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欲望の赴くがままに  作者: えっひょい
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11話:たまに拳が飛び交うアットホームな職場

依頼主のルッツに自由に動いてくれて構わないと言われたので、俺は暇つぶしと探索を兼ねて工事現場内を歩いていた。正直、ゴブリンに襲撃されても、襲われるのは野郎しか居ないので襲われたと言う報告を聞いた後に迎えば十分な気がするが、態々フリージアに選んで貰った依頼だ。あまり怠けて終わらせると言うのも気がひける。面倒と思いながらも、彼女の為に仕事を果たそうとしてのだ。


そして、俺は今


「ジジィ、終わったぞ」

「棟梁と呼べぇ!!」


何故か手伝いをしていた。

先程から幾度となく怒鳴りつけている棟梁と呼ばれるジィさん。うちの鍛冶屋のディルクより一回り小さいが、この年齢の一般男性からしたら異常な筋肉に体格が大きい。棟梁とまで呼ばれているのだ、きっとこの現場で何十年も肉体労働をしてきたのだろう。そんな彼は俺を誰かと勘違いしているのか、それとも働きにきた新人にでも見えているのかは分からないが、先程そこらを歩いていた俺を捕まえて掘削道具を投げつけてきたのだ。俺だから条件反射で受け取れたが、他の奴なら大半は受け取られずに流血沙汰になっていたぞ。最初は野朗だから老人だろうが関係無しに怒鳴りつけてやろうかと思ったが、それを言う暇もなくジィさんは奥の持ち場まで戻っていってしまったので、どうしたらいいか分からなくなった俺は釈然としないまま仕事を手伝い始めたのだ。


「今の仕事が終わったんなら、さっさと次の持ち場に行って仕事をやらんか!削るモンも運ぶモンも腐るほどあんだぞぉ!!」

「おい話を聞けジジィ。俺は護衛として見回りしなきゃならんのだ。こんな鉱夫の仕事をやってる暇は無いんだよ」

「棟梁と呼べぇ!!」

「一々声がデケェんだよ。そんな近くに寄んな叫ぶな唾飛ばすな、後鼻息荒い」


至近距離で俺に唾を吐きかけながら大声で俺に叫ぶジィさん。俺は耳を手で塞いでいるがその大声は簡単に耳に貫通して聞こえてくる。

こんな常時騒音の掘削現場の特徴と言うのだろうか。声が小さければ周りの人間に情報伝達が上手くいかないから大声で喋るのが慣れていて、さらに騒音がする所に居過ぎたせいで耳までもが悪くなっているのだ。これは今目の前に居るジィさんだけでなく、こんな現場で長年長く働いている人間に殆どがそうなっているだろう。


「さっさと持ち場に戻れぇ!!」

「だから無ぇって。持ち場なんて無ぇんだって。俺の仕事はゴブリン退治なの、鉱夫のお仕事じゃないの。分かったかジジィ」

「棟梁と呼べぇ!!」(ブンッ!)

「うぉっ危ねッ!?」


言葉と共に手に持ってた酒瓶を凄まじい速度で俺の顔面目掛けて投げてくる。驚きながらもそれを顔面に当たる直前に片手で受け止める。どんな神経したら初対面相手に酒瓶投げてくる人間がいるんだ。運び屋のオッサンが言っていた、この鉱山では喧嘩が耐えないと言った意味を今まさに身をもった知った。

それにしても、俺は何度この叫びを聞けばいいのだろうか。別に俺が大人になってこのジィさんの勘違いを一旦受け入れて棟梁と呼べばこの叫びは収まるだろう。だがここでこのジィさんを棟梁と呼べばまるで俺が彼に負けたようで気に入らない。女の前では喜んで幾らでも大人になってやるが、野朗相手になら俺は母親に駄々をこねる子供の如き頑固さで反抗してやる。


「そんな筈は無い!ワシは朝のミーティングでしっかりと持ち場への人員の分配をしっかりと行った筈だ!!その時お前も居ただろう!!」

「居ねぇよ、朝の時点でこの山にすら居ねぇよ。誰だよ、誰と間違えてんだよ、このジジィは」

「棟梁と呼べぇ!!」


人の話聞かねぇな、このジジィ。その耳穴に石か何か埋まってんじゃねェだろうな。

そう思いながら俺が軽く睨んでいても相手は何のその。まったく気にしない様子で、俺に怒鳴りながらバンバン作業をやり続ける。思わず後ろから蹴りでもいれてやろうかと思ったが、暴力で訴えるというのは彼の様に短期で乱暴な人間のやり方だ。俺はそんな奴等とは違い、しっかりと話し合いで解決するような利口な人間だ。だから俺は彼の話を受け止めながら間違いを訂正してやることにした。


「分かった分かった。じゃぁ居たって言うんなら俺の名前言ってみろよ」

「ゴンザレス」

「俺がそんな名前にツラに見えんのかジジぃィッ!!」


バリィンッ!

