡して報酬を貰ってください」
普段と変わらない何度もしてきたやり取りに慣れた手つきで書類を受け取り、要所だけを目で追い不備か無いかを見る。その間、しょうがないと言えばしょうがないのだが二人の間で無言が続いてしまう。
その時、ふと思い書類に目を通しながらアシュリに話を掛けた。
「なぁ、『ノーランス村』って名前、聞いた事があるか?」
いつも書類に目を通すとサインだけして世間話もせずに去っていく彼女に慣れていて、まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、え?と咄嗟に反応出来ずに声を漏らしてしまった。
「あっと、『ノーランス村』ですか?」
「あぁ。帝都のギルド本部の受付嬢なら地理とか噂話とかに詳しいだろ?帝都の国境付近の森の中にある小さい村だったんだけど」
「……いえ、聞いた事無いですね。すみません、まだ受付嬢になって数年しか経ってないものですから、まだ地理は完璧とは言えなくて重要な所位しか覚えていないんです。噂話とかはよく聞きますが、『ノーランス村』という名前は聞いたこともありませんね」
「そうか……」
そう呟いて何か考えるような表情を浮かべながら書類にサインをしてアシュリに渡す。
「書類には不備は無かったよ」
「分かりました。ではこの紙を換金所へお渡してください」
アシュリも書類にサインすると、書類の中で換金所で必要な一枚の紙だけを渡す。答えられなかったのが悪いと思ったのかアシュリは渡しながらアデーレに話を掛ける。
「その村に何か気になる事でも?」
「いや、村人で結構やれる男が居てよ。ゴブリンやオークを何体何百体相手に一人で仕留めたらしいんだ。もしかしたら受付嬢の間で噂程度でも聞いたことは無いかと思ってよ」
「そんな方が……ギルドの方からスカウトしている方は何人か聞いていますがその付近の地域に住んでいる方は聞いた事ありませんね」
稀に依頼に向かった途中で才能がありスカウトした方が良い人間がいるという報告が本部や支部に上がってくる事がある。この世界に魔物は無数に蔓延り、今この時でも人間に危害を加えているだろう。だが、その無数とも言える数に対して立ち向かえる人間はあまりに少ない。加えて言えば数が増えてもそれと反比例するかのように戦いで多くの者が死んでいく。新人は弱く経験が無いが故に、そして老練者は強い魔物に破れ死んで逝く。
体格も身体的能力も魔力の量も比べ物にならない魔物に大して人間は根本的に弱すぎる。そんな弱者的存在である人間の中でも鍛錬や才能で圧倒的強者の魔物に勝つものがいる。
故にギルドは日々強く戦力になる者は居ないか今も尚探し続けているのだ。
「まぁ、魔物を狩れるのはギルドに所属している人だけに限った話ではないですから。そういう一般の方でも強い方がいても不思議では無いとは言いませんが、ありえない話ではありませんね。今はあまり聞きませんが傭兵家業でもやっていたのかもしれませんし」
「傭兵ねぇ……。なぁギルドに所属出来なくなるって、どんな理由があると思う?」
「所属出来なくなる、ですか?……軽い窃盗や暴力の前科程度位まで特に言われなくて、殺人でもその時の状況によっては許可が下りる特例などもありますね。考えられているとしたら悪質な殺人や常習犯など色々、後は自分の身元を知られたくないとかじゃないですかね」
「そうだよなぁ」
あの先輩受付嬢の威圧的で拒絶的な態度と言葉に彼らに何があったのかと考えるが、流石に合ったのがたった10分ちょっとで分かる訳が無い。分かる訳が無いのだが、考えずにはいられないと頭を傾げているとアシュリが「あれ?」と何かに気づいたような声を出した。
「なんだよ、その意味ありげな声は」
「いえ、その『ノーランス村』って辺境の村にギルドの支部があったんですよね?」
「あぁそうだけど。つぅか実際行って来たし」
「『ヴルツェル帝国』のギルドはここを本部として、あとは支配下の領地にあるギルドを支部としているのは分かりますよね?」
「あぁ、それぐらいはな」
「ギルド支部はそんな無闇矢鱈に作られている訳じゃないんです。普通は支配下にある国や、稀にですけど人口が多い街にある程度しかないんです。そんな私も聞いた事の無い辺境の過疎化が進んだような村に支部があるだなんて--------------」
「アシュリ」
アシュリの後ろから凛とした綺麗な女性の声が言葉を遮って名前を呼ぶ。アシュリは振り向き、それにつられて私も視線を向ける。
そこに居たのはこのヴルツェル帝国ギルド本部のギルドマスターの秘書を務めている女の姿があった。
「アニタさん?」
「貴方は2番の方の受付をお願いします。ここは私がやっておきますから」
「でも、受付は終わりますから、もう少し待っていただければ---」
「その後でやる事務処理もやっておきますから行って下さい。私があまり受け付けに向いてないのを知っているでしょう?彼女なら見知った仲だから大丈夫よ」
「それなら…分かりました。2番ですね、すぐ行きます。すみませんアデーレさん、抜けさせて貰います。後はアニタさんにお任せしますんで」
「あぁ、気にするな。行って来い」
納得し手元にある自分の荷物を持って元気良くアシュリ。先程はやる気の無い様な発言をしながらもその姿は自分の仕事を懸命にこなそうとするもので、自分の受付を途中で抜けたところで特に思うことは無い。
思うとしたら今目の前に居る女に対してだ。スラっとした高身長で白髪のロングでクールな雰囲気な美人。いつも無表情を浮かべ感情が読み取り難く、自ら進んで話すことは無く必要最低限しか喋らない。基本はギルドマスターの部屋から出てこず、こうやって顔を合わせたのは久々だ。
