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欲望の赴くがままに  作者: えっひょい
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10話:アルタートゥム鉱山

長年整備されていない、荒れに荒れた道をガタガタと揺られながらも台車の後ろに乗り、暢気に寝転がりながら空を見続けている。

『アルタートゥム鉱山』へ移動中の現在、特にやるべき事も、やる事もないので、暇つぶしにこうやって空を見ることしか出来ないのだ。

依頼先の『アルタートゥム鉱山』で本当に女性に会う事は出来るのか、若干不安になりながらも密かに希望を抱きながら、空に浮かぶ雲を色々な形を物に例えて暇つぶしをしている。先程、一つの雲の形が女体

に似ていたので、心の中で密かに喜んでいたのは秘密だ。

あれは羊、あれは牛、あれは羊、あれは鳥、あれは羊。羊の確率が高いなと下らない事を考えていると、前の運転席の方から声が掛かる。


「いやぁ助かったよ、兄ちゃんみたいな客が乗ってくれてて。もし一人でこんな山ん中で脱輪しちまってたら困り果てたところだったよ」


俺に笑いながら、そう感謝を述べてくる。今、運転手が言ったのは先程この荒れた道によって馬車の車輪が脱輪してしまい、動けなくなってしまったのだ。運転手を含め俺二人しかいない状況で、脱輪をどうにかするなど出来ないなど思ったのか、もう駄目だ、魔物に襲われるだのと大騒ぎし始めたが、俺にとっては一つの馬車程度の重さなど、ロットンウルフに比べれば赤子の様に感じる程度なので、特に思うこともなく片手で車体ごと持ち上げたのだ。

まさか、一人では持ち上げるが出来るとは思わなかったのか、脱輪から戻った光景を見るとまた一人で騒ぎ始めたのだ。なんとも愉快な運転手だと呆れながらも軽く笑った。


「それにしても兄ちゃん、アンタ凄ぇ力持ちだな。まさかこの台車を片手で持ち上げるとは思わなかったよ。この台車は『アルタートゥム鉱山』にいる鉱夫達の食料や、仕事で使う掘削道具があるから結構な重さになってるんだが」

「だから後ろが異様に重かったのか。持った瞬間、思ってたより数倍重さがあったから不思議に思ったが……。そうかそうか、鉄類の掘削道具があるならそりゃ重い訳だわ」


ははは!、と笑うと前の方で運転手が小声で「……不思議に思った程度で片付けられるモンなのかな」と呟いていた。持ち上げられるから持ち上げてのだが、どこに不思議に思う様な所があるのだろうか?


「でも、良いのか?物持ち上げただけでタダで乗せて貰う事になって若干申し訳ないんだが……」

「こっちは兄ちゃんがいなかったら、困り果てたところで魔物に襲われて食い殺されてたかもしらねぇんだ。結局兄ちゃんを乗せるのだって本来の目的の荷物運びのついでに乗せて金を貰ってるだけなんだ。別にこっちとしては損はしてねぇから、気にしないでくれよ」

「悪りぃな」

「気にせんでくれ。この仕事は助け合いがなきゃ、やってられないモンだからねぇ。下手に強がってちゃ、いざという時に誰も助けてくれなくなるのさ」

「へぇ……。これまで気楽そうに見えてたけど、案外運び屋も大変なんだな」

「俺達運び屋や商人は兄ちゃんみたいに一人で魔物に立ち向かえるような力は無いからしょうがないっちゃしょうがないんだがね」


基本魔物討伐において、俺は協力という事はしない。その証拠に依頼の際、俺はパーティーを組まず一人で受け、討伐する際には周りに邪魔者が居ない様に人払い、もしくは予め人が居ない所で行う。理由としては、俺は魔物が何百何千と襲って来ても問題は無い。だから、無用な仲間は迷惑でしかないのだ。下手に弱い奴をパーティーに入れて、勝手にピンチになって助けてくれなんて言われ、しかもそれが野朗だったら逆に殴りに行くとまで思っている。女だったら良い格好を見せる為に喜んで行くがな。

まぁ、他にも色々とあるのだが、理由は大体そんなものだ。


「人と助け合いながらね……、俺には向きそうにない職業だ」

「人には向き不向きがある。適材適所とも言うかな。無理に合わないことをして我慢するより、合うものをやって伸びていったほうが、自分にも周りにもきっとプラスに動くもんさ。逆に言えば無理をして合わないものをやっていけば、自分と周りにもマイナスな事しか無い。そうやって小さい歯車が重なっていって、今の世の中が回ってると私は思っているよ」

