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36:「だから私は」  作者: 郡山リオ
第二章
9/9

新しい日常。

「おはよう」

「おっはー」

 彼とのいつもの挨拶。だけど、今日は今までと違う。チャイムが校内に鳴り響き、各々が机のない椅子に座った。

「では、時間ですね、おはようございます。」

おはようございます、とみんなも声を出す。

今日は一時間目、二時間目の授業が選択の美術なのだった。ちらりと教室を見渡す。一年生が終わり二年の始まりにクラス替えがあった。今までいたクラスの友達は五クラスに散りじりになった。だけど偶然、一緒の選択授業で一緒になった人が数人いる。そのうちの一人の彼と一週間ぶりに挨拶を交わして、今日も授業が始まったのだ。

「おひさー」

「おひさー……って、うわぁっ」いきなり私に飛び込んできたあきに私は驚く。

「ああ、一週間ぶりのゆきだ! あぁ、ゆきだぁ」と、クラスが変わり、一番心が折れたのが、実はあきのほうだったりした。

 そんなこんなでしばらくざわついていた教室内も、先生がテキパキと指名して準備し始めると、自然と静かになる。そんな教室で先生が口を開いた。

「今日もデッサンの授業をやりましょう」

 これまではリンゴとか机の上のものを描いたりしてきた。今日もその続きらしい。

「今までは物を描いてきましたが、今日は人を描きます。」

 はーい、とやる気のない返事がみんなから聞こえる。

「では、右手を上げて」

 みんなと一緒にすっと片手をあげる。

「じゃんけんで勝った人で男女一人ずつ、一時間ずつ交代で描いて行きましょう」

「はーい。」今日はモデルを決めるらしい。つまりはそういうことか。じゃんけんで勝てば、その人は1時間ぼーっとできるわけなのだ。

 勝った人は良いなぁと思いながら、先生が始める、

「それじゃあ始めるわね、せーの! じゃん、けん、ぽん!」

 あ、勝った。負けた人が手を下げていく。それを先生が見渡し、もう一度掛け声をかけた。

 あ、勝った。あ、勝った。あっ、……。

「はい、じゃあ今日は前半は、ゆきさんがモデルね」

 えぇー! 驚く私に、横から声が聞こえた。

「大丈夫、ゆきとは長い付き合いなんだから。その、……胸があまりないなんて今更だから、私のことは気にせず思いっきり脱いで良いよ。」と、謎の励ましをするあきは、一体どうしたのだろうか。ヌードデッサンと勘違いしているのだろうか。それとも私に喧嘩を売っているのだろうか。なんなのだろうか。

「はいはい、そこで話してないで、ゆきさんはここに座って」と私は呼ばれ、教室の真ん中に置かれた椅子まで行く。みんなからの視線。うう、また試合とは違った緊張が……。

「道具の準備は終わりましたか? はい、では今からですと、五十分ですね。ゆきさんをデッサンをしていきましょう。ゆきさんはできるだけ動かないでくださいね。」

 うぅー、また試合とは違った緊張が……。と、思っていたのも、最初の五分までだった。

 あー、暇だー。体はうごかせないので、目だけできょろきょろと見渡す。

 静かな室内に鉛筆を走らせる音だけが満ちる。外は気持ちよく晴れ、柔らかくなった雲が高くなり始めた空に浮かんでいた。あ……あくび出そう……。ふと私は気がついた。あれ、これって欠伸ができないんですけど。だって、みんなに見られているし、いつもはみんなに見られていないから、のびのびと手で口元隠したりしながら欠伸しているけれど、今日は動けないんですけど。というより、みんなから注目されているんですけど! 冷や汗が伝った。

 ちらりとあきを見る。すごい必死に鉛筆を動かしていた。いつにないやる気をみせるあきに、そんな必死に描いてくれていたらあくびできないじゃないの。その横、その横、と繰り返しているうちに、彼も見る。あ、目が合った。と、思わず私は視線を逸らした。思い切って目をそらしたけれど……んんー、気まずいよぉ。早く終わらないかなと時計を見ると、まだ10分しか経っていなかった。私は、心を無心にすることに決めた。




「はい、では、時間になりましたので、一旦休憩を挟みましょう」

 チャイムを合図に先生が手を叩いて言った。

 ぷはー……と、私は息を吐き、立ち上がる。魂が、魂が抜けそう。デッサンでこれだから、写真の真ん中に映ると魂が盗られるという話はあながち間違いでないのでは、と私が思っていると、クラスのみんなが各々私に絵を持ってきて見せてくれた。

「どう、上手に描けてる?」

「私のはどうかなー」

 それを一つ一つ手にとって私が純粋に思ったことを言った。

「へー、みんな上手だね! すごいよ!」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「だよねー。これで部活も頑張れるよ!」

 あ、そういえばこの二人は美術部だったっけ。と思いながら、私はこれからお手洗いに向かうねーと言ったその二人に手を振っていた。はてさてと視線を戻すと、目が合った。と思ったら目をそらしたあきが唐突に立ち上がり、私もお手洗いにと、教室の出口へと向かっていた。