先程やられた事をやり返すかのように、作業をしている奴の背中に投げつける。酒瓶が割れると共に「ッ……人に酒瓶を投げるとは何事じゃ!」と少し痛がりながらも俺に怒鳴りつけてくるジィさん。この野朗、鏡見て出直してこいとでも言って欲しいのか。彼は仕事を止め、俺の元にドシドシと足音をたてながら歩いてきて、勢い良く胸元を掴んできた。あまりに勢いがあったせいか、頭突きをしてきた様な形となり俺とジィさんの互いの額がぶつかり、俺の頭が後ろへと突き飛ばされる。頑固なのは性格だけじゃなく(物理的に)頭もそうだったらしい。


「何をするかゴンザレスッ!!お前さんは、そんな奴じゃなかっただろ!!」

「だからゴンザレスじゃねぇって言ってんだろ!!この腐れジジィ!!つぅかどんだけ頭硬ぇんだよッ!!」

「棟梁と呼べぇ!!」


流石にカチッ(怒)となった俺は足元に転がっていた細い木材を蹴り上げて手に取り、ジィさんの頭頂部に叩きつける。木材はへし折れジィさんは「うご……ッ」と野太い呻き声をあげ、胸倉を掴んでいた両手を離して、後ろへたじろいだ。

なんだろう、最近になって人相手に瓶や木材を叩きつけることが多くなってきた気がする。まぁ先に仕掛けてきたのはあっちだから良いかと、自分に非はない事にしてこの場から離れる為に歩き出す。


「ったく……やってられるか」


後ろから「ゴンザレス」「待てゴンザレス」「仕事があるぞゴンザレス」と大声で聞こえるが、その声の主はゴンザレスを呼んでいてアドルフという名の自分には関係無い事だから無視しても構わないだろう、うん。

無駄な時間を過ごしてしまったと愚痴を溢しながら、もう面倒事は勘弁だと誰にも見られない様に隠れて休んで、飯の時間にでもなったら依頼主のルッツの元に戻ればいいやと考え、いい隠れ場所でもないかと適当に歩きながら探していると、少し違和感のある気配を感じ立ち止まる。


「――――」


周りに居る鉱夫のものじゃない。もっと言えば人間ではない何かのものだ。

俺は目線をその気配のある方向に向けると、そこにあったのはただの壁だった。


「いや、これは……」


最初は自分の感覚が鈍ってしまったかと思ったが、視線の先にある壁に目をこらして見ると、不自然に空いてある拳代の穴がある。少しすると壁の向こうから物音がすると同時に気配がどんどん遠くなっていくのを感じ、不自然に思いもう気配も無いことだし見てみようかとその穴へと近づく。

目の前まで来て、その穴の中を覗く様に見ると暗闇である筈の穴の置くには微かであるが光が差していた。


「光、ね……」


そう呟き少し考えた後、躊躇無く穴の少し下近くの部分目掛けてブンッ!と蹴りを放つ。思惑が外れたら壁を少し砕いた程度で済むだろうが、結果思惑通り分厚い筈の洞窟の壁がバゴッ!と大きい音をたてながらも、たった一発の蹴りで貫通した。貫通した先にあったのは、縦横高さ2m程度の空洞があったのだ。そして奥には先程見た光が差されている人一人が通れる大きさの穴が上へと続いている。おそらくこの穴の先は地上に繋がっているのだろう。


「……面倒な事しやがって」


所々に鉤爪で引っ掻いた様な傷跡。この大きさの穴、鉤爪、先程の気配、極め付けにここ最近流れている噂。これだけ情報があれば先程までここにいた生物が何かは馬鹿でも分かる。

