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36:「だから私は」  作者: 郡山リオ
第一章
7/9

ぐうぜん。

 文化祭の数日前、放課後の掃除。今日も相変わらず、二人での掃除だった。

「ごめん、終わりそう?」

「うん、あと集めたのを捨てるだけ」

「最後だけでも手伝うよ」

「ありがとう、はい」

と、カバンを置いた私はチリトリを受け取る。私は職員室に呼ばれていたので、少し遅れて掃除場所に向かっていた。先週は教室。今週は、応接室が当番だった。


「しばらくいなかったけど、遠征とか?」

「うん、そうそう」

箒でチリトリに乗せていくのを見ながら答えた。

「遠征か、お疲れさま」

「うん、……ありがと」

こういうとき、なんていえばいいのだろう。と、よく私はそう思う。

 誰かに対して私が何かしたわけではない。相手が私に何かしてくれたわけでもない。でも、私を気遣ってお疲れさまと言ってくれる。

ねぎらい? いたわり? しんぱい? ……どれも当てはまるようで、どれも見当違いな気もする。だから、いつしか私は、ありがとうと言うように決めていた。

言葉を返さなければ、誰だって嫌な思いをするし、かといって見当違いなことを言えば、それもまた嫌な思いをさせることになる。でも、感謝の気持ちを伝えるだけなら、たとえ間違えていたとしても、悪い気持にはさせないのだ。




「お疲れー、今日もごめんね」

「いいよ、いつものことだし。」

「いやいや、まだ始めたばかりでしょ? ちゃっちゃとやろうよ」

「そうだね」

いつも通り、カバンを近くにおいて、私たちは掃除を始める。

「そういえば、明後日から文化祭だね?」

彼が聞いてきたので、私は何気なく返していた。

「だね。でも私、明日から遠征だから行けないんだよね」

「……そっかぁ」

「……」お互いに沈黙。特に悪気があったわけじゃないけれど、少し悪かったかなと私は様子をうかがいながら反省した。

じゃあさと、彼が口を開いた。

「文化祭で面白いことがあったら、教えるよ」

「ほんと! お願いするよ!」

参加できない私は今回の文化祭を実は心の隅で楽しみにしていたのだ。

日が差し込まないこの部屋は、夏の空の色に染まっている。

「……そしたら連絡先を教えて」

「うん、おっけー、いいよいいよ!」

私は笑顔で言葉を返していた。


掃除道具を仕舞い終えた私たちは、応接室から出て扉を閉める。

「じゃっ、また」

「まったねー」

手を振り、私は体育館へと向かう。明日から遠征。明日から一足先に私の夏休みが始まるのだ。








そういえば、文化祭の話しをしていなかった。

私たちは遠征で、実際にその光景を見たわけではないから人伝いの話になるから、もしかしなくても正しくないかもしれない。


 三日間ある文化祭の最終日、恒例行事のミス・ミスターコンテストがあった。


「おい、どんな奴が一位になるんだよ、見てやろうぜ」と、田中が言った。

自分は、その田中の横に座り、教室の窓から身を乗り出すように外を眺める田中の横で、今から始まろうとしているミス・ミスターコンテストを屋台で買った焼きそばを食べながらぼんやりと眺めていた。

まずはあまり盛り上がらないミスターコンテストから始まり、本番のミスコンテストへの流れだった。空は気持ちよく晴れ渡り、窓の外を眺める場所は日陰のはずなのにじわじわと汗ばんだ。


ペットボトルのお茶を傾け喉を鳴らす横で、田中が「あぢー」とうちわをあおぐが、それでもまだ涼しくならないらしくクラスのオリジナルTシャツに隙間を作りぱたぱたと冷たい空気を入れようとしていた。


特設の舞台の上に視界が立つと、何も言う前から盛り上がり始める。それをしげしげと眺め、飲み物を傾ける。

「みなさん、いよいよ待ちに待った、ミス・ミスターコンテストが始まります! 待った? 待ってたでしょ! ミスターコンテスト! え? 違う? そっちはそんなに待ってない? そんなこと言わないでください! ほらそこにいる可愛い女子たちは、待ちわびているんですから!」

とかとか前置きをしてから始まったミスコンは三位の人から名前を呼ばれ、名前に部活動やら趣味と言ったことから色々と質問をされ、「ではありがとうございましたー! みなさん、拍手ー! 拍手ー!」

