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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バレンタインなんかに負けたりしないっ!

 TSF(Trance Sexual Fantasy)、それは古来より数多もの物語で使われてきた手法である。

 男女間での入れ替わり、憑依、転生、超自然現象による性転換。あるいは朝起きたら特に理由もなく性別が変わっていたというものもある。

 性に直結する性質上、好き嫌いが湧かれるジャンルでもある。嫌いな人間はとことん受け入れられない。しかし、空前絶後の人気作がTSFであるという事もあった。それはTSFと一括りにされていようと、物語の主題となるテーマが多岐にわたる事の証明であろう。


 ……なぜTSFについて語ったのか。それは、現在わたしが置かれている状況に起因する。

 わたしは重々しい口を開いて宣言した。


「これより、第一回バレンタインデー対策会議を開始する」

「……は?」


 目の前で、我が心の友がアホ面を晒して首を傾げた。




 ――

 ――――


 バレンタイン。それは、愛を誓う祝日である。

 バレンタイン発祥の地では、当時、若い男と女は別々に過ごしていた。しかし、この日だけは若い男女が共にいる事を定められていた。有体に言えば、恋人がいない者同士のお見合いである。

 だが、この国では流通業者と製菓会社の陰謀により、女性が気になる男性にチョコレートを贈るというイベントに変化してしまった。

 これは由々しき事態である。恋人がいるリア充どもは嬉々として楽しめるが、我々のような恋人のいない童貞どもにとっては呪われた祝日と化してしまっている。

 わたしは例年、家に引きこもり、リア充どもとの交流を絶っていた。そして、翌日、教室の片隅で、我が心の友と語り合うのだ。


「うふふっ、ユウジさんは何個チョコを貰えました?」

「あははっ、俺は三つですわ。お母様とお婆様と隣のおば様に貰いましたのっ。そう言う、アオイさんはいくつでして?」

「うふふっ、オレはお母様からの一つですの」

「あははははっ」

「うふふふふっ」


 といった会話を繰り広げ、人の近寄らない暗黒空間を生成していたのである。


 しかし、しかしである。今年はそれが適わなかった。

 彼女ができたわけではない。そんな素晴らしい理由ならば、目の前の万年童貞(しんゆう)にバカップルぷりを見せつけない道理はないのだ。


 わたしが例年通りの生活を送れないのは、貰う側ではなく送る側になったからだ。

 性転換だ。TSだ。

 一か月ほど前に、わたしは女の子になった。よく分からないが、朝起きたら女の子になっていた。あさおんである。


 なんやかんやで女の体に馴染んできた今日この頃、満を持して二月十四日を迎える事となる。そして、わたしは友人であるユウジを体育館裏に呼び出した。

 彼はなぜか挙動不審な様子で体育館裏に現れた。だがまぁ、彼の挙動が不審なのはいつもの事である。わたしは特に気にせずに言い放った。


「これより、第一回バレンタインデー対策会議を開始する」


 ――

 ――――


「すまん。何がしたいのかよく分からないんだが……」


 ユウジは困惑した表情でくせ毛が残る頭を搔いた。

 そう言われて、わたしは気が付いた。彼に提示した情報が少なすぎたのかもしれない。これではユウジが話についてこられないのも仕方ないだろう。


「いやさ、わたしって先月から女の子になったじゃん? 何でかは知らないけど」

「……おう、そうだな」

「だが、心の狼は子猫になっちゃいない。未だにお前から借りパクした触手モノの同人誌でオナっているし、鏡の前で自分の体を視姦しまくっている。さらに言えば、自分の胸をもむのが楽しくて仕方がない。とはいえ、外見は女の子じゃん? 男の格好をしているのも目立つし、できるだけ普通にしてきたわけだ。一人称もオレからわたしに変えて、女の子の格好もしている。どう? 今のわたし女の子らしいでしょ?」

「少なくとも俺は、男に下半身事情を話す奴を女とは認めない」


 スカートを翻して上目遣いをしてみるが、バッサリと切り捨てられた。

 同人誌返せよと言われたが、無視だ。あと一週間くらいは使わせてほしい。

 話が脱線してしまった。本題に入ろう。


「コホンっ。仮にも女の子ならバレンタインにチョコを送らないといけない気がしてきたわけだ。でも、わたしは男でもあるじゃん? まがい物のわたしがバレンタインに参加してもいいものかと相談に乗って欲しくて……」

