12話:報告連絡相談は大事
上長達との相談の結果、あの五月蝿い棟梁を部屋の外に出させるという結論に辿り着いたので、なんとか落ち着いて話を切り出すことが出来た。外に出された当の本人は未だに状況が理解できていないのか、不思議そうな表情を浮かべて一人寂しく座り込んでいる。
あのジジィには未だに理解していない事に対する苛立ちと、結局皆に止められて殴れなかった後悔を抱いているが、いい加減話が進まないのでやるとしても、それはまた後の話とする。
「ゴブリンが居たぞ」
本題に入る前に大分疲れてしまい、正直まじめに話すのも面倒になってきたので、疲れきったという態度を隠そうともせず、結果だけをまず伝えた。
その言葉を聞いた上長達は「単刀直入過ぎない?」とでも言うかのように驚いた表情で俺を見てくる。何処に行ったら何があって何かがいた、そんな聞き手側に優しい前置きとかする元気が無いんだよ。それ程にまで気疲れしたんだから、そこら辺は察して欲しい。
「居た、というのはこの洞窟の中にか?」
「あぁ。壁の中から覗くようにこっちを見てたよ。居なくなったのを見計らって壁を壊してみたら、それなりに広い空間に小さいがゴブリン一体通るには十分な穴が地上まで繋がってた。きっと外のどっかから掘って、これまで監視してたんだろ」
「ゴブリンが監視…」
「ま、普通のゴブリンはそんな頭使う様な事しないわな」
「つまり、噂通りにオークがゴブリン達の頭をはっているという事か」
「その可能性が高いな」
ルッツを皮切りに、それぞれの上長が呟きや疑問の言葉を言い始める。まぁ騒ぎ立てるのも仕方が無い。ゴブリンやオークの噂は前から聞いていただろうが、それに踊らされては仕事に支障をきたすからと聞き流していたのだろう。だが、今の話を聞いてその聞き流していた噂が確信へと変わってしまったのだ。それも自分達が知らぬ間にゴブリンが日常的にそんな近くに居たとなると、不安と恐怖の気持ちを抱くには十分だ。
「そう考えこむな。オークが一匹二匹居たところで、大して変わりゃしねぇよ。オークなんてただゴブリンが大きくなっただけだろ」
「随分と簡単に言うじゃねぇか坊主。お前さんならオークも楽勝だと?」
「じゃなきゃこんな暢気に話しちゃいねぇよ」
ここにいるのが駆け出しの初心者なら、今頃パニックになって現場騒然の事態になっているが、生憎ゴブリンやオークに対して反応を出来るほど初心は持っていないのでこんな風に落ち着いて話をしているのだ。最初は軽い世間話程度で済ませようと思っていたのだが、こんな大人数になってしまって逆に不安を抱かせてしまったのかもしれない。
不安にし続けるのも悪いし、そろそろ話を続けようとしたところで邪魔が入ってきた
『なに!オークが来る!?それは本当か、ゴンザレスッ!!』
「暢気に話してるんだから、貴方は黙ってなさい」
追い出した棟梁が壁の向こうからガンガンと扉を叩きながら大声を出して問いかけてくる。もうあちらのテンションに合わせて反応をするのも疲れるので、淡々と言い宥めるのだがそんな事はお構いなしと言うかの様に更に無駄に一人でテンションを上げていく。
『よぉし!武器を手に取れ!!皆で立ち向かうのだッ!!この鉱山の漢共が集まればゴブリンやオークなど物の数ではないわッ!!がはははッ!!』
「なにこのジジィはドア越しで一人勝手に盛り上がってんだよ。分かってるのかな、自分が蚊帳の外ってこと」
『ワシのハンマーがうねりをあげる時よ!』
「こっちはアンタのお陰で唸りをあげそうだよ」
お前には見えるまい。既に俺の後ろで頭を抱えている男達がいることを。きっと普段から考え無しに行動を起こしてこうやって多くの人間達に迷惑を掛けているのが想像つく。こういう奴に限って仕事の腕は確かとかいう質が悪く、扱い難い人間なのだろう。もう気の毒過ぎて彼らに同情の意しか沸かなくなってくる。俺がこのジジィより上の立場なら、もう話し合いや喧嘩するのも馬鹿らしくなってくるだろうから、酷い食中毒として処理する為に飯に毒入れて殺すか、作業中の事故として処理する為に頭上に落石でもさせると思う。こういう奴の死因なら背中からナイフで刺されて死んでいてもギリギリ自殺で通せるかもしれない。死に方まで変わった人だったな、的な。
『ゴンザレスよ。何故ワシは外に出されとるのだ?組長のワシを入れないと話が始まらんだろ?』
「アンタを入れたら、話が始まらなかったからこうなってんだよ」
『それにしてもゴブリンやオーク如きが、このアルタートゥム鉱山の鉱夫達に喧嘩を売ろうなどと笑止!!あのような単細胞の奴等など、ただの大きい獣畜生と変わらんわ!!がはははッ!!」
単細胞が単細胞貶してるんじゃないよ。
俺の言葉が聞こえていないのか、それとも元から会話をする気が無いのかは分からないが壁の向こうで更に一人でヒートアップする脳筋ジジィ。
このままではキリがなくなり話が進まなくなる。俺は腹を括って鍵を解除しドアをゆっくりと開ける。開けられたことに気づいたジジィは『よし来た!』とでも言うかのように笑みを浮かべて立ち上がり、部屋に入ろうと立ち上がる。
「よし。それでは今後の―――」
「フンッ!」
バタンッ!!!