「随分と深い言葉を言うもんだな」

「いやはや、すまないね。この歳にもなると、経験が多い分無駄に言葉が続いちまう」


ははは、と乾いた笑いながらオッサンは優しい眼差しで、台車を引いている前の二匹の馬の鬣を撫でる。二匹はそれに答えるかの様にブルルッと鼻を鳴らし、オッサンの方に目線を向けてくる。オッサンはそんな二匹に「なんでもないよ」と優しく答え、まるで言葉が通じた様に二匹は頷くように首を振り、前を見る。


「随分と懐かれてんだな。マジで言葉でも通じてんじゃないか?」

「流石に言葉は通じんさ。ま、この二匹は親馬の代からの付き合い、生まれた頃から育ててるから言葉は分からなくても、俺の思ってる事や言っている事を雰囲気で感じ取ってくれてるのさ。俺にとっちゃ子供同然、こいつ等も俺の事を親みたいに見てるんじゃないかな。正直こういう仕事柄、遠出する時間が長くてな。女房と子供と居る時間より、こいつ等とこうやって馬車を引いてる時間が多くて、こいつ等に懐かれる代わりに子供にあんまり懐かれなくて悲しんでるところよ」

「やるせねぇな」

「やるせないねぇ」


互いに軽く笑いながら膝を叩く。結婚もしたことないし、子供もいないから、そういう目にあった事がないからあまり分からないが、仕事で頑張って金稼いだ代わりに子供が懐かなくなるなんて、親としては悲しいんだろうなとは思う。


「そんなやるせない世の中でも、俺は女房と子供、そしてこいつ等とゆっくりと生きていくのが合っているのさ。兄ちゃん達みたいに魔物狩って大金稼ぐ様な人間からしちゃぁ、俺等みたいに魔物に怯えながら小金を稼ぐのは情けなく見えるかもしれないがね」

「そんな卑屈になられてもこっちが困るって。確かに、俺はオッサンみたいに運び屋をやってみたいとは思わないが、オッサンみたいな人間が居てくれるから、ギルドの人間はこうやって楽出来たり、助かってるんだ。仮に世界中が俺みたいな人間しか居なくなってみろ。魔物は狩れても他には能が無いんだぜ?もう秩序もあったもんじゃない。平和主義者、という訳じゃないがオッサンみたいな人間いてくれないと、困ることの方が多いんだよ」

「なんだ、なんだい。随分と嬉しい事言ってくれるじゃないか。慰めかい?」

「俺は男に慰めの言葉を送る程の優しさは欠片もありゃしないよ」


そりゃ説得力ある言葉だ、と笑うオッサン。

男に慰める言葉を掛ける位なら、女を口説く言葉を考えていた方がまだ有意義だ。同じ男として、やはりそういう所は分かってくれるらしい。

話の区切りがいいところで俺は、聞きたかったことをオッサンに言うことにした。


「ところでオッサン。俺はあんまり地理とか詳しくないから、目的地の『アルタートゥム鉱山』ってどういう所なのか、教えてくれねぇか?」

「別に構わんが……。なんだ兄ちゃん、そんなことも調べずに依頼受けて、向かっているのかい。随分と無鉄砲の様な事をするじゃないか。普通そういうのは依頼を受ける前に調べとく事じゃないのかい?」

「俺は基本あれを狩って来て、今度はあれも狩って、そしてこっちも、なんて感じで特に考えずに言われた魔物を狩って来るだけだったからな。そういう調べものとかはしないんだよ」

「随分と大御所めいた発言なこった。ま、兄ちゃん程の腕っ節なら、それが普通なのかもしれねぇなぁ」


薄々分かっていたが、俺は他の奴等とは色々と違うらしい。魔物狩りは何年もやってきたが、魔物や現地の情報を自ら調べた験しがない。基本受ける依頼はフリージアが決めて、その現地と討伐対象を説明されるが話半分で聞いている為あまり役に立たず、依頼元から用意された馬車に乗せられ現地に移動、適当に討伐したら帰ってフリージアに報告。

