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桜のいたずら。

 ぞろぞろと、歩き始めた列に並び、私たちは体育館へと向かった。


 これから入学式があるのだと思うと、少し、行きたくなかった。今日は父も母もきている。


 今日はハレの日だ、と唐突に家から出る時に言われ、振り返ると、父がスーツを着込み準備バッチリな片手にカメラを持って、振り返った私を写真に収めていた。


「……」


「帰ったら、焼肉にするか? それとも、寿司? しゃぶしゃぶも良いな!」


 思春期の私は、そんなノリノリな父を無視して学校へと歩き始めた。


 どうしてそんなにテンションが高いのか、私には理解し難かった。当事者じゃないのに……いや、当事者じゃないからこそ、緊張感を味わうことなく、気楽な気持ちでいられるのかもしれない。写真もそうだ、写るのは私だ。それをいつまで残すつもりなのかだの、表情が気に入らないだの、目をつぶっているだの、変な表情だの、何かあった時に被害を被るのは私だけで、父のネクタイが曲がっていようが、白髪が何本増えていようが、あとでそれを振り返るようなものもなく、何の記録にも残らないから、あとで後悔するようなこともないのだ。なんて一方的に理不尽なのだと、私は思った。だからあとで、頭部の写真を携帯で撮ってやると心に誓っていた。






 そんなことを思い返しながら歩いていると、すぐに体育館へと着いた。土足で歩けるように、シートが敷かれた一面にあいた席が用意してあり、先を歩いていた列からその席に座っていた。


 暖かな日はまだ遠く、吐く息はほのかに白く染まっている。周りは在校生と教員、それと保護者の人達が囲むように立っていた。その一角に明らかに、大きなカメラを持った数人の人達。


 はぁ……とため息が出る。なんか、こういうの、嫌だな。心からの言葉だった。


 始まった入学式は、とても退屈で、あまりきょろきょろするのも目立ってしまうから、私は、膝の上の手元に視線を向けていた。何度か一斉に立ち上がり、一斉に座り、を繰り返して。中学のクラスの子が緊張するね、だね、と小声で言った後、笑っていた。体育館は照明と春の青空に染まっている。桜が風に合わせて吹き込んだ。それを見ていてふと私は気がつく。

 ……そっか、もう、周りを気にしないといけないのか。

 今の状況に置かれた私自身を考えて気がつく。今日、カメラが来たということは、どこかから常に私は見られているのだ。望んでも、望まなくても、それは関係なく、常に私の行動を評価する人達がいるのだ。それはゆくゆく私の今後を決めるところまで続くのだろうと、なんとなく気がついてもいた。あまり先のことはよく分からない。ただ、今までのように、子供だからという言い訳がだんだんと通用しなくなるのだ。

「制服慣れないね。」アキちゃんが男子生徒越しに話しかけてくる。昔から変わらない、この感じ。私は、噛みしめるように答えていた。

「うん、やっぱり、ちょっとぶかぶか」そして、これからは、今以上に周りを気にしていかないといけないのだ。出入りをするたびカーテンを風が揺らし、入って来たばかりの冷たい風が大型のジェットストーブで暖められ、体育館へと広がっていった。たぶん、そろそろアキちゃんは、この場所に飽きて、うずうずしてくるんだろうなと、私は思ってくすりと笑っていた。


「あ、カメラが来てるよ」ほらきた。それを聞いて、私はとりあえず返す。

「本当だ。やだなぁ」

「注目されてるねぇ」

「そんなことないよ」

 ふと、風が吹き、桜の花びらが視界を過ぎった。私の横髪は風で揺れ、視界へと桜とともになびいた。その髪を耳にかけ、昔から変わらない親友の相変わらずさが可笑しくて、しばらく小さく笑っていた。


 今、咲き誇る桜の季節も、すぐに終わってしまう。……あっという間に。変わる。変わってしまう……私を取り巻く環境も。変わらないでほしいと思っているにもかかわらず、過ぎてしまえばもう戻ることもできないのだと思うと胸が少し苦しくなった。アキには、これからもずっと、私の中のその場所にいてほしい。そう思いながら、私は、私自身はこれから目指す先を見定め、変わらければいけないのだと、入学式の終わり、父と母を探していた時にテレビからの簡単なインタビューで、私は桜がはらはらと咲き乱れる中、改めて自分へと言い聞かせたのだった。


 帰り道、父と母の横で歩きながら見上げた桜は、見慣れたはずなのに、いつもと違って私の目には映って見えた。


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