顔が入り口を少し出たところで、すぐさま勢い良く閉めて顔面にドアを叩きつける。見事に決まったのか、ドアの向こうから大きな物音が聞こえる。ドアに耳を当てて遠くの方から怒声の一つも上がっていないので無事気絶したのを確認し、「よし」と声を出して再び皆の前で話を始める
「物を運び出すのはいつだ?」
「え?ぃ、今のは……」
「ドアを閉めただけだ、気にするな」
戸惑いを見せるルッツだが、無理矢理その一言で納得させる。ルッツもいい加減話を進めたかったのか、軽く怯えたような表情で首を小さく何度も縦に振る。
「い、一応出荷する分を明後日までに荷台に載せて、明々後日の朝一で出発の予定になってるが…」
「この様子じゃきっと、荷台の方にも監視が行ってるだろうな。それでいつ出発するかを想定して道の先で待ち伏せ、後は数にモノをいわせて荷台とその運転手を襲撃。オークが数体いりゃ、商人の集団なんて一瞬だ」
「だから護衛を毎回雇っているんだ。商人が全滅しちまえばこっちとしても尋常じゃない被害にあうから、金をケチる事もしねぇ。もし戦力が足りないってんなら王都に連絡して――――」
「逆に止めてくれ。緊急依頼で来るここ近辺の護衛依頼で来てくるパーティーなんて、初心者に毛の生えたよう奴らばっかだろ。途中で救助要請貰っても、女なら擦り傷でも喜んで助けに行くが、野郎なら俺は平気で無視するぞ」
「そこは助けてやらんか」
「ヤだよ。なんで護衛で来た野朗を俺が守らなきゃいけねぇんだよ。俺がこの話し合いの場を設けたのは、運び出す時にオークかゴブリンに襲われるけど俺が対処するから大丈夫ですって事を責任者のアンタに伝えたかっただけだ。女の子守なら喜んでやるが、野朗の子守なんざご免だ」
「お前男に対して冷たすぎだろ」
「バッカお前、野朗に優しくしたところで何か返ってくる訳じゃないだろ?だが、女なら知り合えて今後色々と発展することを期待できるじゃないか、うん」
「………お前さんがどんな人間か大体分かってきたよ」
やめろ、なんだその呆れたような表情は。お前も分かるだろう?ムサいオッサンが金を貸してくれなんて言ってきても一円たりとも貸したい気持ちを抱かないが、美女が言ってきたらウェルカムと思ってしまうだろ?いや、むしろ大金全部あげて今後の展開を期待してしまいたい程だ。
報告するという義務は果たしたということで、軽く両手を合わせてパンッと音を鳴らし「はい、解散解散」と適当に言う。運び出しがなく襲われることが無い今、あまりやることも無いが一応警戒という名目で山全体を暇つぶしに歩いてみるかと歩き出したところで、ルッツが呼び止める。
「もういいのか?俺達がやる事とかがあるならやっておくが……」
「普段通りでいいよ。運び出す荷台もこんな人気のある所なら襲われないし、今更作業者一人一人をチマチマ襲う事なんてしないだろ。襲われるならとっくに前からやるだろうし、こんな人口密度の高い所を襲うより、馬引いてるひ弱な商人の方が襲いやすいのは単細胞のオークでも分かる事だろうしな。本番は明々後日の朝一、それまでは適当に散歩させて貰うわ」
「そうかい……。おっと、金が欲しいなら仕事を手伝ってくれても良いんだぞ?」
「アホかボケ、さっきの二の舞になりたかないわ」
軽く冗談を言い、互いに軽く笑いあったところで
バンッ!!