普通は相手の弱点、そして有効な罠や装備を買え揃えて、パーティーと話し合って計画をたてて依頼に望むのが普通らしい。ものの見事にその部分が抜かれているので、まったくと言っていい程に頭を使っていないな。まぁ、調べたところで、何発かぶん殴ったら終わってしまうのだから、今更変えようとも思わないが。

そう考えていると、オッサンは前の方に指をさし、説明を始めた。


「『アルタートゥム鉱山』はこの山の向こうにある、この地帯でも有名な鉱山さ。昔から大量に発掘される燃料に鉱石、高額で取り引きされる宝石と色々なモンが発掘されていてな。今でも何百何千もの鉱夫が派遣され続けてる年がら年中人の絶えない所でね、大体行くのは金が欲しい体力自慢の男共と、一攫千金を狙う探検者奴等位なもんよ。そのせいでひ弱な一般市民は近寄ろうともしないがね」

「そうなのか?短期位ならいけるんじゃないのか、軽い小金稼ぎで一日、二日だけだとか」

「言っただろう?行くのは体力自慢と探検者の奴等だけだって。どいうつもこいつも我が強すぎて協調性の欠けるのが多いから喧嘩も年がら年中耐えないのさ」

「……聞いただけで、その絵面が容易に想像つくな」


ガタイのいい男が些細な言い合いで結果殴りあうというムサ苦しい光景が頭の中に浮かぶ。一年中そんな奴等が数千人いればそんな光景はほぼ毎日嫌でも見ることになるだろうから、一般人はそんな喧嘩に巻き込まれるのを怖がって、金稼ぎに来たくなくなってくるのは頷ける。

誰も小金稼ぎの為に殴られに行くだなんて、納得出来ないだろう。そんなの俺だって嫌だ。むしろ野朗に殴られた瞬間、無意識で倍の威力で殴り返す自信がある。例えそれで殺しても後悔はない。先に殴ったほうが悪いんだ、うん。

でも女に叩かれたら、感謝の意を伝えるがな。


「確か、兄ちゃんが受けた今回の依頼は『ゴブリンの討伐』だろ?」

「あぁ」

「来たタイミングが最悪…いや、兄ちゃんの実力なら金が稼げるから良かったかもしれねぇな」

「タイミングが悪い?何のよ」

「昔からちょくちょくゴブリン共からの被害はあったんだ。食料が奪われたり、商人が移動中の馬車で襲われて殺されたり……。まぁゴブリンは多くの地域に腐る程居るからな、それ自体は珍しい事じゃない。その事もあってこの依頼は数ある登竜門の『ゴブリンの討伐』としてギルドの駆け出し者が毎年来てくれるから、こっちとしては繁盛するから有り難いがね」


そうなると俺も駆け出しの初心者になるようで、あまり納得出来ないが、これも女にモテる為。大を生かすために、小を犠牲にする。俺の様なプライドの高い漢の中の漢には、なんと耐え難い現実なんだ。だが俺はデキる大人。そんな辛い現実でも俺は耐えて多くの女と添い遂げてみせる。

俺が決意を固め、握り拳を作っているところでオッサンが話を再開する。


「話を戻すが、聞いた話によると、そのゴブリンが最近活発になってきたんだ」

「活発?」

「なんでも、ゴブリンの集団にオークが数匹合流したらしい。それでゴブリンの集団の頭をオークがやる事になって、これまで短絡的な行動しか出来なかったゴブリン共が策を弄す様になって被害が大きくなっちまったんじゃねぇかって噂よ。まぁ実際誰が見たとか聞かんから、確証めいたモンは無いがね」

「オーク共がねぇ……」


ゴブリンは1m有るか無いか程度の大きさで、緑色の肌に尖った長い耳と小回りが利く魔物。動き回って鬱陶しいが非力の為、狩りの経験がある人間なら集団にでも来られない限りは滅多に負けないとされ、魔物の危険度は最下位のDランクに位置づけとなっている。今回の依頼内容はその集団の討伐となっている。

今オッサンが話していたオークというのはゴブリンの上位固体のCランク。だが、簡単上位固体と言ってもゴブリンとオークの違いは大きい。緑色の肌は変わらないずだが、つぶれた鼻、下唇から突き出すイノシシのような二本の牙が特徴的である。動きと体格は人間と近しいものとなり、全長は最低でも4m弱、種族によってはその倍以上の大きさオークもいる。