という流れだった。

「チャラチャラしてんな」

「チャラ男だな」と、答えておく。

 二位の人もなかなか明かさず、散々伸ばした割には普通の人が出てきた。

「普通だな」

「だな」と、答えておく。

このままいくと、なんの盛り上がりもなくミスターコンテストは終わりそうだ。

「あーあ、これ終わったら喉乾いたからなんか飲み物を買いに行くべ」

とまで田中は言い始めた。自分も、「だなー」と答えてステージを見ていた。

その隣も「ここあっちーから、場所変えようぜ」と、立ち上がる気配に、自分も立ち上がろうとしていると、一位の発表が始まった。

「ではではー、みなさーん、いよいよ待ちに待った発表だよー! 聞いているー? 飽きてない? 大丈夫ー? そこの人たちも帰ろうと立ち上がってない? 」と、ステージから言われ、とりあえず動くのをやめる。

「今年のミスターは、なんと一年生だー! 票はダントツ! これは羨ましい!」

おおっ、とざわめく。これこれ、こう言うのを待ってた! と言わんばかりに、周りが盛り上がり、そう言うのが大好きなので自分たちも便乗してはやし立てた。

「ひゅーひゅー!」

「よっ、モテ男!」……まあ、この際、言葉のセンスなどどうでもいいのだ、盛り上がりさえすれば。

横の田中も、うちわをバシバシ叩いて、ものすごく盛り上がっている。さっきまでの買いに行こうぜオーラはなんだったのか。

「第一位は……!」

静まるステージの空気に、固唾を飲んで見守る人々。

「一年……!」

「おぉっ!」

「C組の……!」

「おぉっ!?」

まさかのうちのクラスに、食いつくみんな。田中は、絶好調に「いいね! いいねぇ! 誰だ、誰だー?」と、うちわをバシバシ叩いていた。確かにイケメンはいる。果たして、サッカー系イケメンとバスケ系イケメンのどっちだ? と、窓から全員身を乗り出した。

「今年のミスターは、田中勝也くんー! おめでとうー!」

一瞬固まる空気。野球部系……イケメン? な田中が「うえっ」とビクついた。みんなの目が集まる中、田中が叫ぶ。

「いや、嘘だ! 俺、やだよ! なんでだー!」と、嫌がる中、みんなの笑顔はとても優しかった。

「田中くーん? あれ、いるー? もしかして、ここにいないのかな?」と、きょろきょろするステージの人に向かって、クラスの男子がはーいと手を挙げ叫んだ。

「田中くんはここにいまーす!」

「ほら行けよー」

「いよっ、ミスター!」

みんなの生暖かな送り出しに、田中はうろたえていたが、ステージからの呼びかけに覚悟を決めたのか、「ちくしょーう!」と叫びながら走ってステージへと向かった、その後ろ姿を見ながら、みんなはまぶしそうに目を細めていた。

その視線の先では、舞台に上がっていった田中を見たステージの人が慌てていた。

「えっ、あれ? 君が田中くん?」

みんなはまぶしそうに目を細めていた。




「なぜか分からないけれど、ミスターコンテストで田中がダントツの一位でうちの学校のミスターになったんだけど」と、彼からメールが来て笑った。そして、返事をした。

「うける。うん、それみんなで票入れたからだよ、きっと。」いわゆる組織票だ。

「えっ、まじっすか……。」まじっす。と、私はつぶやき、携帯を置いた。遠征先の練習は楽しかったから頑張りすぎたのか、いつもより疲れた。あー、ご飯が待ち遠しい……。時計を確認してまだ夕食の時間にならないのを確認してつぶやいた。おなか減ったなぁ。

と、携帯がメールを受信したので確認。なんだ、彼か。

「そういえばさ、……」

と、続くその文面を目で追っていき、私はつぶやいていた。

「まじっすか……」言ってから気が付いた。これ、伝染するんだ。


「ん? ゆき、どうかしたー?」と、隣で寝そべりおなかをすかせていた、同級生のみどりが興味ありげに聞いてきた。

「私……」

「?」という顔で、私の携帯を覗き込む。

しばらくの無言のあと、みどりは動揺しながら立ち上がった。

「みんなに教えなくちゃ! 早くみんなに教えなくちゃ!」

「ちょっと待って、やめて、やめ、……やめろー!」と、私は部屋から出ていこうとするみどりに必死に抱きつく。

「みんなに教えるのー!!」

激しく抵抗するみどりに、私は一体何をしているのだろうとため息をつく。そして、近くに投げ出された携帯の画面を見た。そこにはなぜか私が「ミスコンで一位になったよ」とはっきりと書かれていたのだった。

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