地上に繋がっているであろう穴を覗きながら、面倒くさそう呟いた



 ◇



「兄ちゃん」

「おう」


椅子に座りながら、ルッツの言葉に片手を上げて暢気に返事をする。今俺が居るのは会議室と銘打たれた場所にいる。会議室と言っても一般的な建物の屋内に複数ある内の一つの部屋ではなく、木材で簡易的な作られた小屋の様な小さい建物で、『会議小屋』といった方が正直しっくりとくる。ここでは普段客の対応や仕事のミーティングなどに使用しているらしい。

ルッツが部屋に入ってくると、後からどんどん彼に続くように人が入ってくる。その誰もが体つきが良く、この現場で何年も働いているのだろうと感じさせる程の貫禄がある。この光景だけでも気が弱い人間には恐ろしい光景に見えるのだろう。最初はルッツだけに話せれば良いというものだったのだが、と不思議そうに思っている俺にルッツが少し申し訳なさそうに話す。


「事前に連絡してもないのにすまんな、こんな人数で来てしまって」

「これまた厳つい奴等連れてきたな」

「重要な話だって聞いたから、各持ち場の上長を連れさせて貰ったよ。流石に俺一人だけが知っているってなるともしもの時に混乱しか招かないからな。最低限の人間には知って貰った方が対応がし易いだろ?」

「そりゃごもっとも。別にその事に意見を言うつもりは無いし、寧ろ正しい判断だと思うよ。だが俺がアンタに言いたいのは――――」


「ゴンザレス!ゴンザレスじゃないか!!何故お前さんがここに居るッ!!」


「――――上長の人選はもっとしっかりした人物にした方が良いって事だ」


視線を向けた瞬間あの大きいガタイが目に入ったからもう駄目だなと思ったよ。先程も俺にゴンザレスという似つきもしない名前で俺に働かせていた棟梁(ジジィ)が作業場でもないこの静かな会議室で相も変わらない大声で俺に急接近してくる。もういい加減に俺がゴンザレスじゃないってことに気づけよと呆れたような視線を送るのだが、この老人には届かないのか見えないのかは分からないがそのままのテンションで何故か襟を捕まれて、まるで猫の様にプラーンと持ち上げられる。


「何故現場から居なくなった!持ち場で定時まで働かなきゃ給料は出せんぞ!!」

「分かった、持ち上げるな、持ち上げるなって。後声デカイ、顔近い。ここは静かだから小声でも耳に届くだろ」

「何を言ってるか分からん!声が小さい!男ならもっと声を出さんか!!」

「それはもう俺が悪いんじゃない、アンタの耳が悪いんだ」

「もっと!大きな声を!出さんかッ!!」

「だから!俺じゃなくて!!アンタの耳が悪いんだよッ!!!」

「うるさぁぁいッ!!」

「何故にッ!?」


言われた通り大声で返事をしたら先の件で味をしめたように頭突きで俺を黙らせるジィさん。おい、普通上長っていうのは何事も冷静に判断したり、職場全体を把握して的確な指示をしたりするしっかりとした人格者を選ぶんじゃないのか。このジィさん情緒不安定で暴力的過ぎやしないか。

流石に気の毒になったのか、若干引き気味に棟梁に説得に入るルッツ。納得出来ていない様だが、年下でも上長であるルッツの言う事だからと引き下がる棟梁。上長の言う事を聞くという常識があれば、おれの言う事も普通理解してくれる筈なのだがと不満を抱くのだが、これ以上何か言うと面倒なので黙って距離を置く為に後ろへ下がる。


「兄ちゃん……だ、大丈夫か?」

「肉体的に大丈夫だとしても、こんな理不尽な暴力喰らって精神的に大丈夫だと思うか?どうにかしろよ、このイカレジジィ。アンタここの責任者なんだろ?」

「本当にすまんな。この人は立場が俺の方が上だとしても、昔から世話になってるから俺も頭が上がらないんだ。勿論、他の上長達もな」

「これだから暴力が蔓延る職場は嫌なんだよ……」


未だにあるんだよね、説教するならまずは頭でも叩いておけば取り合えずいいみたいな頭の悪い考えが当たり前になっている脳筋の職場。俺がそんな職場に入ったら後半は仕返しで流血沙汰になってしまう未来しか見えない。やっぱり俺には自由気ままに狩りして金稼いでド田舎でのんびりと女囲って生きていく方が性に合っているのだろう。