「ゴンザレスッ!さっそく持ち場に――――」
「ジジィはお呼びじゃねぇ!!」
バンッ!!
唐突に現れたジジィをドアで再び吹き飛ばし、ドアの向こうで大きな物音が聞こえる。今の一瞬で酷く疲れてしまい両手をブラブラと垂らしながら猫背になり、正直もう何も動きたくなくなってきたが、ここに居ると再びあのジジィに絡まれてしまうと思い、「ったく、あのジジィはよ……」と愚痴りながら溜め息も吐き重い足取りで出て行くことにする。
「なんか、すまんな」
「謝罪する気持ちがあるなら、金とかいらねぇからあのジジィにちゃんと教えとけ。俺がやるのは鉱夫の仕事じゃないって事。後、名前はゴンザレスじゃねぇってのもな。これ重要だぞ」
「はいはい」
「ったく、適当に返事しやがってよ……」
苦笑いしながら答えるルッツを見るに、きっとあのジジィが怖くて強く言えなりそのまま話が流れてしまうという結末が安易に思い浮かぶ。根本的にあのジジィに会わないようにしなきゃ解決しないなと諦めながら再び歩き出す。
俺が部屋を出た数秒に小さい話し声が聞こえた。それは俺に聞こえない様に、そしてとても真剣な声色だった。生憎昔から地獄耳と言っていい程に遠くの音が聞こえるから、この程度の小声なら聞こえてしまうのだ。正直野朗の会話内容なんてあまり興味は無いが、隠し事されてしまうもの気分が良いものではないので、その場で立ち止まり耳を済ませる。
『保険には保険を――――』
『誰でもいいから――――』
『近くに護衛が出来る奴等を――――』
流石に複数人が喋っている全員の言葉を処理することは出来なかったが、断片的な言葉でもどんな会話をしているのかは大体想像がつく。大方、腕前が分かりもしない俺一人に商人団体の護衛なんて任せられないから、保険として呼んでおこうという魂胆なのだろう。確かにルッツの様な立場なら無理に危ない橋など渡らず、金を掛けてでも安全な橋を渡りたいと思うのもいかたがない。いや、思わなければ管理者として失格なのかもしれない。
ここで責めてしまっては酷というものだろうと思い、ここは聞かなかったことにして立ち去ることにする。
「来るのが女なら喜んで、といきたいがねぇ」
どうせ無理だろうなと思いながらも、希望を抱いてそんな言葉を呟いてしまう。こんな鉱山に女性が来ること自体の可能性が低いのに、緊急で残り数日でなんて更に可能性が低くなるだけだろう。
はぁ……と再び溜め息を吐きながら、諦めてはいるが捨てきれない小さい希望を抱きながらおれは 再び重い足取りで歩き出したのだ。
◇
アドルフがアルタートゥム鉱山に着いて間もない頃、ある一つの馬車が険しい山道をゆっくりと進んでいた。動物が二頭、運転手の男が一人、そして荷台に女が一人。これだけ聞けばアドルフがアルタートゥム鉱山に移動してきた手段と状況は大して変わらない様に思えるが、詳しくは違う。
アドルフが乗っていたのは平民が個人経営で出している馬車で、金を払い目的地を言えば連れて行ってくれる誰でも乗り込めるもの。これが一般的な馬車というものだ。
だが、この馬車は違う。数ある国々の中で全ての国の原点と言われている人口、領土が最大である王都『ヴルツェル王国』のギルド所属の馬車である。馬車といっても用途や乗る人間によって色々と違うが、この馬車はAランカー以上の者のみが借り出せるランクの高い馬車で、先頭を走るのは荷を引くのによく採用されているロードランナーと言われる小型の走竜。 戦闘には向いていないが、それでも一般的な馬に比べれば幾分かマシではあり、スタミナは馬と差ほど変わらないが最高速度は馬の比ではない。
荷台にはギルドの人間が仕事で不備がないよう必要最低限の道具を常時置かれている。その外側にはギルドの象徴とされている龍と二つの剣が交わっている紋章が付けられていて、この馬車がギルド所属のものである事を示している。商人などの馬車が山賊達に襲われるという事件が少なくないが、ギルド所属である馬車を襲おうなどという度胸の有る山賊はあまり居ない為、自衛の目的もある。
そんな馬車の荷台で、一人の女が寝転びながら気だるそうに呟く
「暇だ……」