「うん、いってらっしゃーい。私の絵、勝手に見てるわね」

 じぃーとファスナーを開け、がさがさとあさっていると、すぐに踵を返したあきが私に抱き着く。

「すいません。それだけは勘弁してください。つい、出来心だったんです。悪気はなかったんです、本当なんです。だから絵だけは……」

「あ、あった」

「!」

 取り出し、おもむろにパラパラとめくったスケッチブックに描かれていた絵には、途中まで必死に描こうとした形跡がある私が、大きくあくびをしながらガオーと口から火をふき、頭には角が生え、目を座らせ、げへげへと声を出している絵だった。律儀に題名までつけられ、ゆきゴン現ると書かれたそのページを閉じ私は、だきついたままのあきの方を向いて純粋に思ったことを言った。

「……えーと、どちらさまでしたっけ?」




 あー疲れた。涙目で抱き着いたままなかなか私を離そうとしないあきを引きはがし、しっしっとしてから、私は教室に残っていたもう一人に近づく。

「ねえ、どう? 描けた?」

「えっ?」と、振り向く彼。おもむろに置かれている彼のスケッチブックを見つけ、私は手を伸ばした。

「ちょっと、貸して―」

「うわっ、ちょっと!」

「いいから、いいからー」

 彼のスケッチブックを取り上げ、ぱらぱらと開く。最後のページを開き、私はくすくす笑った。

「これ、あたしー?」

「悪いかよ」と、少しすねる彼に、私は肩をバンバン叩き思ったことを純粋に言った。

「丁寧に描いてくれているね。ありがとう」

「……」一瞬の沈黙。

 私が、「?」という顔をすると、照れくさそうに、どういたしましてと彼はうつむきつつ言った。

 だから私は、「それほどでもー」と言って手を振り、教室の出口へと向かった。





「じゃんけんで勝った男子の一人が後半のモデルになります。」

 はぁ、今度こそやっと1時間ぼーっとできるわけなのだ。

「それじゃあ始めるわね、せーの! じゃん、けん、ぽん!」

 負けた人が手を下げていく。それを先生が見渡し、もう一度掛け声をかけた。

 じゃんけんぽん! じゃんけん……。

「はい、じゃあ今日は後半のモデルはー……」……彼だった。

 えぇー! 驚く私の頭の中で流れたのはさっきの会話だった。

 これ、あたし? 悪いかよ。 丁寧に描いてくれてるね、ありがとう。 どういたしまして……。

 あれ? もしかしてこれって、……。と、頭の中で考えていると横から声が聞こえた。

「今度こそ、ちゃんと描くぞー」

 サボるどころか、描いた後見られるんじゃ……?

 私は滝のような冷やさ汗をかきながら、先生の言葉を聞いていた。

「はい、皆さん集まりましたか? では今からですと、……片付けもあるので四十分ですね。では後半のデッサンをしていきましょう。」

 そして、チャイムが鳴り、デッサンが再開された。



 授業が終わり、お昼ごはんを食べにぞろぞろと教室から出ていく生徒たち。その流れに乗ろうと立ち上がると、私の周りでそわそわしている彼がいた。が、私は無視して出口へ向かった。

「なあなあー」

「……」

「デッサン、うまく描けた?」

「……」

「……?」

 何も答えない私に彼が少し考えるようなそぶりをしてつぶやいた。

「……まぁ。部活で疲れているだろうしな」

「えっ……」私は何のことかと、彼を見た。

 彼は笑って言った。「居眠りしてたんなら、そう言えよー。居眠り仲間だろ?」

 彼は、私が居眠りしていて何も描いていないと思っているのだろうか。

「いや、違う」

「そう素直に言ってくれれば、別に何も責めたりもしないのにさ。あーあー、少し期待してたのになぁ」

「居眠りなんか、してない」と、小さく言う私に彼は聞いてきた。

「……じゃあ、どうして見せてくれないんだ?」

 彼は知らないんだ、私が風景とかはうまく描けることを。

 私は彼をジーと見た後に、深くため息をつき、私は、カバンからしぶしぶスケッチブックを取り出し渡した。

「……?」

ページをめくろうとする彼に、私は言った。

「笑わない?」

「……あぁ、笑わないよ」なんだ、そういうことか、と彼は鼻で笑った。

「あー、鼻で笑った!」

「いや、これはナシでしょ!」というやり取りを慌てた彼とした後、めくり始めたページに私が落ち着かずそわそわして待っていると、彼が手を止めた。……そう、彼は知らないんだ。私が人を描けないということを。

「……これ、かな、今日のデッサンは」

 私は、彼が開いたページをちらりと確認しうなずいた。

「えーっと、これが……いや、なんていうか、そのー……頑張って描いてくれたんだな」

「……!」

 彼が苦笑いしている。私は彼からスケッチブックをひったくり、カバンに押し込んで恥ずかしさから逃げようとした時だった。

「ありがとう」

「……」私は思わず振り向いていた。

「見せてくれて」

 彼がそう言って手を振りながら、私に背を向け美術道具をまとめ始めた。

 私は、一瞬どうしたものかと立ち止まっていたが、出入り口の混雑もなくなり荷物をまとめ終えもう担いでいた私は、今の言葉を思い返して口元を緩め、彼の背中に言葉を返していた。

「こちらこそ、……どういたしまして。」

 二年生は始まったばかり。彼が私のその言葉に振り向く前に、私は教室を後にした。


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