そして、ゴブリンとオークの一番の違いはなんといっても戦い方と腕力。ゴブリンは知能が低い為、特に考えずに勘で動く事が多いのだがオークは違う。流石に人間と同等とは言わないが、相手の動きを観察し戦い方を変えたり罠を仕掛ける事が出来るのだ。それに加えてゴブリンとは段違いとも言える程に強力な腕力。大きいこん棒などの武器で攻撃してくるのだが、その一撃は余裕で人間の頭どころか全身を粉砕し叩き潰せる程の威力がある。

だから、一般的なゴブリン討伐の方法は遠距離による攻撃、もしくは攻撃した後にすぐさま退避しタイミングを見計らって再度攻撃し退避を繰り返すという一撃離脱戦法。至近距離は危険地帯に自分から突っ込んでいく様なものだとされ、その至近距離で戦う者は余程自分の実力に自信が有るか馬鹿のどちらかとされている。勿論最強無敵の俺は前者の実力に自信がある方の人間だ。断じて馬鹿ではない。そう、馬鹿ではないのだ。


「まぁ、ゴブリンが来ようがオークが来ようが、どうでもいいけどな」

「お、随分と頼もしい事言ってくれるじゃないか。兄ちゃんに掛かればゴブリンもオークも赤子同然ってかい?」

「任せな任せな。この俺に掛かれば、どんな敵だろうと裸一貫になっても仕留めてやるよ。こう、ズバッ!と」

「ははは、裸一貫になって魔物に挑むなんざ、そりゃぁ面白い冗談だ!」


膝を大きく叩きながら大笑いする。話を合わせる為にとりあえず俺も笑っておく。

別に冗談じゃないんだがな……。本当の事を言ったのに信じてもらえなかった事に若干ショックを受けながらも、本来の目的の情報を聞き出すことに。


「おっと、一番重要な事を聞くのを忘れてた」

「重要な事?悪いが、魔物の弱点や居場所を聞かれても、答えられないよ。そんな話は馬車の運転手には無縁だから知りはしないよ」

「魔物の事なんてどうでもいい。『アルタートゥム鉱山』で女と知り合うにはどうしたらいいんだ?」

「―――は?」



 ◇



「あ~、帰りたい。もうお家に帰りたい」


悪態をつきながら、岩を削って作り出した荒く硬い道を歩く。今俺は、目的地の『アルタートゥム鉱山』に到着し、運転手のオッサンと別れを告げこうやってグダグダと依頼主の元へ向かっている。

こうイジけているのには理由がある。俺の目的は女性との出会いだ。それ以外の金だの名誉だのは今の俺にとっては微塵も興味が無い。フリージアがここに出会いがあるからと言ったから態々こんな鉱山にまで出向いてゴブリンを狩りに来たのだ。その筈なのに運転手のオッサンに聞いたら「こんな鉱山に女と出会える訳がない、そんなモンの為にこんな鉱山に来た奴が居たら頭が如何にかしている」という無慈悲な言葉と大きな笑いを貰った。

あんな優しいオッサンに、直接言われた訳では無いが間接的に頭がイッテると言われた俺の心はもうズタズタだ。彼の笑いに笑い返す余裕すらなく、膝を抱えて横たわった。


「なんだよフリージアの奴。女と会えるからこんな鉱山にまで来たのによ。これじゃただむさ苦しい野朗の集団に会いに来て、雑魚を狩るだけじゃねぇか。マジで無駄足だよ最悪だよ。俺の人生の大きな第一歩が沼底だよ」


止まることを知らないフリージアへの愚痴を垂れ流しながら、道に転がっている無数に有る石ころの一つを蹴る。だが、よろよろと歩きながら特に狙いもせずに蹴りだしたものだから、蹴りが石に当たる事無く空を切る。別に誰にも見られていないから恥をかくことはなかったが、それにイラついた俺は少し先にあった岩石を八つ当たりするように蹴りつける。思いのほか力を入れすぎたのか、岩石は砕け散りその一部が大砲から放たれた弾丸の様な弾道を描きながら遠くへ飛んでいった。遠くの方で『ドンッ……』と鈍く重い着弾音が鳴り響き、それに少し鬱憤が紛れ、再び歩みをはじめようかとした所で後ろから声が聞こえた。