年齢は20代前半で、腰まで伸ばしたストレートの綺麗な黒髪のロング、切れ長の大きな双眸、形が良く筋の通ったまっすぐな鼻、ぷっくりとした唇。その全てがバランスよく配置された顔は端整で美しい。だが、日頃から睨んだりして眉間に皺を寄せる事が多いからなのか、今こうやってのんびりしているだけなのに、少し目つきが悪いという印象を抱いてしまう。
服装は少し胸元の開いた白いノースリーブに、短パンの上から前が開いたようなスカートを履いている様な格好。すらっとした四肢に、細いウエストに対して少し大きいヒップに嫌でも目がいってしまう大きなバスト。先程から馬車に揺らされるたびに胸もそれにつられて揺れてしまうという、なんとも男性にとっては目に毒な光景である。
「なぁアンタ」
「はい、なんでしょうか?」
寝転びながら前に居る運転手である男性に話を掛け、礼儀正しい言葉で聞き返す。年齢的に見れば男性は30代前半程度の年齢なので、敬語を使うのに違和感を感じるが、実力が評価されるギルドでは年齢よりもそちらの方で上下関係が決まっており、今の話を聞いただけでも彼女が運転手である男性よりも上の立場にいることが理解できる。
「ここら辺に村か何か無いのか?流石にずっと馬車の上に寝転がってるってのもキツいんだけど」
「そうですね。近くに何かあれば私も寄りたいところなんですが、本当にここは辺境の土地なもので、村などの人がいる様なところは……」
不自然に途中で言葉が止まり、「あ~…」という言葉を発しながら頬を搔く運転手。そんな困ったような表情を浮かべている彼を見た彼女は上半身を上げ、胡坐をかきながら体を彼の方へと向ける。
「なんだよ、その意味ありげな声は。気になっちまうだろ」
「いや、無くはない、と言いますか……。でも、確かじゃないからはっきりと言い難いと言いますか……」
「随分とアバウトな物言いだな。何かがこの近くにあるのか?」
「一応村という話なんですが、何分禄に聞いたことがなければ、行った事もないもので。それに加えここは王都の国境線近くですから、滅多に来ることが無かったのでまだ一度も確認がとれていないんです」
「ギルドの運び屋であるアンタでも知らない村ね」
「この国は広い。私の様な数年しか運び屋をやっていない若造が知らない小さい村は無数にありますよ。一応行った事のある先輩から地図で大体の場所は聞いているので、辿り着けるとは思うのですが……」
言い難そうにしているのが理解できた。客である自分を乗せた状態で、行った事も無いそんな行けるかも安全性も分からない所に行くのは運転手としては躊躇うというのは当然の事。仕事中に怪我をするのは彼女の事項自得だが、本来行かなくても良い所を通り魔物や賊に襲われるなどの想定外の事態が起きて怪我をするというのは運転手である彼の責任になってしまう。ここは彼の事も考えて、余計な事をしないのが最善と言える。だが、彼女はそんな考えを拒否するかのように笑みを浮かべた。
「なら、行ってみるか」
「……いいんですか?王都に帰ったら依頼など色々とあると思うんですが。それに正直言いますと此方としてはあまり行くことには賛成出来ません。もし貴方に何かあれば――――」
「そんな堅い事言うなよ。アタシは予定とか義務とかいう堅苦しいのが大嫌いなんだ。息抜き位しとかないと体が持たないっての。それに、もしアタシに何かあってもアンタの責任なんか負わせないよ。アタシが無理矢理連れ回しましたって言うからさ。いいだろ?」
「……どうなっても知りませんからね?」
その忠告を言うと、走竜に繋がれている紐を撓らせピシッと大きい音を鳴らして方向を少しズラして走行速度を上げる。走竜のそれなりのスピードは馬の全力疾走とほぼ同じなので、普通の乗客なら怖がって手すりに縋りつく程なのだが、彼女は立ち上がりながら馬車の屋根の木を片手で掴みながら笑みを途切らせない。
ここで彼女は「あ」と、少し惚けたような声を出し、運転手に声を掛ける
「結局どこの村に行くんだ?分からないにしても、名前位は聞いときたいんだが」
「あぁ、すみません。忘れていました。確かその村の名前は――――
『ノーランス村』」
運転手の彼は確かにそう告げたのだ