「……おっけー、分かった。相談に乗ろう。けど、その前に今日の日付を見てみ?」


 ユウジに言われて、スマホを起動。今日の日付を読み上げる。


「二月十四日だな」

「じゃあ、バレンタインは何日だ?」

「……二月十四日だな?」

「何で当日に相談するんだよ」

「……」


 気まずい沈黙がわたしたちの間に流れた。

 わたしは沈黙に耐えられず、顔を赤くしてもじもじと呟いた。


「……えっとね? 女の子になっちゃって、ほとんどの男友達には遠巻きにされるし、下心丸出しの男は遠ざてたし、女の子の話題には入っていきにくいし……。その……、クラスメイトがチョコを渡しているのを見て初めて今日がバレンタインだって知った。今まで縁のないイベントだから忘れてた」

「……まぁ、なんだ。気にすんな?」

「うわぁんっ! 心が痛いっ!?」


 ユウジの生暖かい目が心を抉った。

 おのれバレンタインめっ! 女になったわたしをも苦しめるとは……。




 ――

 ――――

 それからわたしとユウジは近くのデパートに立ち寄った。

 デパートのお菓子売り場ではチョコレートが前面に出され、多くの女性客やカップルが贈り物を吟味している。

 もげろ。っと心の中で毒好きながら、わたしはその喧騒を眺めていた。


「なぁ、ユウジ。ここまで来てなんだが、やっぱりわたしがチョコを買うのは間違ってるような」

「アオイが男だろうと女だろうと関係ないって。男がチョコを買うのも、男がチョコを送るのも流行っている時代だぞ?」

「そう言われて納得はしたんだけど……」


 男がバレンタインに参加してはいけない理由はない。ユウジの主張を受け入れて納得できた。しかし、いざ参加しようとすると、積極的に参加する必要はあるのだろうか? という気がしてくる。


「ここでバレンタインに参加したら、製菓会社の陰謀に負けた気がする。わたし、バレンタインなんかに負けたくない」

「……俺、帰っていいか?」

「まって!? わたし一人じゃこの人ごみに勝てない気がするからっ! 捨てないで! 」

「誤解を招くような発言をするんじゃねぇ!?」


 ユウジの服を掴んで懇願すると、なんだか人の視線が集中した気がした。

 彼は視線を振り払うために払いをして意見を述べる。


「陰謀に踊らされてもいいんじゃねーの? そういう文化で定着してるんだから。疎遠になった奴とよりを戻すために利用できるもんは利用しとけ」

「……それもそうだなっ! バレンタインに負けたわけじゃないんだからなっ! 利用してやっているだけなんだからなっ!」


 そうと決まれば突撃だ! ふふふっ、これは女の子に耐性がないチェリーなゲーム友達と、もう一度話すきっかけを作るチャンスっ!

 そして、適当なチョコを手に取ろうとして――、ユウジの元にすごすごと引き返した。手には商品はない。


「ユウジ……、どうしよう。いくらのチョコを買えばいいんだろ?」

「……」


 商品棚に並べられたチョコには安い物では百円前後、高いものでは数千円の物まである。いったい、どれを買えばいいのだろうか?

 あまりにも安い物だと、その程度の気持ちだと思われる。けれど、あまりに高い物だとそれだけ本気だと思われる。義理チョコとして適切な値段はどれくらいだろうか……?

 そうユウジに話すと、彼は面倒くさそうに呟いた。


「そんなの適当でいいだろ……。自分が出せると思う値段の物を買っとけ」

「そうなんだけど……。あまりに安かったら心がこもってないと思われそうで嫌だ。それなりに心がこもっていると思われたい。あと、手作りした方が心がこもっていいかな? それとも高いチョコを買った方が心がこもってる?」

「……高いのを買うって事は、それだけの金を出す価値があるという事だろう。どっちも心がこもってると思う」


 ユウジが自分の考えを述べる。わたしはそういうものかと頷いた。

 さて、自作するか……。それとも、高いチョコを買うか……。答えは出ない。

 そもそも、高いチョコを買うならわたしが食べたい。人にあげるのが勿体なく感じる。

 その時、ふと妙案が頭をよぎった。


「なぁ、思ったんだが……、バレンタインってギャンブルに似てない?」

「お前は唐突に何を言い出すんだ」


 直前の会話をぶった切って発言すると、呆れた目を向けられた。仕方ないじゃんよ。心のこめかたが分からないんだもの。


「チョコを渡すと、ホワイトデーにお返しがもらえる訳じゃん?」

「……そうだな」

「チョコを渡せばそれ相応の物が返ってくる……はず。けど、等価の物が返ってくるわけじゃないよね? 安いチョコを渡しても高い見返りがあるかもしれないし、それとは逆もある。まんまギャンブルじゃん」

「……」


 ギャンブルは当たり外れがあるからハマるのである。人の心理はそうできている。

 女の子がバレンタインに浮かれるのは、チョコを渡す行為がギャンブルだからではないのか?