「そこの兄ちゃん!弓を担いでる兄ちゃん!!」

「ん?」


こんな鉱山で弓を担いでるのは俺くらいだろうから、おそらく声の主は俺を呼んでいるのだろうと思い声のした後ろへ振り向く。そこには小太りのオッサンが此方に向かって声を出しながら手を振っている光景があった。この作業場である鉱山で汚れの無い綺麗な服装、そして体力の必要な採掘作業をする人間とは思えない肥満体系。大体そういう人間は管理職か商人と決まっている。まぁ察するに彼は依頼人で、依頼を受けた俺に話に来たのだろう。特にここに居てもやる事も無いので、素直に従い彼の元へと向かう


「兄ちゃんが今回の『ゴブリン討伐』の依頼を受けてくれた人かい?」

「まぁ一応……」

「一応……?おっと、俺はここの現場を仕切ってる『ルッツ』って者だ、よろしく頼む。いやぁ、ゴブリン退治を受ける奴は腐るほどいるんだが、鉱夫共を怖がってかここの依頼を受けようとする人間はあんまり居なくてね、感謝してるよ。自分で言うのもなんだが、よくこんなむさ苦しい所に来てくれたな」

「えぇ……ホント、なんででしょうかね」

「?」


俺の今抱えている負の感情を知らない彼は頭の上に?を浮かべて首を傾げる。まぁ、俺が女との出会いを求めてこの鉱山に来て落ち込んでいるだなんて誰も思わないだろうから、仕方ないんだがな。そう納得すると、逆に悲しみが増し溜め息が漏れる。


「なんだか分からんが、まぁいい。早速本題の依頼についてだ。アンタには護衛をお願いしたい。採掘している所を襲われるのを未然に防いだり、採掘した鉱石等を運搬する馬車の集団の移動を邪魔させないとかな。兎に角、ここ付近に現れたゴブリン共は見つけ次第始末して欲しい」

「採掘している所をって……、そんな白昼堂々とゴブリン共が襲ってくるのか?」

「普通ならそんな行動には出てこない。奴等は魔物の中でも弱い分類に入っているから、普段は集団を作り自分達より戦力が少ないのを狙う。こんな野朗の大集団の場所には普通寄り付こうともしない筈だし、そうだった。だが、最近奴等は頭を使うようになったのか、待ち伏せして襲ってきたり、集団から離れた奴を狙ったりと厄介な事をやってくるよ」

「噂じゃ、オークが頭を張ってるとか聞いたが」

「確かに可能性は高いが、誰かが見たとかそういう確証があっての話じゃない。所詮は噂の範疇の話さ。そういう話も留意して警戒は多少やっとくが、鉱夫や運び屋を管理する俺が一々の噂で慌てふためいていたらキリが無いし下に示しがつかん」


これが管理職の難しいところなのだろう。オークが居るかもしれない。それは大変だ、確証も何も無い噂だけど怖いから護衛を多くを雇おう、討伐隊を送ろう。それで本当に敵が居れば的確な指示だと称えられる。だが、逆に実際は居なくて対策は意味が無かったとなれば話しは別だ。時間と金の無駄、そして一つの噂に踊らされてしまう上司という肩書きが付きまとうことになる。

今回俺はオークが近くに居るという一つの噂を聞いてきたが、ここに何年も滞在している彼にはもっと多くの噂が耳に入ってくるだろう。どれが本当で嘘か、どこまでが対処すべきで捨て置くべきか。そんな見極め方をしていかなければ多くの噂に踊らされ空回りし、本来の仕事に手が回らなくなってしまうなど本末転倒だ。


「それにしてもアンタ、武器は見るからに初心者だが、腕の方はたつのかい?」

「それなりにはな。まぁ、安心しな。オーク程度じゃ俺は殺されないさ」

「初心者丸出しのそんな弓でオークと渡り合えるってのは信じられないが……。その自信が偽言じゃないことを祈るばかりだよ」

「そう心配しなさんな。ゴブリンかオークが10や100来ようがどうにでもなる。……正直女が居ないと分かったからもう弓を使う縛りとかもどうでもよくなってきたし」

「は?」

「なんでもない。それに人間、今死んだとしても遅いか早いかの違いだろ」

「アンタ、本当に護衛として来てくれたんだよな?」


俺の本心からポロッと出た言葉に、顔を引きつらせながら聞いてくるルッツ。(ついで目的だけど)護衛の為に決まっているだろうが。誰が用も無しにこんなムサ苦しい鉱山なんかに来るかよ。まぁ依頼場所に着いた今の時点で当初の目的が果たせないことを知り、もう家に帰りたい気持ちで一杯だがな。だが、俺は大人だ。依頼を受けた以上はしっかりと仕事をこなさせて貰う。風の噂か何かで俺の事が女性の耳に届けばまだチャンスがあるんじゃないかなって淡い希望を抱いたりは断じてしない。うん、まったく。