「まぁいい。ゴンザレス、この話し合いが終わった後ワシと一緒に来い」

「あ?なんでだよ」

「あの後、親切な奴がお前さんの仕事を代わりにやってくれたんだ。いくら用事があって抜けたとはいえ、感謝の一つぐらいするべきだろ」

「……分かったよ」


このジジィと俺の面倒事に一人誰かは分からないが巻き込んでしまったというのなら、謝りに行った方が良いのだろう。正直、何故俺の方に非が有るかの様に言われているのか意味分からんし、今回の件は十割このジジィが悪いだろうというのが俺の気持ちなのだが、ここが良い落とし所というものなのだろう。なら今回限りは俺が大人になって泥を被ってやる事にしよう。これ以上言い合っているとこの目の前に置いてある酒瓶で殴りかかりたくなってくるしな。

俺が自己完結をしていると、ルッツの隣に居た一人の上長が口を開く。


「仕事を肩代わりって、そんな暇な奴が居るんですかい?」

「ん?分からんが、コイツが居なくなった後いつの間にか仕事を代わりにやってたんだ。ワシは優しい奴が居るもんだと関心してたんだが……」

「確かに優しいのは良いけど、こっちとしては勝手に違う持ち場で働かれると困るんですよ。工数管理もありますし。顔か所属とか分かりますか?」

「おぉ覚えておる、覚えておる。待っておれ」


そう言って、腕を組み顎下を触りながら黙って考え出す棟梁。本題とは逸れ完全な業務連絡をやり始めたが、棟梁が名前を言えばすぐに片がつき本題に入れるから別に良いかと事の顛末を黙って見ていることに。周りもそれを察したのか黙って棟梁の答えを待つ。

しかし、十秒二十秒経っても返ってくるのはデカイ老人の「う~ん……」というムサく低い唸りの様な声しかなかった。もしかして忘れたのか?その姿を見て若干心配気味になり始めた時、唐突に俺の顔を見始めた棟梁


「……なんだよ」

「ゴンザレス、お前さんはあの後帰ってきたりしてないよな?」

「ゴンザレスじゃねぇけど、そうだな。俺はあの後そのままこの会議室に来たよ」

「いや、それだと可笑しい。今思い出したら、あの時居たのはゴンザレスだった……。何故ここに向かった筈のお前さんが居たんだ?」

『………………』

「……なんだお主等、いきなり黙って?」


先程の台詞を聞いた瞬間、部屋の温度が一気に下がったのを感じた。惚けたような表情を浮かべながら状況を理解出来ていない棟梁以外の皆が俺に心配そうな視線を向けてくる。なんだよ、何を心配する必要がある。まるで怒り狂って暴れだすとでも思っているのか?

思わず笑みが出てくる。俺がこんな事で冷静さ欠いて暴れだすなんて、そんな子供染みた事はしない。

なんたって僕は大人なんだ。被害者である僕と、加害者のこの老体の二人だけでしっかりと事を片付ければ何の心配も無い。

笑いながら周りに手で大丈夫だとサインし、皆の動揺を無くさせる。皆がホッと息をついたのを確認したところで、バッと酒瓶を手に取り駆け出す


「野朗ぶっ殺してやる!!」

「止めろ!!」


飛び上がって棟梁の頭をカチ割ろうとしたところを、ルッツの掛け声で周りに居た上長たちが掴みかかってきて地に伏せられる。止まって堪るかと、すぐに立ち上がり走り出すがまたすぐに後ろから掴みかかられて動けなく。


「離せぇ!このジジィの頭カチ割んなきゃ気がすまねぇ!!」

「どうどうどう!!」

「ま、待てって!!」

「このジジィ!普通本人に会ったら「あ、さっきの男は違う奴だったんだ」位は考えられんだろ!それなのに勘違い続けて俺に謝罪しろとか抜かしてんだぞ!?しかも謝るのゴンザレス本人とか、どんな意味の分かんねぇ場面だよ!!人の見間違いにも限度があらぁ!!」

「こいつ力強ぇ……ッ!」


一人くらいならそのまま引き摺ってでも棟梁の頭をカチ割りに行くところなのだが、手足一本ずつに力自慢の男共が喰らいついて来るので中々に飛び掛れない。

そして何が気にくわないって、こっちが必死になって色々とやってるのに、この状況を作り出した本人が未だに理解せずに不思議そうな目で此方を見て来ていることだ。


「まさかゴンザレス。お前さん、兄弟でも居るのか?」

「な、ん、で、そこで人違いって事に気づかないんだよ!?どんな目と脳みそしたらそんな結論に辿りつけるんだ!!諸々腐ってんのかこのジジィ!!」


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