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36:「だから私は」  作者: 郡山リオ
第一章
5/9

あたりまえ。

 高校に来て一番変わったことと言えば、一番はトレーニングだと思う。次が朝練。その次が授業の内容……。あ、それと恋愛も禁止だったっけ。と、そこまで日記を書きかけて私はあくびをする。ああ、眠い。英単語の復習をしてから寝よう。

 そうやって、私の一日の大半を学校が占める。教室で、体育館で、宿題やら復習やら……。

 毎日が新鮮で、少し不安な部分もあったけれど、最近は体が慣れてきたのか、家に帰って、日記を書いていても最後まで書けるようになった。朝練があるから、朝のまだ薄暗いうちから早く出ないといけなくなった。幸い、父の出勤と同じくらいの時間だったから、一緒に乗せてもらって学校まで連れていってもらった。夜も、学校が終わった後に練習、そのあとにも自主練の時間もある。それが終わって、電車組と自転車組で分かれ、みんなまとまって帰って行く。私の場合は、あらかじめ時間を決めてあってお母さんが車で迎えに来てくれた。

 私がもし普通なら、と考える時がたまにある。テレビや会話や漫画なんかから得る知識を使えば、学校終わりは友達と遊んだり、テスト前は必死に勉強したり、彼氏ができたり……。

 そこまで考えて、私はベットに寝転んだ。普通かぁ。その普通ってなんだろうと思う。価値観? 客観的な評価? 常識という言葉がすんなりと腑に落ちた。普通、イコール、常識なのだ。


 そんなこんなでやっと今の生活に体が慣れてきたころ、一年生全員での泊まりがけの新入生研修をやることになった。

 部活の先輩曰く、

「これと、部活を引退した後の学園祭しか高校の行事は参加できないからね」と言われる。

「そうですか……」私はボールを片付けながら先輩の顔を見た。

「そして私たちも、早々と引退しなくちゃ最後の行事すら参加できないからね」

「うん、そうだ」と、近くの先輩も立ち止まる。

「だから、早々と引退できない私たちは、残念ながら最後の行事すら参加できないのだよ」

「おっ、言うねー」

「そんな話をしていれば、いいところに! さっきの練習で気になったところがあったから、練習に付き合ってよ」

「おっけー、ちょっとこれ、かたしたら行くから待っててー」

 そんな先輩たちの様子を見ながら私は、精一杯楽しんでこようと思った。


 新入生研修の日が訪れた。揺れるバスの中は、和気あいあいと話している同じ教室の生徒の声で満ちていた。やっと学校に、教室に慣れてきたころ、よく一緒に過ごす仲良し同士、バスの席に座っているのだ。この研修は新入生がさらに打ち解けて仲良くなれるようなきっかけとして、それぞれの日に課題が出され、いつも授業をしている時間に班であったり、ランダムに分けたグループであったり、教室別に、または全員でその課題に取り組む、というものだった。初日の朝学校を出発し、昼に到着してから、昼食を挟み、その説明を私はみんなと一緒に聞き、その日はとりあえず部屋に行き荷物を置いたり施設を見学、夕食、入浴。その後、教室ごとに集まるよう決められていたので、時間前にはみんな集まっていた。

「よし、みんな集まったな」

 担任の先生が、先ほど食事をしていた部屋に入り、人数を確認する。机は端に寄せられ、真ん中に私を含めたみんなは座っていた。

「じゃあ、初日なので、とりあえず自己紹介をしようか」

 言うことは、名前、出身中学、得意なことや好きなこと、それに、みんなに一言。

「私の名前は、……。」

「俺の名前は、……。」

 何度か、同じような紹介が続く中で、順番が迫ってくる。

「……スポーツを見るのが大好きです。これから1年、一緒のクラスでよろしくね」と、あきがみんなの前で言って、拍手が起こる。そして、戻ってくる途中、後ろの席の男子にタッチと手を出した。すっと手を挙げた手のひらに、パチンと手を合わせて、「はい、順番だよ」と、笑顔でいうあきの声で立ち上がり、みんなの前に歩いていった男子をよそに、あきが緊張した―と私に覆いかぶさろうとしたので、私は何事もなくよけた。

「自分の名前は、……。」

 この男子と私と、その後ろと……よく掃除当番で顔を合わせているメンツだった。改めて名前を聞いて、そういえば覚えていなかったなぁと苦笑い。

「……を小学校から続けていて、高校でも……」

 一通り話し終えると彼は軽く一息ついて、声を出そうと改めて目を上げたとき、私と目が合った。

 一瞬の間、何か言うのかな? と、続きの言葉を促す意味で、私は小さく微笑んだ。

 そして彼は、「よろしくお願いします」と言い、頭を下げた。

 ぱちぱちとまばらな拍手が響く中、私の前までくると、私は小さく手を挙げた。

 気が付いたその男子は力なく笑い、手をぱちりと合わせる。

「バトンタッチ」と言って私は笑った。入れ違いですっと立ち上がり、前へ進んだ。

 こういうのには慣れっこだ。堂々といつも通りにしていればいいのだから。私は笑顔でハキハキと話し始めた。

 名前、出身校、この高校を選んだ理由のいい部分とスポーツの何をしているのかとかを手短にたんたんと。

「今年は部活でレギュラーに。大会で一番のポイントゲッターとして活躍する予定です。高校での夢は卒業までの間に全国大会、世界大会ともに一番になること、もしくは優秀選手として選ばれること。そして、……まだ気が早いけれど、実業団に入ったり、いずれは日本の代表として、活躍していくのがあたしの夢です。」

 静まり返った。私は頬をかき、これはどうしたものかと思った。何か、続きを待っているような……。と、視線を泳がせていると、あの男子と目が合った、ような気がした。つくづくタイミングが合うなぁと、苦笑い。そして、あっ、と思い出し、私はつづけた。

「そういう大会に出るときは、みなさんぜひ応援に来てください」

 そうそう、みんなへの一言を忘れていたのだ。そして私は、笑った。


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