今の発言で俺に対して、不信感を抱いてますという視線を向け始めてきた。だが残念、この視線が女性から向けられるものなら胃に穴が開く思いだが、小太りのオッサンにどんな視線を向けられても何も感じん。勝手に優越感に浸っていると、その小太りのオッサンのルッツに「今更何を言っても遅いか……。まぁいい、今から案内するからついて来てくれ」と言われて、先導する彼の後ろについて行く。

数分後、俺達は採掘現場の入り口に到着する。最初、俺が抱いていた採掘現場とは山の洞窟みたいな所から大人数の鉱夫達が道具を使って、採掘物を運び出す様な光景のものだった。だが目の前に広がっていた光景はまったく違っていた。

そこに『山』など無かった。あるのは爆心地の様な平地に出来た何百mも深い大穴の姿だった。最初はあまりの想定外な光景に固まってしまったが、良く見てみるとその大穴の内側を梯子や削りだした粗い道を米粒より小さく見える人間達が採掘したり、採掘した物を運んだりしている光景が見えた。現場からはまだ結構な距離があるにも関わらず、工事の騒音が此方にまで届いてくる。


「有名な鉱山だって聞いたが……。俺はてっきり雲より高いような大きいのが沢山あると思ってたんだがな」

「がはは!やっぱりアンタもそう思うかい?ここに初めて来た奴は、皆が口を揃えてそう言うな」


俺の言葉を聞いたオッサンは先程まで向けていた不信感を抱いていた視線はどこへいったのかと思うほどに、大声で笑いながら俺の背中を叩きだした。この野朗、非力なデブかと思ったら肉の殆ど筋肉で出来ているのか、予想以上に力が強い。これが酔っ払いのオッサンの絡みだったら容赦なく反撃に出るのだが依頼者という事で何とか我慢する。

最初は俺が世間知らずなだけだと思っていたが、オッサンの言葉の話ではここに訪れた人が俺と同じ様にこの光景に驚くと聞いて少し安心した。


「有名だからこそ、この鉱山はこんな有様なのさ。この山は俺やアンタが生まれるよりずっと前から採石場として、今みたいに大勢の奴等に採掘され続けてるからな。いわば、このボコボコに掘られまくってるこの光景は、有名だからこそなのさ。聞いた話じゃ、昔はそれこそアンタが言っていた様に山頂が雲で隠れていて見えない高さだったらしい」

「その山頂からどんだけポコポコ堀りまくったら、こんな有様になんだよ。雲の上どころか地下に向かってるぞ」

「ここで仕事をさせて貰ってる俺達には耳が痛い話だな。まぁ、この国に住んでる人間の殆どが、ここから採掘された物資を少なからず使ってるんだ。そこんところは触れないでくれや」


そう言われると此方としても何とも言い難い限りだ。俺が苦笑を浮かべながら「お互い様ってこったな」というとオッサンは満面な笑みを浮かべながら、返事をするかのように背中を再び叩いてくる。この野朗、また叩きやがったな。


「取り合えず、軽く案内するからよ。作業を邪魔しなきゃ後は自由に動いてくれて構わない。もしあれだったら作業を手伝ってくれてくれや。報酬にそれなりの色を付けさせて貰うぞ」

「遠慮させて貰おう。俺は別に金が欲しいからこの依頼を受けた訳じゃないんだ。女が困ってたら別だがな」

「女がこんなムサ苦しい所に居る訳ねぇだろ。金じゃなかったら何の為に来たんだよ。狩りの経験かい?」

「ゴブリンやオークを狩ったって、経験も何も積めねぇよ」

「なら何だってこんな依頼を受けたんだよ?」

「そんなの俺が聞きてぇよ」


俺の心の底からの悲しい思いのせた言葉は、工事の騒音があるにも関わらず異様に虚しく響いた。

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