 世界の真理に触れた気がして、得意げに意見を披露した。ユウジには呆れられた。解せぬ。


「そうは言っても、大抵の人間は等価な物を返そうとするんだろうけど。なら、安いチョコを買って、溶かして手作り感を出せば、割のいいギャンブルになるんじゃね?」

「心がこもっていると思われたいって言ってなかったか?」

「……利益の前には些細な事さ」


 わたしは遠い目をしながら、一番安いチョコを複数手に取るのだった。




 ――

 ――――

 さて、ユウジを自宅に招き、一緒にチョコレート作りを開始する。

 チョコを手渡すのは明日になってしまうが、仕方がない。

 砕いたチョコをボウルに入れて、ボウルごとお湯に沈めて溶けるのを待だけだ。


「こんなので手作りを名乗っていいのか……」

「仕方ないでしょ……。時間がないんだもん……」


 溶かして固めるだけだが、ラッピングは自分でするので許して欲しい。

 わたしは遠い目でゆっくりと溶けていくチョコを眺めた。そして、ドロドロに溶けていくチョコを見ていると、ある事に気が付いた。


「あっ……、どうしようユウジ」

「どうかしたか」

「型がない……」

「……」


 まさかのピンチである。

 普段からチョコを作る事はないため、チョコレート用の型なんて所持していない。


「おばさんがたまにクッキーを作ってくれただろ? その時の型抜きを使えば……」

「ヤダよ、あるのはハート型と星形だよ? 黒色のハートなんて不気味だし、ハートを嚙み砕くのは気持ちが壊れるみたいで嫌だ。星形は、いい形を思いつかなかったから適当に作りましたって感じがする」

「なんだその無駄な拘りは……」

「第一、あれだと一個ずつしか作れないよ。時間がかかりすぎる」

「それもそうだな……」


 しばらく二人で唸っていると、ユウジが妙案を思いついたとばかりに頷いた。


「冷蔵庫の製氷皿を使えばいいんじゃね?」

「雑さが増した気が……」

「仕方ないだろ。他にいい容器がないんだから」


 思い立っては即行動、冷蔵庫から製氷皿を取り出し、その中に溶けたチョコレートを流し込んでいく。

 そして、製氷皿に冷蔵庫の中に戻して冷やして完成だ。冷やしている間にラッピングの用意をしておいた。

 そして、製氷皿から取り出したチョコを小さな袋に入れてリボンで結ぶ。

 チョコがなかなか離れなかったので、ガンガンと製氷皿を叩いていたため、チョコがかけてしまった。けれど、それも手作り感がでていいだろう。


 出来上がったチョコの包みを見て、ユウジが呟いた。


「なぁ、既製品のままのほうがよかったんじゃ……」

「言うな……。わたしが一番分かっているんだから……。だがまぁ、ありがとね。こんな事に時間を取らせて」


 出来上がったチョコはただの四角形で、既製品の方が断然形がいい。しかも、溶かして固めただけなので、味も変わらない。すごく、時間を無駄にした感じがする。今にして思えば、ピーナッツでも入れればよかったかもしれない。

 けれど、ユウジと過ごした時間はなかなかに楽しかった。だから、完全には無駄な時間ではなかったと思う。


「おう、じゃあ俺はそろそろ帰るわ。……また、あいつらとも気兼ねなく話せるようになればいいな」

「うん。今日はありがとう」


 彼が家に帰るのをわたしは見送る。そして、去っていく彼にわたしは声をかけた。


「あ、まって、ユウジ。ユウジもこれどうぞ」


 そして、彼に出来上がったチョコと、もう一つの(・・・・・)チョコを渡した。


「おい、これって……」


 渡したのはデパートで買ったお高いチョコレートだ。アルバイトの出来ない高校生のわたしが出せる限界ギリギリのお値段だった。

 わたしは戸惑う彼の腕を取って耳元で囁いた。


「ギャンブルなのか、心を込めたのかは、わたしだけが知っている……ってね? 今日はなかなか楽しかったよっ」


 わたしはユウジが硬直して動けない間に、家に入って扉を閉めた。

 彼に真っ赤に染まった顔を見られるわけにはいかなかったのだ。


「結局、バレンタインに負けちゃったなー」


 わたしは気恥ずかしさをごまかすために呟いた。

 台所に入り、カレンダーを見つめた。カレンダーには二月十四日が目立つように印がつけてある。

 ユウジはこれに気が付いただろうか? わたしが今日は何の日かを事前に知っていたという証拠を。

 たまには陰謀に踊らされるのもいいのかもしれない。わたしはちょっとだけ、そう思った。


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