「秘書のアンタまで受付なんかに借り出されるんなんて余程忙しいんだな。人員不足か?」
「受付嬢数名に対して受付に来る方々に限りはありませんから。人員不足と言われれば大抵のギルドは人員不足ですよ。特に最近はこのギルドを利用する人が増えてきているので。人手が増えていくという事は増える人数と減る人数が同じではないという事。それに関しては喜ばしいことです。前までは無謀な戦いを挑んで死んでいく人が多かったけど、今は皆が自分の力量を弁えて依頼を受けているという事になりますし」
「ものは言いようだな。言い方を変えればただ度胸が無い奴が増えてるだけじゃないのか?」
「ふふ、Aランカーともあろうお方が随分と厳しいご評価ですね。もう少し長い目で見てあげることは出来ないんですか?」
「長い目で見てたらその微温湯に浸かってどいつもこいつも強くなるわけないだろ。一回くらい崖から突き落とすくらいが良いんだよ。そうすれば嫌でも度胸もつくし強くもなる。もし死んだらそこまでだったって話しだ。我が身可愛いけりゃギルドなんかに所属しないで農夫や百姓でもやってればいい」
「中々に否定し難い言葉ですね」
「実際どの職業よりも死亡率は断トツで高いからな。儲かりがある分、それだけ死ぬ可能性が増えるなんてガキでも知ってることだよ」
手っ取り早く金を稼ぐ職業は何かと言われれば多くのものがギルドに所属して依頼をこなしていくと答えるだろう。Bランクの依頼を一つ完遂すれば最低でも一般的な月収分を稼ぐことが出来るといわれている。それがSランクとなれば依頼主によっては限界が無いときた。一つ依頼で数年分の給料を手にいられると思えば誰もが羨むだろう。
だが、実際入ってみれば嫌でも現実を見せ付けられる。BランクどころかCやDでも人間の力を超えた化け物と戦わなければならない。Sランクに上れる人間なんて全体の1%も満たないのだから途中で脱退、もしくは死亡してしまう者は数え切れない。
「それにしてもアンタ、今日は随分と喋るじゃないか」
「私を案山子か何かと思ってるんですか?私だって世間話の一つや二つしますよ」
「いや、まぁそうだろうけど……」
アタシの言葉に少し思うところがあったのか、ジト目で見てきたので申し訳なさそうにすると彼女は溜め息をついて「……冗談です」と言って改めて話し始めた。
「まぁここに来たのは人員不足…ではないとは言い切れませんが、貴方に用事があったんです」
「アタシに?」
「正確には私ではなく、ギルドマスターがですが」
「ギルドマスターがって……。可笑しいな、アタシ今回は旅先でムカつく奴殴り飛ばしたりしてないけど。いや、もしかしてこれまでの積み重ねでとうとう呼び出しが……」
「今回もではなく、今回はと言っている時点で自分が可笑しいことに気づいてください。確かに貴方の暴力沙汰は多少目に余りますが、余程の事が無い限り目を瞑ります。詳しい内容は直接ギルドマスターへ。手続きも全て終わりましたので案内させて頂きます」
そう言って手元の書類を揃えて抱えて出てきたドアへ入っていき、案内されるという事でアタシもその後を何も言わずについて行く。歩いていると再び沈黙が続き、先程の失言の事もあって話題を振ろうと話の続きをする。
「なぁここの秘書ならやっぱこの国の事を詳しく知っているもんなのか?」
「国の事を詳しく。そんな大きな括りで言われると少し戸惑いますが……。これでも秘書の端くれですから、それなりの知識があるとは自負しています。大抵の質問には答えられるとは思いますよ」
「質問と言っても知ってるかどうかってやつで、これまた辺境の村でアシュリの奴も聞いた事が無いって言われちまったんだが」
「辺境の村?」
「あぁ『ノーランス村』ってとこなんだけど知ってるか?」
「『ノーランス村』ですか……それはまた滅多に聞かない名前ですね」
「知ってはいるのか?」
「えぇ詳しくは私も知りませんが、ギルドの支部があるのは分かっています。貴方の言った通り、大分辺境の地にある村ですからあまり話は聞きませんね」
「そうか……」
聞いた事があるというという事に思わず食いついてしまったが、それは大したことが分からないという残念な返答であった。正直、そこまで必死に詮索する事でもないのだがこのまま分からずのまま放置しておくと気持ち悪い感じになってしまうので、出来るところまでなるべく調べようとは思っている。
「その村がどうかしました?」
「いや、その村にギルドに所属してないけど結構腕っ節がある奴が居てよ。もしかして知ってるかなぁって思ってよ」
「ギルドに所属していなくて腕っ節が……。アデーレさんが言うからにはきっと凄い方なのでしょうね」
「ゴブリンの巣どころか数十体のオークを一人で仕留めちまうくらいだから弱かねぇと思うんだけどなぁ」
「それはまた随分と凄まじい力を持った一般人ですね。傭兵か何かをやっているんでしょうか?」
「傭兵ねぇ。見た感じはそんな事をやる奴の様には見えなかったけどな」
傭兵をやる者というのは基本ならず者で見るからに野蛮という文字が合う者が殆どである。あおの村に居た彼は野蛮さが無いとは言い切れないが、傭兵と呼ぶには明るさと綺麗さを感じた。自分の直感に従えば彼は傭兵ではないと言える。
そんな事を考えている内に目的地であるギルドマスターの部屋の前に到着していた。先導していたアニタがドアをノックし部屋の中に居るであろう主に話しかける。
「ヒンメルさん、アデーレさんをお連れしました」
『-----えぇ、お疲れ様。入ってきて頂戴』
中から聞き慣れた妖艶な声の返事がして、アニタが「失礼します」と声を掛けドアを開けると私もそれについて行く様に部屋へと入っていった。